第011話 そんな休日

 避難所の簡易シャワールームに備え付けられている魔道具に魔力を込め温水を出す。

 熱くもなく温くもない良い温水だ。


「シャワーが気持ちいい・・・。」


 異界変災以降こうしていつでもシャワーを浴びられるのは魔道具のおかげ。

 女の子の私としては最低でも1日1回はシャワーを浴びたい。


 特に自警団として活動した日などは1日2回シャワーを浴びたいところね。


「霧島 継君に、朝岡 冬也君か。」


 二人が自警団に入りフィエールと4人で組むようになってそれなりに経つ。

 初めは私を置き去りにした人達みたいに大型の魔物を目の前にすれば逃げ出すと思っていた。


 しかし、ミノタウロスを目の前にしても逃げ出すこともなく勇敢に戦い切り、その後もパーティの一員として頑張っている。


 冬也君はさわやかな笑顔が特徴的で一歩引いて物事を見ているような人というのが私のイメージ。

 普段からニコニコしているので何を考えているのか分からない一面もあるけど。


 継君とは幼馴染というだけあって二人の連携には熟練されたものを感じる。


 継君は「冬也には変な趣味があるから気を付けろ。」と言ってけど人には言えない危険な趣味じゃないよね?

 変な趣味が分かるまで少し距離を取ろうかな。


 そして、継君。


 継君はどこか人を引き付けるものを持っている人。

 明るく一生懸命で仲間を大切にする人。


 一緒に活動して継君が先頭を切りたがる人だと分かった。

 初めは活躍したいだけかと思っていたけど、どうやら違うみたい。


「俺は仲間を見捨てない。」


 継君の真っすぐな目と言葉を思い出し自然と笑みがこぼれる。

 きっと誰かが危険な目に合うのが嫌だからなんだ。


 私だって仲間を見捨てないよ。


「彩奈?おい!彩奈!」


 ふと継君に受け止められたことを思い出し顔が赤くなる。


「私としたことが一生の不覚ぅぅぅ。」


 簡易シャワー室で一人悶える彩奈。忘れよう・・・。


 洋服に着替え避難所内を歩いていると賑やかな声が聞こえて来る。

 どこからするのかと声を辿ってみると学校の花壇の近くで子供たちが集まっている。


 何をしているのかしら?


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。次は僕に作って!」


「違うよ!次は俺だよ!」


 子供たちは座っている誰かに何かを作ってもらおうと順番を競っている。


「こ~ら、ちゃんと二人にも作ってやるから喧嘩するな。」


「「はーい」」


 近づいて覗いて見るとそこには継君がいた。


「こんなところで何をしているの?」


「ん?彩奈じゃないか。彩奈こそどうしたんだ?」


「私は賑やかな声に誘われてここまで来たの。」


 継君は「騒ぎすぎたか・・・。」と避難所の皆に迷惑をかけたと反省をしているようだった。


「今日はたまたま暇だったから久しぶりに木の玩具を作っていたんだ。」


 継君は自分の隣に置いてある以前作成した釘が打たれたピンボールやゴム鉄砲とターゲットボードを見せてくれた。

 ピンボールはナイフ1本で作成するには大変だったので学校の技術室から必要な道具や材料を使わせてもらっているようだ。


「よし、完成!」


「何が出来たの?」


「紙飛行機ランチャーと竹とんぼだ。」


「竹とんぼ?」


「昔のおもちゃだよ。」


 継君は立ち上がり竹とんぼを飛ばして見せた。

 勢いよくクルクルと飛んで行った竹とんぼは着陸し、竹とんぼの元へ子供たちが駆け寄る。


「異界変災前も竹とんぼで遊んでいる人はあまり見かけなかったから知らないのも無理ないか。」


 私の反応を見て『これが現代っ子というやつか。』などと失礼な事を言っている。


 継君は竹の切り端を手に取りナイフで削り始める。

 私は継君の隣に座り遊んでいる子供たちの賑やかな声を聴きながら空を見上げる。


「どうしたんだ?」


 困惑しながら継君が聞いてくるが私は敢えて返事をしない。

 ますます困惑している継君の姿がおかしくて笑いそうになる。


 静かな時間。

 昨日まで結界の外で命のやり取りをしていたのが噓のような静かな時間が流れている。


 せっかくだから継君の事を聞いてみようかな?


「継君は竹とんぼづくりをどこで覚えたの?」


「昔、親父に教えてもらったんだよ。うちの両親はどこかの研究所に働いているらしくて連休なんて殆どなかった。」


 昔を懐かしむように継君は話していく。


「そんな両親がたまたま連休が取れてキャンプに連れて行ってくれたんだ。親父は料理や家事はダメなくせにこういう細かい作業は得意でさ、母さんに「調理の邪魔だから時間を潰してて」って言われた時に得意げに教えてくれた。それ以来、親父が休みの日にはよく一緒に何か作ったんだ。」


「ご両親は結界内に?」


 継君は何も答えずただ首を振る。


「ごめんなさい。」


「彩奈は悪くないよ。元々どこで働いているのかも教えてもらってないからさ。それに研究所で働いている訳だし案外国家機関に守られているかもしれない。」


「ここより安全かもしれない」と継君は笑う。


 私はなんて無神経なことを聞いてしまったのだろうと後悔した。

 継君は避難所の天幕で寝泊まりをしているのだからご両親が近くに居ないことを察することができたのに。


「俺からも1つ聞いても良いかな?」


「何を聞きたいの?」


 継君は手を止め私に顔を向けると質問した。


「彩奈はどうして戦っているんだ?」


 私が戦っている理由・・・。


 私の家族は魔物に襲われたけどフィエールに助けてもらったので生きている。

 だから、復讐とか大層な理由もない。


 ただ私は・・・。


「私は取り戻したいの。」


「取り戻す?何を?」


「あの日見た星空を。」


 平和な日常を取り戻して『もう一度あの星空を見たい。』


 それが私の戦う理由だ。


「昔ね、家族と東京を離れて天体観測に行ったの。綺麗だった。空一面に星空が広がっていて言葉が上手く出てこなかったのを今でも覚えている。」


 今でも忘れない。


「異界変災後ビルの明かりが無くなってここからでも同じ星は見えるけど、私が見たい星空はこれじゃない。」


 私の目前には昼も夜も関係なくオーロラが出ている。

 以前なら綺麗なオーロラと思うだけだろうけど、今は不気味なだけ。


「そっか。」


「大した理由じゃなくてガッカリしたでしょ?」


 継君は「そんなことはない。」と首を振る。


「戦う理由は人それぞれだ。他人から見たら大した事じゃなくてもその人にとって大切な事なら十分な理由だと俺は思う。」


「・・・ありがとう。」


「あ~、兄ちゃんが良い雰囲気になっている!」


 遊んでいた子供たちがいつの間にか戻って来てニヤニヤしていた。

「恋人同士なのかな?」と女の子同士で話している子達もいる。


 最近の子って結構ませているのね。


 冷やかされた継君は「そんなわけないだろう~!!」と言いながら「キャ~。」と逃げる子供達と鬼ごっこを始めた。


「ねぇ、継君。いつか一緒に星を見に行こうよ。」


「あぁ、いつか一緒に行こう。」


 いつか一緒に星を見に行く。

 そんな約束をした、そんな休日。

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