第07話 戦いの後で

「凄い・・・。」


 フィエールは素直に感想をつぶやく。


 出会った頃は剣を握ったことがないただの子供でした。

 けれど、今はどうでしょう。


 短期間で急成長し剣術だけを見れば今はまだ経験や技量などで私に軍配があがりますが、今後の鍛え方によっては近い将来抜かれるかもしれない。


 二人に剣を教え急成長させたこの人は一体何者なのでしょうか?


 魔法やスキルを使ったようには見えませんでしたけど私を抱えながら跳躍した身体能力の高さ、継さん達の技量を見るにこの人の技量は私のよりも遥かに上で底が見えない。


 継さん達は師匠と呼んでいましたね。

 どのような経緯で二人の師匠になったのか分かりませんが服装を見る限りこちら(異世界)の人間ですよね・・・。


 これほどの実力がある方ならば有名になっていてもおかしくないはずですが該当する人物が思い浮かばない。


 フィエールはルーザァの正体を考え続けるが満足する答えにたどり着くことはできなかった。


「どうだった?師匠。」


 フィエールさんを抱えながら降り来た師匠に評価を聞いてみる。


「ギリギリ合格だな。俺なら最初の突撃で真っ二つにするがな。」


「さすがに僕達には無理ですよ。」


「そうですよ。クラッシュベアを狩れただけでも十分だと思います。継さん、冬也さん二人とも怪我をしているので治しますね。」


 倒すことに夢中で気づかなかった。

 よく見ると腕や頬から微かな痛みとうっすら血が滲み出ている。


 完全には避けきれなかったのか。


 傷口に手を近づけたフィエールさんは治癒魔法を発動させる。


「ウィンドヒーリング」


 優しい光に包まれて傷がみるみる治っていく。


「もう大丈夫ですよ。」


「ありがとうございます。魔法って便利だな。」


「そうだね、万能感を感じるよ。」


「俺の方が凄いっつうの。」


 初めて見る魔法に感動していると師匠が訳の分からない拗ね方をし始める。


 面倒くさい人だ。


「そうだ、師匠。これどうしますか?」


 倒したクラッシュベアを晩御飯にする予定みたいだけど山の中で火を使うのは山火事になる恐れあるので遠慮したい。

 せめて川の近くで調理したいところではある・・・。


「そうだな、避難所まで運べるか?」


「絶対無理!」


「無理ですね。」


 避難所までどれだけの距離が離れていると思っているんだよ。

 二人掛かりでも避難所に着くのは真夜中になるのは必至だ。


「冗談だ、冗談。心配しなくてもこれにしまう。」


 片手くらいのヒップバッグに似たバッグを腰の辺りから取り出した師匠はバッグよりも十数倍はあるだろうクラッシュベアをそのバッグに収納してしまった。


「それは!?」


 フィエールさんは驚きの声を上げ、師匠に詰め寄る。


「ルーザァさん!もしかしてそれはマジックバッグではありませんか!?」


 フィエールさんが詰め寄るほど驚いているがあのバッグってそんなに珍しいものなのか・・・。

 マジックバッグって聞くとファンタジーでは定番なアイテムだと思っていたのだけど違うのか。


「フィエールさん、そのバッグって珍しい物なんですか?」


「珍しいどころか初めて見ました!マジックバッグは今の魔法技術では作ることが不可能とされている技術と言われています。」


 少々興奮気味のフィエールさんの説明によるとマジックバッグの中は時間が停止しているらしい。

 つまり、生モノを収納しても腐らず保存できるということだ。


 加えて収納スペースは無限でどんなに大きい物でも収納が可能。

 問題点があるとすれば収納した者以外にそのアイテムを取り出せないという事ぐらいである。


 それでも、弓を使うフィエールさんにとっては入手したい魔道具に違いない。


 このマジックバッグの効果を支えているのが空間魔法と時空魔法の2種類の特質魔法であり、特質魔法を道具に組み込めるアイテムメイカー又は魔法使いが現在存在せず失われた技術ということだった。


 俺も入手できるなら欲しいと思ったけど、話を聞く限りどうやら無理そうだ。


「国宝級とも言える魔道具をどうやって師匠は手に入れたんですか?」


「昔、知り合いに作ってもらったんだ。」


 師匠からとんでもない発言が飛び出した。


「作れる方がいらっしゃるのですか!?」


「いる。フィエールお前は勘違いをしている。マジックバッグは作れないんじゃない、作らないようにしているんだ。それでも作成できる奴はごく僅かだがな。」


 あえて、作らないとはどういうことなのだろうか?

 マジックバッグがあれば回復薬や弓矢、スペアの剣を持ち運べて便利だと思う。


「なぜ作らないのでしょうか?」


「そんなの決まっているだろ。経済バランスの保持と犯罪防止だ。」


「容量に限界が無いので一部の者が冒険者を雇い素材を独占して経済を操作したりするということでしょうか?」


「そういうこった。犯罪防止ってのは、俺がクラッシュベアを収納したような死体の始末や子供の誘拐だ。頭が切れるヤツが使えば完全犯罪が可能になるということだ。」


 家財なども収納できるから地球で広まれば引っ越し業者は即廃業・万引きや密輸し放題。

 悪用しようと思えば切がない。


 経済どころか治安まで悪くなる危険な代物だ。


 道具は使用する者次第というが大抵の人間は法を犯さなければ多少のズルをするもの。

 そのズルが伝染し段々大きくなって取り返しのつかないことになる。


 そして、そのツケを関係のない誰かが背負うことになる。


「とまぁ、そんな理由で表向きは失われた技術ということにしてマジックバッグは禁止になった。」


「そうだったのですね。でも、エルフでも知らない事実をルーザァさんはどこでご存知になったのですか?」


「付き合いが長い魔女がいてな、そいつから聞いたんだ。」


 師匠は嫌なことを思い出した様な顔をしている。


 師匠の苦手の人か・・・。

 一体どんな人なのだろうか?


 口うるさい生真面目なタイプだろうか?それとも同族タイプのいい加減な人なのだろうか?

 気になる・・・。


「用は済んだ、さっさと帰るぞ。」


 とそれ以上踏み込ませず歩き出す師匠。

 そんな姿がどこか可笑しくて俺達は顔を見合わせ笑った。


 帰りは馬車とは出会えず徒歩で帰ることになったが行きと同じく時々何かが吠える声が聞こえるだけで別段襲ってくる様子がまるでなく警戒していた分、正直拍子抜けしている。


「行きも思ったんですけど魔物や魔獣が襲ってきませんね。」


 冬也も同じ事を考えていたのか。


「そうですね。今までこんな事は一度もありませんでした。いつもなら頻繁とは言いませんが多少襲ってくるものなのですが・・・。」


「あいつらだって生き物だ。勝てない存在に喧嘩を売るようなことはしない。逆に弱いと判断されれば平然と襲ってくる。それでも中には相手の力量を計れず攻撃してくるやつもいるがな。」


 と師匠はさも当然のように言い放つ。

 ようするに師匠は俺TUEEEと言いたい訳か。


 しかし、納得するところもあった。


 クラッシュベアと対峙する時に師匠はフィエールさんを抱えて木の枝に飛び移った。

 あれは自分が居るとクラッシュベアが襲い掛かって来ないからという配慮だったんだな。


「僕たちが相手を見分ける場合はどうしたら良いんですか?」


「簡単なのは見た目と雰囲気だろうな。例えば継、フィエールを見てどう思う?」


 フィエールさんをじっと見ていると彼女は少し居心地が悪そうに胸に手をやりそっと顔を背ける。

 そんなしぐさでも顔立ちが整っていてスタイルもモデル体型であるため綺麗でどこか優しい雰囲気を漂わせていた。


「綺麗で優しそうな人かな。」


「継さん、そんな風に思ってくれていたんですか・・・。」


 俺の言葉が嬉しかったのかフィエールさんは少し恥ずかしそうにしている。

 あのフィエールさん、そういう反応をされるとこっちもどう反応したら良いか困るのでやめてください。


「口説くな。」 


 ゴン!と師匠の愛刀が頭を叩いた。


「口説いてない!」


「いいから話を続けるぞ。冬也、剣を交える相手として考えたときお前にはどう映る?」


 今度は冬也がフィエールさんをじっと見る。

 俺ももう一度見てみよう。


 優しい雰囲気は変わらないが姿勢や動きやすい服装、剣の位置など考慮して全体的に見ると・・・。


「スキがない・・・。」


「正解だ。見た目は軽装だがよく手入れをされた武器と位置、動きやすい服装、森での生活が長いエルフの特徴である必要以上の周囲への警戒心の高さ。」


 あの師匠がここまで褒めるなんて珍しい。

 もしかしなくてもフィエールさんって相当強いんじゃないか?


「私の父は里一番の剣の使い手と言われていて普段は優しい父なのですが剣など教えるときはとても厳しい人だったんです。」


 自分の父親が里一番の使い手なら強くなるのも自然のことかもしれない。

 それに自分が教えた剣が娘の生死を左右するのならば心を鬼にするのは当然のことだ。


 多分、親心だと思う。

 フィエールさんにとって良き父であり、良き剣の師なのだろう。


「実際戦ってみないと正確な力量は分からないが身なりだけでもこんな風にある程度の力量は計れるって訳だ。」


 その後も話をしながら避難所に戻り、着いた頃には夕日が沈み始め避難所では夜の配給の準備が始まろうとしていた。


 到着して早々師匠は近くの商人に「採取のスキルを持っている商人はいるか?」と尋ねるのだった。


 採取のスキルとは簡単に説明すると目利きだ。

 素材の良い部分を選び取ることに優れたスキルらしい。


 商人は「あぁ、それなら少し待ってな。」と呼びに行き、しばらくすると一人の男の商人がやってきた。


「お待たせしました。私をお呼びになったお客様はこちらのエルフのお嬢さんでしょうか?」


「いや、俺だ。」


「失礼しました。私の名はデルゼーと申します。本日はどのような御用でしょうか?」


 師匠はマジックバッグからクラッシュベアの遺体を取り出し、マジックバッグの存在に驚いているデルゼーに素材になりそうな部位を買い取って欲しいと説明して品質を確認させた。


「毛皮は傷だらけで売り物にはなりませんが爪の状態は良いですね。多少傷がありますが太く硬く艶がありこれは高く売れますね。」


「どれくらいになりますか?」


「そうですねぇ。全部で小金貨1枚と銀貨5枚ですね。状態がもっと良ければ小金貨2枚になったと思います。」


 小金貨1枚は大体1万円ぐらいと同じで銀貨1枚1000円、銅貨1枚100円と続くが異世界の通貨を無理やり地球の通貨に当てはめているので、命がけで素材を手に入れてもたったの1万5千円という価値観の違いが出てしまう。


「ほら、二人とも手を出せ。お前たちが手に入れた金だ。」


 俺と冬也の掌に銀貨7枚と銅貨5枚が置いた。

 これが初めて稼いだ俺のお金なのか、金額にしたらたった7500円だけどそれ以上のずっしりとした重さを感じる。


「なんだかお金の有難みがわかるね。」


「そうだな。まさか初めて稼ぐお金が倒した魔獣の素材からになるとは思いもよらなかったけどな。」


「そうだね。」


 こうして俺と冬也は初めてお金を稼ぎ、俺はデルゼーからいくつかの商品をその場で買った。


 デルゼーの元から離れる際に師匠は「言い値で買いますから、それを売ってください!」とマジックバッグの売買をデルゼーからお願いされたが「却下だ」と断っていた。


 余ったクラッシュベアの肉は自分達の自炊分を確保し、残りは少しでもお腹を満たしてくれればと思い避難所の人達の食事の足しにしてもらうことにした。


 自分の天幕に戻った俺はデルゼーから買った食材で今夜の晩御飯の調理に取り掛かる。

 テーブルにはポトフの他に黒パンと水が並んだ。


 みんなで食事をしながら会話を楽しんでいると話題が先程の商人の話になった。


「さっきのデルゼーとかいう商人、俺達を品定めしていたな。」


「品定めですか?」


「あの商人かなり出来るぞ。取引相手が俺と知るや否や、俺やお前達を一瞬で品定めをしていた。」


 商人らしいと言えば商人らしいがまったく気づかなかった。

 あの流れの中にそんなやり取りがあったのか。


「お前達二人はお眼鏡に叶わなかったみたいだがな。」


「継さん達はまだ子供ですから仕方がない事だと思いますよ。」


「僕たちがお眼鏡に叶わなかったのはしょうがないとして、出来る商人に認められる師匠って何者なんですか?」


 冬也の言葉にフィエールさんが小さく頷く。


「確かに師匠って自分の事を話さないですよね。」


 そう、初めて出会った時から今まで戦い方や魔物などの話は聞いていたが師匠本人の話を聞いたことが一度ものない。

 異世界情緒あふれる服装やフィエールさんを抱えて木に飛び移る跳躍力、そして剣術の腕を見る限り異世界人なのは間違いないはずだけどこの人はどこから来て何者なのだろうか?


「「「・・・」」」


 俺達はただジ~っと師匠に視線と無言の圧力を向けていると「しょうがねぇなぁ、少しだけ昔話をするか。」と静かにスプーンを置き話し始めた。

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