第013話 新種の魔獣
「今日の任務も無事終了!世界が変になっちまったけど割のいい仕事に有り付けるのは有難いな。」
「そうですね。同じ討伐や護衛でも以前の方が遥かに危険でしたから。」
「聖都と学武国家から冒険者ギルドへの直々の依頼だからな。」
以前継達が戦った廃工場の近くを通る冒険者達。
ピシッ。
廃工場上空の小さな切れ目が少しずつ広がっていく
「エルフの方々が話していましたが正体不明の新種の魔物を見かけたそうです。」
切れ目は広がり続け空に亀裂が走り出す。
「おいおい、こっちにも化け物がいるんじゃねーだろうな。」
亀裂音は少しずつ大きくなりやがて冒険者の耳にも届いた。
「なぁ、何か聞こえないか?」
「何かって何よ?」
「何かにひびが入るような・・・。上から?」
冒険者たちは空を見上げ初めて異変に気付く。
「空にひびが!?」
「それだけじゃない!」
亀裂の向こう側から何か出てこようとする衝撃音が何度も廃工場一帯に響く。
「これやばいんじゃないのか!」
「周囲の避難所に知らせなきゃ!」
冒険者達は二手に分かれ、それぞれ付近の避難所へ知らせに走っていく。
「キュオオオオオオオオオオ!」
破裂音と衝撃波の中から鋭利な爪と羽ばたくたびに突風を起こす翼を持った紫の魔鳥が額の魔石を輝かせながら地球へ降り立った
◇
「近いうちに私の里へ行きませんか?」
昼食を取っているとフィエールさんから誘いを受ける。
最近は師匠が居ないのでパーティメンバーである俺、冬也、彩奈、フィエールさんの4人でよく一緒に昼食をとっている。
たまにテーブルの上に師匠からの置き手紙があるがただ一言「生きている。」と書いてあるだけだった。
いつ帰るとか、もうちょっと内容をどうにかできなかったのだろうか。
「私、フィエールの故郷を見てみたいな。」
「僕もどんな暮らしをしているのか興味があるよ。」
彩奈は友人の事を、冬也は異種族の生活を知れる機会なので賛成のようだ。
フィエールさんの故郷は西部に位置する森の中に同化したと言っていた。
この機会に一度自分の目で確認してみるのも良いかもしれないな。
「俺も行っ・・。」
「緊急事態発生!緊急事態発生!」
俺の返答は外のスピーカー音によってかき消された。
天幕内に緊張が走り各々武器を取り外に出る。
「正体不明の鳥型の魔獣が真っすぐこの結界に向かって接近中!」
緊急連絡を受けた自警団の人や冒険者達が手持ちスピーカーで結界中に呼び掛けている。
「私は避難誘導をします!すみませんが彩奈も手伝ってください!」
「わかったわ。」
「継さんと冬也さんは代表の指示に従ってください!」
「「わかりました。」」
フィエールさんの指示でそれぞれが動き出す。
俺と冬也は自警団の天幕へ向かい東瀬中学校付近の住民に避難所に避難するよう呼びかける指示をされ行動に移す。
呼び掛けている最中、遠くで聞こえていた魔法の爆発音らしき音と光が段々近づいて来ていることを肌で感じる。
止められないのか、魔獣はどうしてここに向かってくるんだ。
似たようなところは他にもあるのに。
「冬也、呼び掛ける場所はここで最後だよな。」
「そうだけど、行くの?相手は鳥型の魔獣だから攻撃が届かないかも。」
「わかってる。だけど、何か出来るかもしれない。」
「継、ひとつ確認したいことがあるんだ。」
「なんだ、急に。」
冬也はいつもと違い淡々と話す。
「継が行くことで邪魔になることだってあることを理解している?」
「それは・・・。」
今の俺は魔法も弓も扱えず、できることは剣で戦う事だけ。
空を飛ぶ魔獣相手にダメージを与えられない。
そんな奴が行ったところで無意味だと分かっている。
でもだからと言って、ただじっとしている事もできない。
これは俺のわがままだ。
「冬也、俺は・・・。」
「いざとなったら継を引きずってでもその場から離れるから。」
冬也の口調がいつもの口調に戻る。
「継がじっとしていられないのは分かってる。だからこそ言っておきたかったんだ。自分の出来る事とできない事を理解しているのかって。じゃないと、どんどん一人で進んじゃなうからさ。」
これは感情を優先して周りが見えなくなっていた俺への冬也なりの気遣いと忠告。
師匠にも『すぐ感情的なる』って言われていたな。
剣術の腕は上がっても精神面はあまり変わっていないみたいだ。
「約束する。邪魔になりそうだったらすぐに引き返す。」
「信じるよ。」
約束を交わした俺達は結界と街を抜け魔獣が見える場所へと向かう。
「あれだ。」
「紫の魔獣。」
芝生が広がる東瀬中央公園に着き空を舞う魔獣に目を向ける。
魔獣の体の大きさはざっと5m以上翼を広げた全長はそれ以上だ。
紫の魔獣は結界まで5㎞を切ったところまで接近しており魔獣が近づくにつれ戦闘音も激しくなる。
冒険者や自警団が弓で攻撃しているが魔獣にダメージは無く皮膚が固いようだ。
「ここで何としても止めるんだ。」
エルフや魔法使いが魔法攻撃を試みるが空を舞う魔獣に当たらない。
皆の迎撃空しく魔獣は我こそがここの支配者だと言わんばかりに俺達の後ろに見える結界へと向かってくる。
このまま見ている事しか出来ないのか。
何か、何か俺に出来ることは無いのか。
俺はキッと魔獣を睨みつけると魔獣と目が合う。
魔獣は高度が下げながら
「注意がこっちに向いた?」
「ねぇ継、何をやらかしたの?」
「俺は睨んだだけだって!」
俺と冬也が軽い言い合いをしている間に魔獣がすぐそこまで来ていた。
「今は言い合いしている場合じゃないよ!こっちに来る!」
迫りくる趾を<急加速>と<加速>で躱しながらそれぞれ魔獣の足に攻撃をする。
「「硬い。」」
まるで鋼鉄を叩いているような硬さだ。
趾を避けられた魔獣は結界には向かわず大きく旋回し再度俺達に仕掛けて来ようとしている。
「フィエールさんの魔法があれば何とかなるかもしれないけど。」
冬也が言う通りフィエールさんの魔法を剣に付与できれば何とかなるかもしれないがここには居ない。
なら、やることは一つだ。
「冬也、付いてきてくれ!」
「どうするの?」
「あいつを結界から引き離す。」
俺は再度仕掛けてきた魔獣の趾を躱してから注意を引くように精いっぱい手足を動かし挑発した。
「おい!俺はここだ!お前の攻撃掠りもしないぞ!」
<急加速>を発動ながら魔獣が通ってきた道を逆走している俺の背中を魔獣が追いかけてくる。
「魔法や弓で攻撃してください!」
「あ、あぁ!皆、構えろ!」
迎撃のために出撃した冒険者やエルフ達の上を魔獣が通るように駆け抜けながら攻撃をお願いする。
迎撃している人達の横を通り過ぎる際に「進路を変えたぞ!」と喜びの声が耳に入ってきたが実際は何も解決していない。
ただ避難所から引き離しているだけだ。
弓では魔獣にはダメージを与えられず、魔獣が危険だと判断した魔法や付与された矢は躱されているので魔獣自体の知能も高い。
「どこに向かっているの?」
「廃工場周辺だ。彩奈が言っていただろ。『廃工場付近はトラックの出入りの為に道が広い場所に建てられている場合が多いから戦闘になっても安心して戦える』って、そこで倒す。」
「でも、どうやって。」
冬也の質問には答えず、剣を握る右手に力を込めるが<渇望の一撃>が発動する気配はない。
発動に必要な心理的願望が足りないということなのだろうか。
「俺も魔法が使えれば・・・。」
こんな事を言っていてもしょうがない、無い物強請りは今はよそう。
魔獣に顔を向けると他の人には目もくれず俺をずっと追って来ている。
俺達が住む避難所もしく周辺を守る結界などが目的ではなく俺が目的だったってことなのか?
でも、どうして俺なんだ?
紫色の魔獣に見覚えはない。
だけど、この状況は誰が見ても俺が狙われているのは一目瞭然だ。
「継、今は余計なことを考えずこのまま廃工場周辺まで行こう。」
「あぁ、わかった。」
俺達は魔獣との十分な距離を維持しつつ魔法と矢が飛び交う中廃工場周辺を目指した。
◇
「この辺りでいいか。」
対向車線合わせて6車線ある廃工場周辺の交差点に到着、進んで来た道を振り返ると数は少ないが俺達と並走しながら迎撃していた部隊が続々と到着する。
「これから君達はどうする気なんだ?」
迎撃部隊の隊長らしき人物が話しかけてきた。
「ここであの魔獣を倒します。」
「わかった。ならば我々は君たちの攻撃の邪魔にならないようフォローに回るが良いな?」
「ありがとうございます。それと避難所へ伝言を1つお願いできますか。」
部隊長は部隊の中で2番目に足が速い人物に避難所へ伝言に向かうよう手配してくれた。
ここまで並走していたのは比較的安全な活動をしていた自警団メンバーではなく、それ以外で活動していたエルフと冒険者だったのは実力差の現れだと素直に思った。
部隊の一人が俺達だけに魔獣の相手をさせることに納得できない顔をしていたが即席パーティよりも冬也と二人の方が戦いやすいという事で納得してもらった。
紫の魔獣に体を向ける。
追ってきた魔獣は警戒しているのか俺達の周りを大きく旋回して様子を窺っているように見える。
体に傷らしい傷が見当たらないので迎撃は殆ど無意味だったようだ。
「考えはあるの?」
「一応2つある。けど今は、出たとこ勝負だ!」
「キュオオオオオオ!」
中央公園の時と同じように俺に目掛けて突っ込んできた魔獣の趾を正面から剣で受け止めると魔獣はその場でホバリングしながら両趾で攻撃してきた。
「厄介だな!」
両趾を剣で捌くだけでも面倒なのにホバリングによって生まれる風に体勢を崩されそうになる。
「たぁ!」
魔獣に無視されていた冬也が背後から飛び込み精一杯剣で切りつけるが羽が数枚落ちるだけだった。
「ダメだ、硬すぎる!」
「俺達は側面から攻撃だ!二人に当てるなよ!」
部隊長の指示で側面の建物に飛び移った隊員たちは中級魔法と付与された矢を一斉に放つ。
「キュオオオオオオオオオオ!」。
声を上げた魔獣は外側に大きく羽ばたくと風圧で隊員達ごと攻撃を吹き飛ばした。
地面に着地した冬也は再度横から飛び込み翼の付け根を狙って突きを放つ。
「ここならどうだ!」
「キュオオ!」
まるで『邪魔をするな』と言っているような短い鳴き声を出すと冬也を翼で打ち廃工場内まで吹き飛ばした。
「うわぁぁ!」
「冬也!どけぇ!」
剣が一瞬光り魔獣の趾に切り傷を付ける。
今、スキルが発動した?
「キュオ!」
ダメージを与えられたことに驚いた魔獣は紫の血を流して空へと距離をとった。
廃工場内へ向かうと飛ばされて出来た廃工場の穴から冬也が出てきた。
「無事か?冬也。」
「うん、翼で打たれる前に<頑丈>を発動させてシールドで防いだから。」
本人は平然を装っているが顔や手足には切り傷が付いている。
廃工場の壁や残っていた何かで切ったのだろう。
とりあえず、命に別状はなさそうなので安心する。
正面からやり合ったがまともに戦っても恐らく勝てない。
一瞬<渇望の一撃>が発動したがこれ頼りに戦うのは分が悪い。
この状況化で倒せるかもしれない方法が一応1つだけある。
けど、教えると冬也が怒る可能性が高いんだよな。
廃工場の陰から空を見上げると魔獣は俺が出て来るのをホバリングしながら待っている。
「正直お手上げだよ。決定打を与える方法が無い。」
「いや、倒せる可能性ならある。」
「その方法聞かせてもらっても良いかな?」
振り返ると部隊長が立っていた。
俺は二人に作戦を伝えるがあまり反応が良くない。
「確かにそれなら可能性があるかもしれないが危険すぎる!」
「僕も反対だよ。」
「俺もこんな方法を取りたくないけど、今できる方法がこれしかないんだ。」
二人が黙る。
普通の矢や弱い魔法ではダメージは通らない、かといって危険と判断した魔法は防がれるか回避する。
<渇望の一撃>で辛うじてダメージを与えられたが次は発動するか分からない以上狙う場所はただ一つ。
◇
陰から出て道路の真ん中に立つ。
俺の少し後ろに冬也と部隊長が控え準備完了だ。
ちなみに隊員は魔獣の注意が俺だけに向くように物陰に潜んでもらっている。
魔獣は俺を見つけるなり趾を広げ真っすぐ飛んで来る。
予想通りだ。
魔獣との距離が縮まってくる中で師匠の言葉を思い出す。
残り100m『スキルは本来の力以上の力を発揮する。』
残り50m、スキルや魔法は自分の意思で発動する。
<渇望の一撃>や彩奈の炎などスキルや魔法は意思に答えるかのように効果を強める。
残り10m、右腕と右足をゆっくりと引き、剣を構えて強くイメージする。
0からの最速の一歩を。
「継の足元が光っている・・・。」
残り3m<急加速>発動!
右足を強く踏み込み額の魔石へトップスピードで飛び込んで突きを放つ。
「てえええええええい!」
金属同士がぶつかり合ったような音が一帯に響き渡るとピシッと小さな音が聞こえ、剣先の魔石に小さな亀裂が入った。
このまま押し切・・・。
「ギュュオオ!」
「まずい」
「いかん!」
<加速>を発動させた冬也が駆け出す。
魔石への攻撃を嫌がった魔獣は瞬時に頭を引っ込め攻撃でガラ空きになった俺の体目掛けて翼を打つ。
「しまっ!」
後ろで冬也が走り出す音と物陰に隠れていた人達が弓を構える音か聞こえる。
ダメだ。腕を引き戻そうとするが間に合わない。
死ぬ。
「継君!」
突風と共に横から現れた炎の大剣が魔獣を廃工場へ叩き飛ばした。
「間に合った。」
避難所の彩奈とフィエールへ『廃工場周辺にすぐ来てくれ』と伝言したのが何とか間に合ったようだ。
地面に着地すると彩奈の掌が俺の頬を叩く。
「何が『間に合った。』よ!今、死ぬかもしれなかったのよ!?一人で格好つけるのもいい加減して!」
本気で怒っている彩奈の目には少し涙が貯まっていた。
「ごめん、彩奈。」
「私にも謝ってくれますか?継さん。」
道路脇の建物の屋上からフィエールが降り立つ。
「フィエールさんもすみませんでした。」
「もう無茶をしないでくださいね。継さんが死んだら沢山の人が悲しみます。」
フィエールさんは俺が死んだ時の事を考えているのかとても悲しい表情をしていた。
「継に言いたいことがあるかもしれないけど、そろそろ良いかな?」
冬也は手短にこれまでの経緯を彩奈とフィエールに話すと廃工場の瓦礫に埋もれた魔獣に剣を構える。
「ギュオオオオオオオオオオオオン!」
瓦礫の中から復活した魔獣は今までと違う咆哮をあげた。
「うっ。」
「耳が!」
あまりの咆哮の大きさに耳を塞ぐ。
額の魔石から禍々しいオーラが溢れ出し俺達を睨みつけていた。
「急に雰囲気が。」
「怒っている?いえ、それ以上の感情だわ。」
「でも、私達のやることは変わりません!ガストソード!」
付与された剣を手に俺と冬也は魔獣へと駆け攻撃を仕掛けるが魔獣は翼を羽ばたかせて突風を起こす。
「たどり着けない。」
その様子を見ていたフィエールはさらに魔法を詠唱する。
「雄々しき風よ、我らが進む道を造れ!ロード・ウィンド!」
フィエールの魔法が突風を相殺し魔獣までの道を切り開く。
「はっ!」
「やぁ!」
切り開かれた道を駆け上がり魔獣に切りかかるが浮かび上がって避けられる。
そして、浮かび上がった魔獣はそのまま俺達とすれ違った。
「・・・。」
嫌な予感が過ぎる。
すれ違う魔獣の瞳に俺が映っていない!?
ずっと自分が狙われていると思っていた。
だが、この魔獣の目的は本当に俺だったのか?
魔獣の行動を思い出せ。
この魔獣は避難所を目指していた。
そして、偶然公園にいた俺と魔獣の目が合い追いかけてきた。
魔獣は何度も趾を広げて向かってくるだけだった。
理由は分からないが攻撃ではなく俺を捕まえようとしていた?
彩奈とフィエールへと突撃する魔獣の口に紫炎が集まる。
二人のどちらかをおびき寄せるために?
でも、どっちだ。
視界にフィエールが映る。
そうだ、どうしてこの魔獣は避難所へ真っすぐ向かった?
標的がフィエールなら西部の森でも良かったはずだ。
でも、そうしなかったのは西部の森には絶対に標的が居ないと知っていたからだ。
つまり、あの魔獣の本当の標的は。
「避けろ、彩奈!そいつの本当の狙いはお前だ!」
「え?」
急な出来事に回避判断が遅れた彩奈の目の前に放たれた紫炎と魔獣が迫る。
「ロード・ウィンド!」
フィエールはとっさに彩奈に飛びつき地面に放った魔法の勢いを利用して紙一重で紫炎を躱す。
魔獣が通った後のアスファルトは焼け溶け、紫炎がまだ残っている。
「二人とも大丈夫か!」
「えぇ、大丈夫です」
「私もフィエールが助けてくれたから何とか。」
所々擦りむいていたが物陰に隠れて回復魔法をかける。
「どういうこと、継君が狙われていたんじゃなかったの?」
彩奈は何が何だか分からないと混乱している。
彩奈の反応は当たり前だ。助けに来たつもりが標的は自分だったと聞かされれば誰だって混乱する。
「俺もさっきまではそう思っていた。」
「だけど、本当の狙いは彩奈だったという事ですね?」
「はい。」
魔獣の行動には色々不可解なことがあるが今はっきりしていることは彩奈を殺そうとしているという事だ。
「ギュオオオオオオオオオオ!」
魔獣は咆哮を上げ、周囲を紫炎のブレスで破壊し始めた。
「彩奈を探しているみたいだね。」
建物が壊れる音で俺達の声がかき消されるので都合が良いが見つかるのも時間の問題だ。
「みんな聞いてくれ、あの魔獣を倒す方法を思いついた人はいるか?」
3人は首を振って無い事を伝える。
「継君はあるの?」
「あぁ。」
「継さん、どんな方法ですか。」
3人の視線が俺に集まる。
「彩奈、俺に命を預けてくれないか?」
◇
継達が隠れていた建物から彩奈が飛び出し避難所の方向へ走り出すと魔獣が彩奈を追って上空から紫炎の火球を放つ。
「上からポンポンと。」
爆発音と焼け焦げる匂いの中、火球を左右に躱し走り続ける。
「ここまでは大体予想通りね。」
◇
(彩奈、俺に命を預けてくれないか?)
(何をさせるつもり?)
私は怪訝な顔する。
(あの魔獣は標的以外追いかけない。それを利用する。)
(でも、継君も追われていたわよね?)
(あぁ、彩奈を誘き寄せて殺すために捕まえようとしていたのかと思っていたけど、冷静になって考えるとそれも違う気がするんだ。)
(どうして。)
(だって、彩奈を殺したいのなら誘き寄せる餌だけじゃなくて俺を人質にすれば良いじゃないか。そうすれば周りは下手な攻撃ができない。)
(確かに。)
冬也は頷いて納得する。
(俺を捕まえようとしたのは別の理由があるのかも。彩奈が現れてから魔獣の眼に俺が映っていなかったのは魔獣の中で何か優先順位があるんだと思う。)
(なるほどね。)
俺の話を聞いた彩奈は顎に手を当てて自分の中で考えをまとめている様だ。
考えがまとまり覚悟を決めた彩奈は俺に尋ねる。
(わかったわ。どうすればいいの?)
(まず、東瀬中央公園に到着するまでに魔獣の高度を下げるんだ。俺達は彩奈が出た後、別ルートを通ってそこで先に待つ。)
◇
まったく、継君も簡単に行ってくれるよね。
それに助けに行く時に見かけた迎撃部隊の姿が見当たらない。
私に教えていない部分もありそうね。
視界の先に東瀬中央公園が見えた。
「もうすぐ東瀬中央公園だわ、どうすれば。」
高度を下げさせる方法を考えていると魔獣の影が小さくなる。
火球が当たらず痺れを切らした魔獣は翼を畳み彩奈を狙ってミサイルのごとく着弾する。
「きゃああああああああ!」
本物のミサイルが着弾したのかと思う程の轟音と衝撃波を受けた彩奈は何度も道路に転がって倒れた。
「っつ。」
転がり傷付いた体を起こした彩奈は足に異常が無いか確認する。
良かった、体中が痛いけど足はまだ動くみたい。
頑丈な体を利用してこんな攻撃を仕掛けて来るなんて本当に異世界の魔獣なのかしら。
「でも、これで条件が揃った。」
魔獣は人参を目の前にぶら下げた馬のように目の前の彩奈を低空で追いかけたままフィエールが待つ東瀬中央公園までやってきた。
「彩奈このまま真っすぐ走って来てください!」
「えぇ!」
「風よ、翼無き我らに空の加護を。」
フィエールが体内で魔力を練りながら地面に手を置き静かに詠唱を始めると魔法陣が現れ、彩奈がその中に走り込んで叫ぶ。
「やって、フィエール!」
「いきます!エア・トルネード!」
魔法陣から吹き上がる突風に乗って空へと舞い上がる彩奈。
「ギュオオオオオオオオオオ!」
舞い上がった彩奈を魔獣が下から追ってゆく。
来たわね。
魔獣の口に紫炎が集まっていくのが見えた彩奈は剣抜き、最大出力である自身の3倍の大きさの炎を剣に纏わせ大きく振り上げる。
(魔法で空へ上がれば必ず魔獣も追ってくる。そこを剣で叩き落とすんだ!)
「落ちろおおおおおおおおおおおおおおおお!」
振り下ろされた炎の大剣が魔獣の口に直撃すると紫炎が混じった大爆発が起こり魔獣を地面へと叩き落した。
「「「ここで畳みかける!」」」
公園を囲むように周囲の住宅や木の陰に迎撃部隊を潜ませていた俺と冬也と部隊長は一斉に指示を出す。
「「「一斉攻撃!」」」
付与された矢や中級魔法が地面に叩きつけられた紫の魔獣に襲いかかり翼や体から血と羽が流れ落ちる。
「キュオオ!キュオ!」
魔獣は体中の痛みを訴えるように短い鳴き声を放つ。
体中には無数の矢が刺さり翼は魔法で一部損傷して飛べなくなっている。
今なら魔石を狙える!
「はあああ!」
<急加速>を発動させて魔石の亀裂に飛び込み剣を突き刺す。
そのまま手首を捻り魔石を完全に割ると魔石は破壊音を奏でて砕けた。
「キュオオオオオオオンン!」
死の絶叫が公園周辺に響き渡ると糸が切れたよう倒れて体が消滅した。
倒したことにざわめき出したので控えめに剣を掲げてみる。
「「「「うおおおおおお!やったあああああああああ!」」」」
それが合図となり次々と歓喜の声を上がる。
良かった、何とか倒すことができた。
大きく息を吐き倒せた事と犠牲者が出なかったに安堵する。
でも、何か忘れているような。
「・・・・てぇえ!」
突然上から声がしたので見上げる。
「誰か受け止めてぇえええ!」
空から彩奈が落ちてきている。
忘れてた!
「緊張の糸が切れて魔法が解けてしまいました。」
いやいやいや、フィエールさんそんなこと言っている場合じゃないですから!
彩奈はフィエールさんのエア・トルネード(威力弱)に受け止められて無事地上へと生還すると笑顔でこっちに近づいてくる。
怒っている、物凄く怒っている。
「二人とも私の事を忘れていたよね?」
「そんなことないぞ、彩奈。ねぇ、フィエールさん!」
「えぇ、友達を忘れるなんてエルフの恥ですから!」
彩奈のこめかみに筋が入った。
あ、終わった。
「二人とも正座!」
その後、彩奈の説教は1時間続き避難所に帰るまで口を聞いてもらえなかった。
◇
「以上が我らの同士が潜伏している街の周辺の状況です。」
ローブを身にまとった日本人の男が祭壇の前に立つ男に報告をする。
「異世界の魔物に空の切れ目から現れた紫の魔獣ですか。」
祭壇の前に立つ男は愉快そうに笑う。
「同士に伝えなさい。計画通り進めよと。」
「はっ!」
ローブの男が消えると男は祭壇の中央に置かれている白い瓶を見て静かに口元が笑う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます