第04話 修行の始まり

 フィエールさんと別れた後、お昼の配給を貰いに天幕へ戻ると冬也が俺を探していた。


「朝から居なかったから心配したよ。」


「ゴメン、ゴメン。散歩をしていたら助けてくれたエルフの人に会って話をしていたんだ。」


「ちゃんとお礼は言えた?」


「あ、あぁ、ちゃんと言えた。」


 本当はしどろもどろだったが恥ずかしいので咄嗟に嘘をついた。

 が、どうも冬也には見透かされているみたいだ。ニコニコと笑っているし。


 冬也には隠し事はできないらしい。


「ところで、師匠を知らないか?朝起きたらすでに居なかったんだ。」


 修行を始めたいのでさすがにお昼には戻って来てほしいところだ。


「ルーザァさんならついさっき戻って来てお昼ご飯を食べていたよ。」


 戻って来ていることにホッとする。

 天幕の中に入るとすでにお昼を済ませたのか飲み物とどこから調達してきたのか分からない団子を片手にくつろいでいる師匠が待っていた。


「二人ともやっと戻ってきたか。昼飯は食ったか?」


「これからです。」


「師匠は何も言わずにどこに行っていたんですか?」


「俺はお前らと違って忙しいんだよ。」


 俺と冬也に余っていた団子を差し出しながらそんなことを言っている。

 どうやら答えたくないようだが師匠は異世界の人間だから地球の旨い食べ物を探していたとかいう理由じゃない無いよな?


 この人ならあり得るかも・・・。


「それよりも、さっさと飯食って修行を始めるぞ。」


 昨日の今日だからさすがの師匠も修行のことは忘れていないみたいだ。

 修行をしてくれるのは有難いが本当にこの人は何をしているのだろうか。


 何はともあれ、俺と冬也はお昼ご飯を済ませることにした。

 配給を受け取る際に最近親しくなったおじさんんが『今日は、お肉入りのカレーだよ。』と言っていたのが気になった。


 カレー自体は凄くおいしかったけど一体何の肉だったんだろうか?


「じゃあ、走ってこい。」


 お昼を済ませた俺達に掛けられた師匠の言葉はそれだった。


「え?」


 俺は一瞬何を言われているのか理解できずに聞き返してしまった。


「だから、走ってこい。まさかと思うがいきなり剣術の練習をするとでも思ったのか?」


 師匠は小馬鹿にしたような表情を浮かべながらかったるそうなポーズをとっている。


「そんなわけないだろ?何事にも体が基本だ。戦うにも体力と最低限の基礎能力が必要になる。まぁ、魔力とか意思の力とか色々あるんだが今必要なのは基礎能力だろう。今のお前達に剣術を教えて旅に出しても3日も持たずに死ぬだけだからな。ちなみに継、お前は1日で死ぬ。」


 師匠は『俺を何だと思っているんだ?そんないい加減な男じゃないぞ』とでも言いたげな表情をしている。


 意外とまともな師匠だ。

 体が壊れるような無茶苦茶な修行でもさせられると思っていたけど、ちゃんと修行してくれるみたいで安心した。


 というか、さらりと個人攻撃するのやめてもらえますか?普通に傷つくんで。


「わかったら、結界内を走ってこい。距離はハーフマラソンぐらいで3時間だ。」


 いきなりハーフマラソン!?

 前言撤回、いきなり無茶苦茶な修行だ。


 隣で冬也が『頑張ろう?』みたいな顔をしてこちらを見てくる。


 いやいやいや、頑張ろうって、俺は帰宅部だったんですけど?

 走り切れる自信が全くないけどやるしかないのか・・・?


「師匠、俺は無理なので10kmぐらいで!」


「行った、行った。」


 無駄な抵抗をしてみるが相手にされず、追い出されるようにランニングに出た。

 ランニングに出ると冬也との差がすぐに出始める。普段、部活をしていない俺と部活で走っている冬也では体力の差が歴然だった。


 冬也のスピードに追い付くことが出来ずに離されていく一方である。


 薄々気づいていたけど、ここまで差があったのか・・・。

 師匠の言う通りこんな体力で旅に出たら魔物に襲われても大したこともできずに間違いなく死ぬだろうな。


 悔しいがこれが今の俺の現実。

 俺は目の前の現実を素直に受け入れることにした。


 又、ランニングが終わったら、筋トレ・ストレッチなどを熟す生活がしばらく続くことになった。


 基礎能力向上の生活を続けていると体にある変化が現れ始める。

 いつものようにランニングをしていると以前にも感じた何かが外れる感覚。


 間違いないきっと新しいスキルを覚えたんだ。

 その感覚はどうやら冬也にも現れたようだ。


「継、何て伝えたら良いのか分からないんだけど、何か押さえつけられていたものが解放された気がするんだ。」


 冬也は初めての感覚に戸惑っているようだ。

 <渇望の一撃>を覚えたときは無我夢中だったから何かが外れた感覚以外は気にならなかったが、よくよく考えたらいきなりスキルを使えるようになったと理解している自分自身の状態も、今までの生活と比較すれば十分異常だよな。


 冬也が戸惑うのも無理もない。


「あぁ、俺も以前感じたことがある。今もそんな感じだ。」


 戸惑っている冬也が安心するように声をかけた。

 俺は目を閉じ体の奥深く魂の中を探るようにそれを感じる。


 <渇望の一撃>


 違うこれじゃない。さらに探る。これか。


「<急加速>というスキルを身に付けたらしい。」


「スキルというものがどういうものなのか分からないけど、どうすればいいんだい?」


 俺は冬也に先ほどしていたように魂の中を探るようにすることを伝えた。

 冬也は目を閉じ自分の中のスキルを確認し始めた。


「なるほど、こうするんだね。<加速>と<頑丈>を覚えたみたいだよ。」


 相変わらず器用だな、すぐに感覚を掴んだみたいだ。

 それにしても一度に二つもスキルを覚えたのか。


 <急加速>とおそらく同系統であろう速度向上系の<加速>とどうみても防御力が上がる感じがする身体能力向上系と思われる<頑丈>という名前。

 俺の<渇望の一撃>はリザードマンを倒したい一心で発動したから冬也がこれから覚えるスキルにも何か意味があるのだろうか・・・。


 とは言え、速度向上系のスキルならランニングに使えばハーフマラソンの距離なんてあっという間だ!


「よし折角だし<急加速>で走り切ってみるか!」


「継!やめた方が!」


 冬也の制止を聞かず<急加速>を発動し続けてランニングを続行。

 5分後。


「はぁ・・・はぁ・・・。吐きそうだ・・・。」


 スキルを使ったらいつも以上の疲労感を感じる、どういうことだ。一歩も動けない・・・。

 急激に体力を奪われて動けなくなってしまった。


 公園のベンチで休んでいるとペットボトルを持ちながら普段と比べて格段に速い速度で冬也が走ってくる。<加速>を発動しているのだろう。


「そうなると思ったよ。はい、お水。」


「ありがとう、冬也。」


「ルーザァさんも言っていたじゃないか。『何事にも体が基本だ。戦うにも体力と最低限の基礎能力が必要になる』って、きっと加速した分の体力を急激に消費したんだと思うよ?」


 なんとなくそんな気はしていたがやはりスキルにも代償を必要とするものが存在しているんだな。

 漫画やゲームのように都合よくいかないという事か。


 もしかしたら、フィエールさんが使用したスキルは代償を必要としないスキルなのかもしれない。

 スキルに振り回されないためにも基礎能力の向上を今まで以上に一層の努力をしなければいけないな。


 その後ハーフマラソンの距離にも慣れた頃、師匠から剣術の修行に入ることを伝えられた。


 いよいよ始まるのか。


 師匠から『いきなり真剣は危ないから代わりを探して来い。』と言われたので、冬也と共に剣道場から竹刀を拝借することにした。

 剣道場に着き閑散としている中で竹刀を4本拝借。


 なぜ4本かというと俺と冬也で1本ずつ、そして師匠が2本使うからだ。

 確か、師匠は刀を一本しか持っていなかったけど二刀流でも戦えるんだな。


 雰囲気からしていかにも強そうなのは分かるけど一体どれほど強いのか。

 今日はその強さの一端が見られると思うと少し楽しみだ。


 俺は少し笑みをこぼし冬也と共に剣道場を後にした。


「準備ができたみたいだな。それじゃあ、ここで始めるか。」


 天幕で待っていた師匠は欠伸をしながらそんなこと言う。


「え?この場所でですか?」


 さすがの冬也も驚いたのか聞き返していた。

 こんな狭い天幕で剣術の修行なんて普通はしない。


 ちなみに剣道場が空いていたので剣術の修行をそこでやったらどうかと提案してみるが『お前は靴を履かずに戦うのか?』と言われてしまった。

 確かにそれもそうだ。旅をしている最中で靴を脱いで戦っている状況の方が珍しい。


実践的なら靴を履いていた方が良いのは当たり前だ。


「二人とも、まぁ待て。」


 と、ニヤニヤしながら勿体ぶる様に師匠は懐から1冊の本を取り出す。

 本の表紙には読めない字と絵本みたいな可愛い絵が描かれていた。


「「本?」」


 冬也と不思議そうに見ていると。


「集合せよ、我らが秘密基地に」


 詠唱のようなものを口にした師匠は持っていた本を真上に軽く放り投げた。

 投げられた本はひとりでに開きだし、まぶしい光を放つ。


 咄嗟に目を閉じた後、瞼越しに光が落ち着いたことを確認し目を開けて見ると、さっきまで天幕の中に居たはずの俺たちは避難所になる前のだだっ広い校庭の真ん中に立っていた。


「「・・・。」」


 俺と冬也はただただ唖然としていた。


「凄いだろ?」


 師匠は俺たちの反応に満足したのか得意げに声をかけてきた。


「どうなっているんだ?」


「さっきまで天幕の中に居たよね?それに避難所に居た人達は何処に行ったんだろう?」


 凄すぎて素直な感想しか出てこなかった。


「放り投げた本はマジックアイテム。魔道具だ。」


「あの本が魔道具?」


「魔道具というと何らかの効果を施された道具の事ですよね?」


「あぁ、その魔道具だ。さっきの本はとある人物が子供の頃に憧れた秘密基地と特殊な結界を参考にして作ったものらしい。」


 なんとなく気持ちがわかる気がする。

 子供の頃はなぜか秘密基地に憧れがあるよな。


 親も知らない俺達だけの場所というのが良いのかもしれない。

 それにしても、本の中に秘密基地を作ってしまうなんて如何にもファンタジーだな。


「僕たちも秘密基地を作ったことがあるよね。」


 冬也が言う通り結と3人でスーパーの段ボールとか貰ってきて近所の林の中に作ったな。

 完成してから1週間ほどで撤去されたけど・・・。


「この魔道具の効果は大きく2つだ。1つ『現実世界の地点を元に異空間を作り出す』こと、2つ『異空間での時の流れは現実世界の倍』であることだ。」


「つまり現実世界の1時間は異空間では2時間ということですよね。」


「それって人より早く歳をとるということか。」


 強くなる為とはいえ一時的でも倍の速度で生きるのはどうなのだろうか・・・。


 冬也に目をやると同じことを考えていたのか困惑した表情が見てとれた。

 俺たちの心中を察したのか師匠から効果の説明が付け加えられた。


「安心しろ。この中で過ごしても歳を取るといった身体的デメリットは生じない。まぁ、あるとしたら・・・。」


 俺を見てニヤリと笑った?


「ここだな。」


 と俺の胸を指した。


 胸?心臓が動く回数は決まっているとかネットで見たことがあるがそういうことなのか?

 でも、身体的デメリットは生じないって言っていたし・・・。


 俺が怪訝な顔をしていると。


「察しの悪い奴だな。心だ、心。この異空間は心の成長つまりは精神の成長は止められないってことだ。」


「継。この中で長く過ごした分だけ精神が成長して最終的には見た目は子供、心は大人といった心身のバランスが取れていない人間ができるんだよ。」


「それはそれで問題なんじゃ?」


「お前は少し子供っぽいから丁度いいだろ。」


 サラッと失礼なことを言われた。

 そんなに子供っぽいだろうか?


 否定してもらおうと冬也に顔を向けるが気まずそうに笑っている。


 くっ、心当たりがあるのか。自分でもいくつか思い当たるから仕方がない。

 あれ?ということは・・・。


「さっき師匠が真っ先に俺を見て笑ったのは普段から子供っぽいって思っていたからということ・・・?」


「あー、気にするな。」


 師匠に軽く流された俺は人知れず大人っぽくなろうと心の中で固く決意することにした。


 ともあれ、あれもこれもダメでは前には進めない。

 師匠は何も言わないがこの魔道具も短い期間で強くなる為に用意してくれた物のはずだ。


 その気持ちに俺達も答えないと・・・。


 こうして、俺たちの剣術修行が始まることになった。

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