第010話 宮代 彩菜
避難所のある天幕にて俺と冬也はいくつもの視線に晒されていた。
「本日から当分の間自警団として協力してくれる。」
「霧島 継です。」
「朝岡 冬也です。」
今日はフィエールさんに勧誘された自警団の人達との顔合わせの日。
若干緊張気味の俺といつもと変わらない様子の冬也は自警団の面々に挨拶をする。
軽く天幕内を見渡すと隊長である冒険服を着た異世界人、自衛隊の隊員、ギルドの依頼を受けた冒険者と思われる異世界人、結界内に住んでいる地元の地球人などバラエティーに富んだ人たちが集まっていた。
「彼らは自警団の副代表でもあるフィエールが推薦した人材だ。二人でクラッシュベアを倒したこともある。」
隊長の言葉を聞いた自警団の皆は『なら、安心だ。』『副代表が言うのなら。』と俺達を受け入れてくれた。
フィエールさんが副代表であることにも驚いたがフィエールさんの人望の厚さにも驚いた。
こういった場合は『実力を見せてもらおう!』とかなると思ったが二つ返事で認められるのは予想外だ。
それだけフィエールさんが皆に信用されているという事だ。
以前に何度かフィエールさんが一人で行動している姿を目にしたことがある。
天幕の一つ一つに声をかけ不便なことはないかと聴き取り調査をしていたり、他の団員では手に負えない住人同士のいざこざに仲裁として割って入り感謝されていた。
こうしたフィエールさんの日々の行動を皆が見ていたからこそ、俺達みたいな子供でも皆が受け入れてくれたのだろう。
「君たちはフィエール達と行動してもらおうと思う。フィエールも構わないな?」
「はい、私としても異存有りません。継さん、冬也さん、改めてよろしくお願いします。」
「俺達こそ、よろしくお願いします。」
俺達の直属先が決まると隊長は今後の話を始める。
内容は大きく分けて見回りと食料と生活向上の3つ。
見回りについては、結界内を突破した魔獣や魔物が居ないかの確認と窃盗や住民同士の喧嘩、不審な荷の持ち込みが無いかの確認だ。
食料については魔獣や魔物などの肉を現地調達し爪などの素材を行商人から野菜などと交換する事を今後も継続する。
最後に生活向上についてだが、結界装置の数を増やし避難所同士の道を確保する計画が検討されているという話だった。
聖都と学武国家に流れている魔石を優先的に地球に回してもらう必要があるが実現すれば支援物資の輸送の安全性や居住場所の拡大が容易になる。
他にもエルフの森で見たこと無い魔物を確認された事で他の避難所と協力し合い情報収集をしていくことが決まった。
自警団での話が終わりフィエールさんにこの後の事を聞いてみる。
「人を待たせています。これから行動するパーティーメンバーが待っているので一緒に行きましょう。」
フィエールさんの後を付いていくと校門近くで一人の女の子が立った。
「フィエール、話は終わったの?」
「えぇ、大体いつも通りです。見回りと食料調達に住民の生活向上ですね。」
フィエールさんと話している女の子はうっすらとレッドブラウンがかかった黒髪ロングにローブを羽織った冒険者服を着こなしている。
年齢は1つ上ぐらいか同じに見える。
それにどうみても日本人だ。
「後ろの二人は?」
「あ、そうでした!一緒にパーティを組むことになった霧島 継さんと朝岡 冬也さんです。」
「「よろしくお願いします。」」
「以前助けた人が居たとか言っていた人よね?」
女の子が俺の事をまじまじと見る。
「え~と、何か?」
「いえ、私の名前は宮代 彩菜。彩奈でいいわ。」
随分と素っ気ない態度だ。
自己紹介が終わると彩奈は俺達に興味がないのかフィエールさんと今日のスケジュールの話をし始めた。
「継、彼女に何かしたの?」
「いや、初対面だ。お前だって何かしたんじゃないか?」
俺の記憶が確かなら彩奈とは初対面のはずだ。
学年の同級生にも『宮代』という人間はいなかったはず。
助けられた事も知っているようだったからフィエールさんに何か聞いているのかもしれない。
今日のスケジュールが決まったのかフィエールさんがこちらに顔を向ける。
「それじゃあ、自警団の仕事を始めましょう。」
自警団としての初仕事は天幕の見回りだった。
天幕を一つ一つ回り亡くなった方や不審物の確認、不満の聴き取り、喧嘩の仲裁などをする。
朝から夕方まで修行をしていた俺は見回り中のフィエールさんと数回しかあったことが無い。
「失礼します。こんにちわ、雨宮さん。怪我の具合はどうですか?」
「こんにちは、フィエールちゃん、それに彩奈ちゃん。」
「こんにちわ。」
彩奈は雨宮さんに笑顔であいさつをする。
あれ?
「随分良くなったわ。頻繁にフィエールちゃんと彩奈ちゃんが来てくれるお陰ね。」
「そんなことないですよ。」
普通に笑顔だ。
不愛想な態度を取るのは俺達にだけ?
彩奈の態度を見た俺は冬也に「どういうこと?」と視線を向けると冬也は苦笑いしながら首を傾げた。
天幕を回っている途中フィエールさんと彩奈は地球人、異世界人関係なく子供からお年寄りまで多くの人に声を掛けられていた。
同性は信頼から、異性は信頼と下心から声をかけているだろう。
一通り天幕を確認すると避難所を出て結界内の街を確認しにいく。
結界に穴が開いてないか、魔物が住み着いてないか、前日と何か違いは無いかの確認だ。
日本の道路は狭いところが多いので確認の際は常に後ろを警戒して挟み撃ちや不意打ちされないように注意しながら見回った。
移動中、彩奈は俺達に質問を投げかける。
「貴方たち、魔物や魔獣はどこに現れるのか知ってる?」
「街や山の中じゃないのか?」
冬也も頷く。
「聞き方が悪かったわ。魔物や魔獣はどこで生まれるか知ってる?」
魔物や魔獣は魔子からなるんだよな。
さらに体内で魔子を貯めると魔石になるとフィエールさんが言っていた。
あれ?
魔物や魔獣はどこで生まれるんだ?
考え込んでいる俺を見て彩奈はフィエールさんに確認する。
「フィエール、魔石ついて話をした時に教えなかったの?」
「魔石の話に夢中になってしまって教えるのを忘れていました・・・。」
呆れた様子の彩奈と眼を逸らしながら気まずそうに答えるフィエールさん。
「魔石の話も良いけど肝心なことを教えないと命を落とすのは彼らなのよ?」
「すみません・・・。」
怒られているフィエールさんの姿は何だか新鮮だ。
何でもできる完璧なお姉さんというイメージだったけどおっちょこちょいな一面もあるみたいだ。
「私が教えるわ。魔物や魔獣は人里少ない山や森・廃炭鉱、東京だと空き家や廃工場、廃校した学校みたいな人があまり近づかない所に魔子が溜まって生まれるわ。」
だから結界外の街に魔物や魔獣がいるのか。
しかも、結界外の街はほぼ空き家だから何処で出現してもおかしくない状況で放置されている。
もしかしたら、食料調達に利用するために敢えて放置しているのかもしれない。
空き家1つ1つを安定した供給装置として見方を変えればこれ以上の供給源も無いような気がする。
「だから、結界外に出るときは全方位を注意する必要があるの。わかった?」
「あぁ、わかったよ。」
彩奈は俺達の身を案じてくれているみたいだけどやはりどこか冷たい所がある。
俺も冬也も身に覚えがない。
一体何をそんなに警戒しているのだろうか?
結界内の安全確認が終わると俺達は装備を整え結界外での食料調達をすることになった。
「どうやって魔物や魔獣を見つけるんだ?」
結界との境界線前で出発準備を整えた俺は心の準備の為に彩奈に質問する。
「徒歩で廃工場を回るの。廃工場付近はトラックの出入りの為に道が広い場所に建てられている場合が多いから戦闘になっても安心して戦えるわ。」
「継さん達は実戦経験が浅いのでなるべく広い道を通って探そうと思います。」
ただただ事務的に答える彩奈とは対照的にフィエールさんは普段と変わらず友好的に答えてくれる。
フィエールさんは食料調達よりも俺達に経験を積ませることを優先してくれているみたいだ。
「迷惑をかけてすみません。」
「前に言いましたよね?サポートしますってだから迷惑じゃないですよ。」
フィエールさんの気遣いを無駄にしないためにも絶対に足を引っ張らないようにしよう。
「私は貴方たちのせいで死ぬのはゴメンだわ。足手まといにならないでね。」
彩奈からは嫌味を言われた。
無表情な彩奈の表情からあからさまな嫌悪感を俺達に抱いているわけではないようだ。
食料調達を終えた他の団員達とすれ違いながら東瀬市近郊の廃工場を一か所ずつ確認していく。
「他のパーティが討伐しているのか鳴き声も聞こえませんね。」
後方を警戒しながら冬也が話しかける。
言われてみればいつも聞こえる遠吠えは聞こえず足音と話し声だけが聞こえた。
「団員の皆さんも新人には負けらないと張り切っていましたから頑張っているのかもしれませんね。」
「フィエールも副代表なのだから少しはちゃんとしてよね。」
「ごめんなさい。」
溜息をつき半ば諦めている彩奈からの親しみある注意が嬉しかったのかフィエールさんは笑っていた。
そんな二人のやり取りを見て世界や種族は違うけど姉妹みたいに仲が良いんだなと思った。
4つ目の廃工場が見えてくると彩奈が静かに声を上げる。
「隠れて。」
彩奈の指示に俺達は素早く物陰に隠れる
「どうしたんだ?」
「私の眼は色んな意味で良いの、見て。」
彩奈が廃工場の中を指す。
廃工場の中に目を向けるとそこには牛の頭をした怪物が赤い目を光らせて歩いていた、
「ミノタウロスですね。」
「ミノタウロスなのか?あれ。」
人型は人型だけど・・・。あれは・・・。
「ギリシャ神話の半人半牛の怪物とはちょっと違うみたいだね。牛を2足歩行させたような感じみたいだ。」
冬也が言うような人間よりじゃなくてよかった。
さすがに人間よりだと食べる際に口に入れるのを躊躇う。
自分なりにミノタウロスを観察して得られる情報を探す。
前かがみで歩き人間の作りに似た手で何かを握れそうな事と足は蹄か。
「静かに近づいた後、合図ともに私が正面からぶつかるから二人は左右から攻撃をして。フィエールは私達のサポートをお願い。」
「「わかった。」」
「まかせてください。」
ミノタウロスに気づかれないように廃工場の側面から近づき俺と冬也は左右に分かれる。
彩奈とフィエールさんは入り口の陰に隠れ俺達の位置を確認する。
俺達に目線を送りお互いに頷くとミノタウロス目掛けて正面から攻撃をしかけた。
彩奈の動きに合わせて俺と冬也も攻撃を仕掛ける。
「はああああぁぁぁ!」
彩奈はミノタウロスが振りかざす拳を見切って懐に入り込み剣で攻撃をする。
「てえええい!」
俺と冬也も脇腹と左腕に切りかかるがミノタウロスは厚い筋肉の鎧で守られていた。
刃があまり入らない!?
冬也の剣も少し肉に刃が入っただけで左腕に受け止められている。
俺達の剣ではあまりダメージが通らない。どうする。
頭の中をフルスピードで働かしていると彩奈が叫ぶ。
「フィエール!」
彩奈はフィエールの名前を叫びながら自分の剣に炎が纏わせ構える。
「わかっています!風の精霊よ。眼前の敵を切り裂く剣をここに!ガストソード!」
俺と冬也の剣に風魔法が付与されるとミノタウロスの体に刃が入っていく感覚が剣から伝わる。
これなら!
「「はああああああああああああああああ!」」
筋肉の鎧に受け止められた2本の剣をそのまま振り抜きミノタウロスにダメージを与える。
俺達の攻撃で出来た僅かな隙を見逃さず彩奈は追撃をする。
「やあああああああああ!」
纏う炎の勢いと大きさは掛け声と共に大きくなり炎の大剣になった。
彩奈の大剣が何度も切りつけるたびに剣の勢いに押されたミノタウロスの体が後退していく。
「ボオオオォォォ!」
ミノタウロスは彩奈を鷲掴みにしようと口や体から血を流しながら腕を伸ばすがフィエールから放たれた2本の矢がミノタウロスの肩に刺さりそれを阻止する。
「今です!」
フィエールの掛け声で総攻撃を仕掛ける。
「てええい!」
「くらえ!」
俺と冬也は彩奈の後ろから飛び出しミノタウロスの両肩を切り落とす。
「彩奈!」
「わかってる!えぇぇぇぇぇい!」
彩奈の剣に轟轟と纏う炎の密度が尋常じゃない。
さらに大きさが増した巨大な炎をミノタウロスの体に叩きつけ爆発音と共に廃工場の外まで吹き飛ばした。
壊れた壁からピクリとも動かず倒れているミノタウロスの姿を見て倒せたことを確認すると彩奈の剣に纏っていた炎も収まった。
「やったな。」
「・・・。」
俺は彩奈に駆け寄り声を掛けるが返事がない。
「おい、大丈夫か?」
「・・・。」
彩奈の前で手を振ってみる。
「ゴメン、少し休ませてほしい。」
弱弱しい声で倒れてきた彩奈を受け止める。
「彩奈?おい!彩奈!」
「大丈夫ですよ、継さん。魔力が切れかけているだけですから。」
フィエールさんは慌てることもなく近づいてくる。
「魔力が切れかけると疲労感とは別に力が入らなくなってしまうんです。ここで横にするのも何なので彩奈を背負って貰っても良いですか?」
彩奈を背負い廃工場の外へ移動する。
思っていたよりも細い体だ。
こんな体でミノタウロスを吹き飛ばしたのか、技の反動だってあるはずなのに無茶をする奴だ。
「魔力が切れるとどうなるんですか?」
「最悪数日意識が戻りません。でも大抵の人は彩奈のように体が無意識にセーブしますから安心ですよ。」
なるほどな、彩奈が剣に纏わせていた炎の大きさと勢いはまるで烈火のようだった。
特に最後の一撃は破壊力が凄まじかったので瞬間魔力消費量も多かったのだろう。
しばらくすると彩奈が目を覚ました。
「ここは?」
「おはよう、ここ廃工場の外だ。」
体を起こしながら意識を覚醒させていく彩奈に居場所だけ伝える。
「あ、そうだった。ミノタウロスを倒したら魔力が切れて・・・、それから・・・。」
倒れた拍子に俺に寄りかかったことが恥ずかしくなったのか彩奈の顔が少し赤くなっている。
「ここまで運んでくれたのも継だよ。」
冬也が謎の追撃をかける。
「あ~、体調不良は皆あるから気にしなくて良いんじゃないか。」
「あ、ありがとう・・・。それと、その・・・、ごめんなさい!」
「「え?」」
彩奈は立ち上がり、俺達に頭を下げる。
「失礼な事を言ってごめんなさい。」
「実戦経験が浅いのは事実だから気にしてないよ。」
「僕も気にしてないから。」
彩奈がなるべく気にしないように両手を振って大丈夫だとアピールする。
「継君も冬也君もありがとう。」
「それはそうと、どうしてあんな態度をとっていたんだ?」
「それは・・・。」
彩奈の話によると以前別の仲間と今回同様に食料調達に出たことがあるそうだ。
初めのうちは小型や中型の魔物相手に順調に食料調達を熟していたのだがある時大型の魔物に出くわした。
その魔物に敵わないと知ると否や恐怖し仲間たちは彩奈をお置き去りに一目散に逃げてしまったのである。
その結果、怪我を負い命からがら魔物から逃げることになった。
逃げる途中にたまたま別のパーティが通りかからなければ今頃死んでいただろうと彩奈は怒りながら語った。
そういった経緯があり、経験が浅い俺達が大型の魔物と出くわしたら逃げ出すと彩奈は思っていた。
だから、例えフィエールさんの推薦だろうとも初めから信用していなかった。
確かにそんな経験をすれば誰だって他人を信用しようと思わない。初対面の相手に命を預けるとなればなおさらだ。
少なくとも俺は預けようとは思わない。
信用してくれなんて言葉はきっと彩奈には届かない。
だから。
「なぁ、彩奈。」
「何?」
「俺は仲間を見捨てない。」
俺の言葉に冬也も頷く。
これは俺の覚悟の証でもある。
大切な仲間を何があっても見捨てない、死なせない、俺自身への覚悟。
俺達を見る彩奈の眼は少し見開き、そして。
「そ、そうなんだ。じゃあ、少しだけ頼りにしようかな・・・。」
と気恥ずかしそうに答えた。
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ピシッ。
継達が去った廃工場の上空に小さな切れ目が出来ている事を今はまだ誰も知らない。
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