第09話 スキルと魔石について

 クラッシュベアを倒してから数日後、フィエールさんが俺と冬也に話があるようなので修行が終わった後、天幕で待っていた。

 いつも修行が終わったらフラフラっと出かけて晩御飯には帰って来る師匠が珍しく自分のベッドで目を瞑って横になっている。


 寝ているのだろうか。


 そうだ!

 冬也と相談して師匠の顔に悪戯でもしてみようかな?


 いや待て、万が一起きていたら・・・。

 悩みどころだ。


「来たな。」


「お待たせしました。」


 師匠の声とほぼ同時にフィエールさんが天幕に入ってきた。


 危なかった!起きていた。

 あのまま悪戯をしていたらどんな仕返しが待っていたか想像するだけでも恐ろしい。


 安易な悪戯はやめておこう。


「継さん、どうしたんですか?顔色が少し悪いですよ?」


「え!?いや、そんなことないですよ?いつも通りデスヨ?」


 師匠にバレまいと必死に誤魔化している俺とは反対側のテーブルで冬也が呆れている。


 うん、冬也には何をしようとしていたかバレているな。


「それよりも僕たちに話って何ですか?」


 冬也は話を逸らすようにフィエールさんに話を振ってくれた。


 ありがとう!冬也!


「そうでした。継さん、冬也さん、自警団に入りませんか?」

「自警団ですか・・・。」


「ダメ・・・、ですか?」


 フィエールさんにどう返そうか・・・。

 正直考えたこともなかった。


 俺はまだ修行中の身だし実戦だってこの前のクラッシュベアが初めてだ。

 見回りとか手伝いなら出来るかもしれないが結界外の活動になると遭遇戦になることもあるはずだから役に立てるのか不安だ。


 悩んだ末に師匠に聞いてみることにした。


「師匠はどう思いますか?」


「期間限定なら良いんじゃねーか?俺も用が出来たからちょっと出かけることになったしな。何事も経験だ。この結界だって100%安全って訳でもない。結界を破れる化け物が来たら嫌でも戦わないといけなくなる、遅いか早いかの違いだ。」


 言い方はどうあれ師匠が言っていることは尤もだと思う。


「継さん達なら大丈夫だと思いますよ。それに私もサポートしますから!」


 なぜか気合が入っているフィエールさんは置いといて参加する事に決まりそうなので冬也にも確認する。


「冬也はどうする?」


「僕も良いと思うよ。旅に出るのなら多くの経験を積んでおきたいからね。」


「じゃあ!決まりですね!自警団の方には私から伝えておきますね。」


 話がまとまり解散の雰囲気に包まれそうになったがどうしても聞いておきたいことがあった。


「あの自警団で活動する前にどうしても聞きことがあるんですけど。」


「聞いておきたいことですか?」


「はい、スキルって何なんですか?」


 俺の言葉に解散の雰囲気は消え去り天幕の中が静まり返る。


「継、急にどうしたの?」


「急じゃないんだ。本当は修行が全て完了してから聞こうと思っていたんだ。初めての実戦と今回の自警団入団の件でこの先実戦の機会が増えるのは間違いない。だから、自分が持っている力をもっと知らなくちゃいけないと思ったんだ。」


 俺が持っているスキルは2つ、普通に使用しているが謎の部分が多い。


<渇望の一撃>は結の敵を取りたくて夢中で力を込めたら発動したがあの日以来発動していない。

<急加速>は冬也とのランニング中に覚えたんだったな。


 二つの共通点は俺に欠けていたもの、言い換えるなら『自己願望』だ。

 力が無いから、足が遅いから望んだ力が目覚めたというのが俺の見解だ。


 しかし、欠けている部分が多いに残っている俺でさえ<急加速>を覚えて以降新たに覚えたスキルは無く、その予兆さえない。

 発生条件、習得条件が不明のままでスキルの本質さえわかっていないのが現状だ。


 だから、どうしてもこの機会に聞いておきたかった。


「わかりました。私達エルフから見たスキルについての話で良ければお話しします。」


「ぜひお願いします。」


 俺は少しでも知らなければいけない。

 生き残るために、仲間を守るために。

 自分のスキルを、スキルの本質を。


 フィエールさんは「少しでも力になれるなら」と話し始める。


「エルフではスキルのことを『女神の恩恵』と言われています。日々の生活の中で私達一人一人に恩恵を授け、私達を助け導きより良い人生を歩ませる力と。例えば、生まれてきた双子に同じ人生経験を積ませて複数のスキルを覚えたとします。その双子はいくつかスキルが被ることがあっても完全に一致することはありません。なので、職業を選ぶ際には本人のやる気よりも持っているスキルに左右されるエルフも少なくありません。」


 エルフの世界ではスキルは自分の中から目覚めるモノではなく、あくまでも与えられるモノという解釈だ。

 それにいくつかスキルが被ることはあっても一致することがないという事は本来の柱となるスキルは生まれながらに決まっていて、それに経験や環境で得られる外的スキルがプラスされるという解釈ともとれる。


 でも、それだと本来の柱となるスキルがどれなのか分からない。

 実際、スキルを2つ持っている俺自身これが本来のスキルだという実感がない。


『女神の恩恵』と呼ばれるのは信仰色が強い結果論的な考え方なのかもしれない。


「スキルに対するエルフの考え方は半分正解で半分間違いだな。」


「間違いというのはどういう事でしょうか?」


「それを今から説明してやる。」


 突然口を開いた師匠がマジックボックスから黒板を取り出しチョークを手に取る。

 最近教室の黒板が無くなったって誰かが話していたけど師匠の仕業だったんですね。


 後で返してくださいね?


「結論から言うと例外を除けば俺が知る限りではスキルを習得できる方法を2つだ。」


 師匠は黒板に才能・外的要因・例外と書いた。


「まず、才能は生まれながらに持ったスキルだ。生まれた時からスキル習得している奴もいれば、後々無自覚のまま習得する奴もいる。才能によるスキル習得の特徴は一般的な便利なスキルから英雄級の強力なスキルまでその人物の資質によって初めから決まっているという事だ。」


「英雄級?」


「あぁ~あれだ。一振り大群を薙ぎ払ったり、大規模魔法を連発で放ったりする所謂チート能力だ。」


 なるほど、分かりやすい。


「歴史に名を遺した人間は生まれた時から英雄級のスキルを持っていたやつが多かった。」


「師匠も英雄級のスキルを持っているんですか?」


「俺には必要ない。負ける気もしないしな。」


 持ってないなら素直に持ってないって言えばいいのに。


「僕は師匠の無駄な自信が時々羨ましいと思うときがあるよ。」


 冬也、気持ちは分かるがそっち側に行ったら色んな意味で戻って来れないぞ。


「次に外的要因だが分かりやすく言えば修行や経験などだな。似たような動作や経験を何度も積むことによりスキルが得られる。エルフ族のスキルの考え方はこれに当てはまる。日々の生活の中で狩りや漁などの経験を積むことでスキルを習得し、より良い生活を過ごす。」


「確かに私も覚えようとしてスキルを覚えたわけではなく、父との剣の訓練や仲間との狩りの中で自然と覚えていましたね。」


「英雄級など逸脱したスキルは無いが『身体強化』や商人が持っていた『採取』などサポート的なスキルを習得する事が多い。」


 俺と冬也が速度向上系のスキルを覚えたのは繰り返し走り込みをすることで一定の経験値に達したからか。


「私達エルフ族は日々の生活で授かるスキルだけを優先しているため半分だけ正解だと言ったのですね。」


 ここまでの話を聞きフィエールさんはどこか納得した様子で黒板を眺めていた。


「例外には何があるんですか?」


「例外は2つある。1つ目は相手を殺した時にスキルを奪うことがある。2つ目だがこれは例外中の例外で、切実な願いをスキルとして世界が具現化したものだ。」


「世界が具現化した・・・。」


「スキルの力は強力で場合によっては英雄級を超える力を発揮する半面、切実な願いがどんなに邪悪な願いでもスキルとして具現化することもある。」


<渇望の一撃>は世界の意思が俺の願いを聞き届けた結果で、発動しないのは力を必要とする状況に置かれていないから発動しないという事なのか?

 そうだとしたら窮地のみに発動する切り札だということだ。


 それにあの混乱の中で世界の意思はなぜ俺の願いを叶えたのだろうか。


『世界』とは地球や異世界のような星を指すのか、それとも別の意思が?

 無我夢中だったとはいえ、あの時もっと邪悪な力を願っていたらどうなっていたか・・・。


 正直考えたくもない。


「師匠、世界の意思って何ですか?」


「知らん、世界に聞け。」


 いや、聞けって言われても・・・。


 俺が望んだ力は純粋に目の前の敵を倒す力で、師匠でも良くわからない力が作用している程度で心に留めておこう。


「スキルの話をしたついでに魔石の話でもしておくか。」


 え、スキルの話だけ良いけど?


「それなら私から説明させていただけませんか。こう見えて魔石には詳しいので。」


 ん?ん?話がどんどん進んでいく・・・。

 何がついでなのか分からないが晩御飯までフィエールさんの授業を受けることになるみたいだ。


「ここからは私が魔石について説明しますね!」


 眼鏡をかけたフィエールさんが指揮棒を片手にノリノリで授業を開始する。


「フィエール先生、どうして眼鏡を掛けているんですか?」


「気分です。」


 今のフィエールさんに何を言っても無駄みたいだ。誰にも止められない。

 心を無にして魔石の話を聞こう。


「継さん達は魔石を見たことありますか?」


「いえ、無いです。」


「では、1から話しますね。魔石というのは魔獣や魔物の体内で魔子が蓄積された石のことです。魔子から魔獣や魔物になり、そして体内で魔石が作られるんです。」


 つまり、魔子→魔石ではなく。魔子→魔獣・魔物→魔石ということか。


 また、魔子の蓄積量に比例して魔獣や魔物の体格や力、体内から採れる魔石も大きくなるそうだ。


 そういえば、魔子に関しては以前フィエールさんが説明してくれたな。


 自然界に存在するエネルギー。


 魔力と結びつくことで魔法を発動することが出来るが、そのエネルギー自体は星の命・万物の魔力など色々諸説があり未だによくわかっていないと話していた。


「魔獣や魔物から採れるならこの前僕たちが倒したクラッシュベアからも魔石が取れたということですか?」


「確かに。」


 師匠まさかと思うけど・・・。

 冬也の話を聞き俺は師匠へ疑いの眼差しを向ける。


「チッ!」


 今、舌打ちした!全く油断も隙もない。

 この師匠、冬也が思い出さなければそのまま自分の物にしようとしただろ。


 師匠は「ただ働きなんだから魔石ぐらい良いじゃんねぇか。」とブツブツ言いながらマジックボックスから魔石を取り出す。


「ほら、これだ。」


 大きさは直径20㎝程で見た目は澄んだ水晶に似ている。

 中心には魔子が凝縮されたような紫色の結晶が入っていて地球の宝石とは別の輝きを持っていた。


 師匠の言葉とこの魔石を見て俺はピン!と来た。

 隣で話を聞いていた冬也も頷いているので間違いない。


 これはフィエールさんに確認しないといけないな・・・。


「フィエールさん、この魔石いくらぐらいで売れるんですか?」


 そう、師匠はさっき『ただ働きなんだから』と言い、そして今まで魔石の事を黙っていた事この2つが示す答えは、魔石は高く売れるという事だ。


「え~と、ちょっと待ってくださいね。魔石は澄んでいて品質自体は良い物だと思います。それに・・・、大きさも一般的に流通されているよりも大きいですから小金貨15枚ぐらいだと思います。」


 小金貨15枚!?


 15万ぐらいになるのか、あの魔石。

 俺と冬也はクラッシュベアの爪を売って分け合った7500円だったのに?


「師匠、普通に人として最低ですよ?」


「スイマセンデシタァ~。」


 師匠は口をとがらせながら反省の言葉を口にするが誰が見ても反省してないのは明白なので必ず違う形で何かやるだろう。


「魔石って本当に綺麗だね。宝石店に置いてあっても不思議じゃないね。」


「そう思える冬也さんはセンスありますよ。」


 何のセンス?

 やっぱり、今日フィエールさんかなり変だ。


「魔石にはいくつか種類があります。継さん達が取ってきた魔石は無属性の魔石です。」


 フィエールさんが言うには魔石には火、水、風、土、雷、光、闇、無の8属性あり、


 それぞれ赤色、青色、緑色、茶色、黄色、白色、黒色、透明で中心に紫色の魔子の結晶


 が入っているらしい。


「ちなみですね、魔石を取り出したまま放置していると時間はかかりますが魔子の作用で魔獣や魔物が再生されます。」


「この魔石も放置したらクラッシュベアが再生されて危ないってことじゃないですか!?」


「えぇ、ですから魔石は『浄化』というスキルや特殊な光魔法を使用し加工することで様々な物に利用することができるようになります。」


 フィエールさんは腰の入れ物から手の掌サイズのランタンを取り出して中に入っている赤い魔石を覗いて見てほしいと俺達に伝える。

 赤い魔石の中には何やら読めない文字が刻まれていた。


「何か文字が刻まれているのが見えます。これは何ですか?」


「ルーンという魔法文字です。」


 ここに書かれている一つ一つに意味があり刻まれる文字によって違う効果が表れるようで、ランタンに入っているこの魔石には『灯す』という意味のルーン文字が刻まれているらしい。


 この文字はルーン職人という職人が一つ一つ手作業で魔石に刻んだもので『文字の美しさ』『魔石の大きさ』『魔石の魔子純度』が重要なのだそうだ。


「ルーン文字を刻み込んだ魔石はこのように魔力を注ぐことでその効果を発揮します。」


 フィエールさんがランタンの魔石に魔力を注ぐと赤い魔石は暖かい炎の色に灯り出した。


 説明には無かったがフィエールさんが魔力を注いだ後もランタンは灯り続けているところを見ると魔力を蓄える機能もあるみたいだ。


「魔石を使った魔道具と魔法を使った魔道具の一番の違いは、魔力を注げば誰でも使えるという点でしょうか。魔法使った魔道具の中には王族専用やエルフ族専用など特定の者しか使えない魔道具も存在します。また複雑な魔法を直接道具に掛けるので術者の力量次第でユニークな魔道具から危険な魔道具まで幅広く作れることが特徴ですね」


 マジックバッグについてフィエールさんは時間と空間に影響する失われた技術だと言っていた。


 師匠が持っているあの絵本は時間、空間、身体に影響しているみたいだからマジックバッグよりもワンランク上の魔道具なのかもしれない。


 だとすれば、あの絵本を作った人物はきっと高位の術者だ。

 それも師匠と同次元かそれ以上の存在。


「魔石を使った魔道具にはどういったものがあるんですか?」


 魔石を使った魔道具に興味を持った冬也は質問する。


「そうですね、身近なモノだと私が持っているランタンなど照明の明かり、私達を守ってくれている避難所の結界、お風呂で使われているお湯も最近魔法から魔道具になりました。ですが、私達の世界で一番多く利用されているのは武器としてでしょうか。」


 少し困った表情でフィエールさんは言う。


「小型の魔石や純度が低い魔石は魔石の形を加工して使い捨ての武器に使用します。例えば、矢じりの形にして矢の先に装着すれば属性を纏った矢に。中型の魔石を杖の先につければ使用者が使えない属性魔法を1種類使えるようになったり、短剣の形に加工すれば物理と魔法で戦える魔剣になります。」


 大型の魔石は戦術級魔法や魔石同士を連携させて結界などの防衛魔法に利用されることがあるようだ。


 また大型の魔石は高度な魔法実験にも使用されることが多く、実験に耐え切れず破損することがほとんどのため国家レベルで需要が多いらしい。


「先ほど私達の世界で一番多く利用されていると言いましたが、魔石を加工した武器は普通の武器よりも高価な値段で売られているので一般の冒険者ではなかなか手が届かないというのが現状ですね。」


 今まで目にしてきた冒険者を思い出してみる。


 避難所や西部の山へ向かう途中で出会った冒険者達も普通の武器を持ち歩いていた。

 魔石を利用した武器を持ち歩けるのは有名な冒険者や異世界の近衛兵レベルの人材じゃないと入手できないのかもしれない。


 魔石の授業は晩御飯まで続きフィエールさんは最後に


「私は誰かを傷つける武器よりも誰かを助ける魔道具がこれから増えて欲しいと思っています。」


 と締めくくった。


 魔石の利用。


 雷の魔石は地球で需要がありそうだ。

 雷の魔石を使った新しいエネルギー産業とか地球で流行りそうな気がするな。


 魔石自動車や魔石家電ある意味夢が膨らむけど、異世界の技術を地球に持ち込んでも良いのだろうか?


 その反対も同じだ。

 地球の技術を異世界に持ち込んでも良いのだろうか?


 フィエールさんの話を聞いてこれからの世界を思い描き楽しみな反面、答えが出ない問を一人考えていた。

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