第05話 剣術修行

 師匠は俺達から距離を取りながら質問をしてきた。


「二人ともスキルは持っているか?」


 俺は<渇望の一撃>と<急加速>を、冬也は<頑丈>と<加速>を持っていたので当然「はい」と答える。


「はい、持っています。」


「お前達は修行の間スキル禁止な。」


「え、どうして?」


 突然スキルを禁止されてしまった。

 折角スキルを覚えたのだから剣術の修行中スキルを使用しながら戦う感覚を覚えたいと思っていたのに・・・。


 師匠は質問には答えず、途中面倒くさそうに右手を後頭部に手を回しながら校庭の真ん中に立った。


「質問には後で答えてやる。それにダラダラと長話もなんだしな。」


 左手の竹刀を下ろしたままゆっくり右手の竹刀を肩に担ぎ俺と冬也を見る。


「「つっ・・・。」」


 空気が変わった!?


 凄まじい気迫なのか威圧感なのか分からないが全く本気を出していないはずなのに手足が震えて動けない。

 普段は物怖じしない冬也でさえ師匠の雰囲気に飲まれて冷汗を流している。


「俺は修行だからといって手を抜くつもりはねぇ。もちろん本気は出さないがそれでもお前達の強さに合わせて全力でやるつもりだ。気を抜いていると死ぬぞ?」


 一層空気が張り詰めたことを肌で感じる。

 師匠は普通に話しているだけのはずなのに言葉の1つ1つが体に突き刺さっていくみたいだ。


「くっ。」


 無意識に俺は一歩後退してしまう。

 目の前の存在に恐怖したからだ。


 その様子を見ていたい師匠は標的を俺に決めたようだった。


「来ないのならこっちから行くぞ。」


 言葉が先か師匠が目の前に現れたのが先か分からない程の速さで一気に距離を詰められ、師匠の右手の竹刀が俺の腹を打ち払った。


「ぐわぁっ。」


「継!」


「人の心配をしている場合か?」


 冬也との距離も素早く詰めた師匠の左手の竹刀が冬也を襲う。


「くそ!」


 冬也は寸前の所で竹刀を両手で押さえながら防ぐ。


「ほら、次だ。」


 が、すかさず上段からの二撃目を叩き下ろされ冬也は地面に叩きつけられた。

 腹に受けた一撃の痛みと強者の空気に触れた俺は驚愕した。


 圧倒的。強そうな人とは思っていたけど、ここまで強いのか。


 瞬時に距離を詰め一閃。

 仮に防がれたとしても躊躇なく攻撃を仕掛けてくる。


 一瞬の迷いもなく相手に一撃を打つ。

 これが戦い知っている人間の剣術なのか・・・。


「なんだ?もうお終いか?この程度で伸びているようじゃ旅に出るだけ無駄だぞ。」


 師匠は元居た場所に戻り再び右手の竹刀を肩に担いだ。

 どうやら担ぐのは癖らしい。


「いっつつ・・。まさか、師匠があまりにも強すぎて少しだけ驚いただけです。」


「継の言う通り、僕も少しだけ驚いているだけですよ。」


 俺も冬也も一撃を貰ったところがズキズキと痛むがやせ我慢をして笑って見せる。

 そんな俺達を見て内心「クソガキどもが。」と思っていそうな顔しながらニヤリと師匠は笑う。


 正直、師匠の実力には度肝を抜いたがまだ始まったばかりだ。

 早々に倒れてはいられない。


 打ち払われた場所を押さえながら立ち上がり声を上げる!


「いくぞ!冬也!」


「うん!」


 掛け声とともに同時に走り出し師匠へと向かった。

 その後も修行は続いたが結局、初日は師匠に一撃与えることもできずに終わることになった。


 夕食中、どうしても気になったことを聞いてみることにした。


「師匠、どうして修行中スキルを使ったらダメなんです?」


「スキルを持つ奴に陥りやすい事があるからだ。」


「スキルを持っている人に陥りやすい事ですか?」


「そうだ、スキルは本来の力以上の力を発揮する。それゆえ、スキルを持つ者はスキルに頼りがちな戦い方をするようになる。」


「なるほど。」


 冬也は今ので全てを理解したようだが気になる点もあるので質問してみる。


「でも、スキルは自身の力ですよね?基礎能力を高めればスキルと組み合わせた戦い方もあるんじゃ?」


「もちろん、そういう戦い方をする奴は沢山いる。俺もそうだ。」


 素人の俺から見ても師匠は今でも十分強いと思う。

 その上スキルまで発動されたら普通に勝てる人間など存在しないのでは?

 間違いなく現段階の地球人では師匠に勝てる人はいないと断言できるけど・・・。


 それにしても、やはりスキルを組み合わせて戦う人も居るのか。

 戦いたい訳ではないけど必殺技には少し憧れる。


 小学生の頃、ノートに必殺技の名前を考えたこともあったな。

 あのノートを同級生の女子とかに見られたら死にたくなるけど・・・。


 内心浮かれていると師匠から指摘された。


「だが継、大事な事を見落としているぞ。」


 見落としている?何を見落としているんだ?


 俺は少し考えてみる。


 戦う上では基礎能力とスキル、人によっては魔法も使って戦う人が居る。

 師匠も言っていたけどスキルと組み合わせる人も居るんだよな・・・。


 あ、そうか。

 なんてことはない、簡単な事じゃないか。


 自分のことばかり考えていたけど敵もスキルを使ってくるということか。


「継、気が付いた?」


「あぁ、敵もスキルを使ってくる事。しかも、そのスキルが相手のスキルを無効化するスキルだった場合だ。」


「そうだ、相手のスキルがスキルを無効化出来るものやそれに近い能力だった場合だ。スキルに頼りすぎていると『戦闘経験』『剣術などの技量』『基礎能力』が相手よりも下回っている可能性が高い。仮に戦っても結果は殺されるか良くて体の一部を失って逃げ切れるかのどちらかだろうな。」


 なるほどな。

 昔、ロールプレイングゲームをしていた時に魔法使いが沈黙状態になって雑魚モンスター相手に苦戦した記憶を思い出した。


 逆から言えば、魔法使いでも魔法と基礎能力の両方を鍛えれば最強ということだ。

 想像したらどんなムキムキ魔法使いだよ・・・。


 でも理屈はわかった。


「要はスキルに頼らず基礎をしっかり修行していればスキルがなくてもある程度渡り合えるようになるってことですね?」


「ま、そういうことだ。どんなに強力なスキルも無効化や対策を打たれれば意味がないからな。仮にそういう状況になっても良いように、今のうちに体一つで切り抜ける力をつけさせてやる。だから当分スキルは禁止だ。わかったな?」


「「わかりました。」」


 それにしても、いい加減じゃない真面目な師匠だ。

 これがいつもの師匠?


 まるで別人じゃないか!?

 偽物なんじゃ!?


「今日の師匠は別人ですね。」


 バチーン!

 竹刀で頭を叩かれた。


 間違いない、いつもの師匠だ。


「そういう事は思っていても口に出さない方が良いよ。」


 冬也も何気に酷いことを言っていると思う。


 その後も剣術の修行が続き月日が流れた。

 避難所へ避難してくる人たちも段々と減り、今では行商人やギルドから仕事を受けた冒険者などが出入りしている姿を見ることが増えた。


 ここに居る人たちの生活も自衛隊と異世界の聖都・学武国家・エルフの人々の支援により安定している。

 また、俺や冬也みたいに冒険者やエルフの人達から戦い方を教わり自警団として活動している者もいるらしい。


 自分達の大切な家族や居場所は自分達で守る。

 命を落とす危険性も勿論あるがモンスターに必要以上に怯えて暮らすよりも良い傾向なのかもしれない。


 俺は異界変災から今まで他の所と連絡が取れたのかずっと気になっていた。

 携帯電話やインターネットが使えず避難所にいる人達も実家などに連絡がとれて居なかったからだ。


 ダメもとで直接自衛隊のテントを尋ねて質問してみることにした。


「実はこんな世界になってから毎日ここに居る人達に同じ質問をされているのだけど、空に見えるオーロラや光の壁のせいなのか通信ができないんだ。壁の向こうから来る人達の話だと都心の方では大変な事になっているらしいと聞いているよ。」


 もしかしたら、どこかに連絡が取れるんじゃないかと淡い期待をしていたけど、やっぱりダメか・・・。

 父さん・・・。母さん・・・。今、どこにいるんだ・・・。


 天幕に戻ると冬也が修行の準備を済ませ待っていた。


「継、何かあった?」


「未だどこにも連絡が付かないらしい。」


「そっか・・・。僕も以前聞いてみたけど、まだダメなんだね。」


 いつもそんな素振りは見せなかったけど冬也も気になっていたのか。

 二人の間に短い沈黙が流れる。


「継、今更気にしてもしょうがないよ!今できることをしよう!」


 冬也はまっすぐ俺の目を見ながら『頑張ろう!』と拳を突き出す。


「そうだな。」


 俺も拳を突き出しそれに答えた。


「てやぁ!」


「たぁ!」


 いつもの剣術修行が始まる。

 毎日の積み重ねが実を結んできているのか師匠の攻撃を追えるようになってきている。


 しかし、師匠から見ればまだまだ未熟のようだ。


「冬也、狙いが正確すぎる。魔物相手ではそれでもいいが対人相手だとバレバレだぞ!」


 と指摘され冬也の攻撃が躱される。

 本当に俺達のことを見てくれているんだなぁ。


 ちなみに俺の場合は。

 師匠の三連突きの一撃目と二撃目を凌ぎ切り、三撃目の突きを紙一重で避ける。


「お前は逆に雑だ。すぐ感情的になって雑になっている。ここ一番でカウンターを貰うことになるぞ。こんな風にな!」


 と指摘される。

 師匠の伸びきった突きの懐にすかさず踏み込み左上から打ち込もうとするが、師匠は突き出した竹刀を瞬時に逆手持ちに変え俺の胴を打ち抜いた。


「今だ!」


 背後から冬也が仕掛ける。


「甘い!」


 胴を打たれバランスを崩した俺は師匠に腕を掴まれる。


「ほら、やる。」


 そのまま腕を引っ張られた結果、俺は冬也が振り下ろしている竹刀の目前に出される形となった。


「げっ。」


「あっ!」


 バチーーーーン


「いってぇー――――――――!」


 頭に冬也の一撃をもろに受けてしまった。


「ご、ごめん!大丈夫?」


「結構痛かったが大丈夫だ。」


「真剣じゃなくて良かったな。今頃あの世行きだぞ。」


 これに関しては冬也もわざとじゃないので怒るに怒れない。

 良い勉強になったと考えよう。


「考えて攻撃しないと仲間を傷つけるぞ。それにしても・・・プッ。」


 いつか絶対に一撃入れてやる・・・。


「続きをしよう。」


「え?大丈夫なの?少し休んだ方が良いんじゃない。」


「むしろ、気合が入った。」


 俺と冬也は再び構え師匠へ駆けていく。


 日課の修行が終わり夕食の配給に珍しく一人で並ぶ。

 冬也は家族と食事を取るみたいだ。


 異界変災でも両親共に無事で結界内の自宅で生活している。

 それにしても冬也が旅に出ることを反対しないのだろうか?普通しそうなものだけど・・・。


 家庭の事情にあんまり立ち入らない方が良いだろう。

 一緒に来てくれれば嬉しいが成り行きに任せるしかないか・・・。


 それはそうと今日はコロッケ!と言っても中身はジャガイモではない。

 実際は避難所で商売をしている行商人が並べていたジャガイモに似たイモだ。


 地球のジャガイモより味は甘めで触感がとてもジャガイモに似ている。

 なんちゃってコロッケだが今では貴重な料理である。


 ソースもあれば良かったけど調理の油一つ用意するのも大変だったはずなので贅沢は言えない。

 みんなが飽きないように食事改善に力を入れているんだな。


 冒険者やエルフなど異世界人には、揚げ物はあまり馴染みがないようで初めて食べる人が多かったが絶賛していた。


 世界が落ち着いたら異世界の料理を勉強してみるのも良いかもしれないな。


 趣味になりそうなことを見つけた翌日、師匠が訳の分からないことを言い出した。


「山に旨そうなのがいる気がする。」


 何を言っているんだ、この師匠は・・・。

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