第02話 変わり果てた日常と来訪者

 遠い。

 なんでこんなに遠いんだ。


 逃げ惑う生徒や教師の悲鳴と化け物の咆哮が混じった廊下を俺は走る。

 ひたすら廊下を走る。


 一秒でも早く結が待っている教室へ向かうために。


 どうして俺は肝心な時にそばに居ないんだ!

 どうして嫌な予感がした時にすぐに教室に戻らなかったんだ!


 全身に後悔が襲い掛かり、体を重くするが走り続ける。


 教室が見えた!もうすぐだ!今助けに行く!

 だから、無事でいてくれ!


「結!」


 俺は勢いよく身体を起こした。

 ベッドから落ちたブランケットを拾おうと手を伸ばす。


 そこで初めて自分が居る場所が見覚えのない場所だと気づいた。


 ここは、どこだ?


 どこかの天幕のようなところで目を覚ましたらしい。

 まだ体のあちこちが痛い。


 でも、どうやら生きているみたいだ。


 呼吸を整え周囲を軽く見回す。

 ベッドや明かり、テーブルの上にはペットボトルとドラゴンの形をした見たことのない饅頭みたいなお菓子が置いてあった。


 それにしても、どうして俺はこんな所で寝ていたんだ?

 俺は確か担任の頼みで理科室にノートを運んだ後、理科室の窓から空が光ったのを見たんだ。


 それから大きな地震がきて・・・。

 そうだ、光の壁が見えたんだ。


 その次の瞬間、突然悲鳴が聞こえて教室に向かったんだ。

 一つ一つ記憶を辿っていると声をかけられた。


「目が覚めたかい?」


 声がした方向に目を向けると冬也が立っていた。


「無事だったんだな・・・。」


「うん、なんとかね・・・。」


 お互い生きていたことへの嬉しさと安堵の静けさが流れる。


「ここは学校の校庭で今は避難所。継は五日も眠っていたんだよ。」


「五日も?」


「継を見つけたときは死んだように眠っていて心配したよ。」


 思い出したくないのか冬也は目を伏せた。


「すまない。」


「ううん、無事で良かった・・・。」


 そうだ、結!俺も生きているなら結だって!


「冬也!結は!?妹は無事なのか!?どこにいるんだ!?」


 冬也との距離を詰め、服を掴みながら問いただすが冬也はただ黙って立っている。


「なんでだよ?なんで黙っているんだよ・・・。なぁ冬也、結は無事だよな?」


「・・・。」


「なぁ冬也!」


 冬也が悲痛な表情をしながらただ俺の言葉を聞いていた。


「亡くなられたからです。」


 天幕の外から聞きたくなかった最悪の答えが返ってくる。

 エルフだ。


 天幕に入ってきたのは俺を助けてくれたエルフだった。


「貴方が気を失った部屋で生き残っていたのは貴方だけでした。

 他の者は死亡していました。すみません、もう少し早く助けに行ければよかったのですが・・・。」


 エルフは申し訳なさそうに謝罪するが目の前が真っ暗になった俺には届いていなかった。


 冬也に結の墓の場所を教えてもらい見に行くことにした。

 校庭の片隅にエルフの魔法で用意された棺に埋葬された結の墓があった。


 まるで初めからそこにあったかのように・・・。


 俺と冬也はただ黙ってその墓を見ていた。

 結の死。


 教室の時は信じきれない事もあって頭だけしか理解できてなかったが、実際に墓を前にすると段々と心でも理解する。

 いや、理解してしまう。


 もうあの笑顔と声で話しかけてくれないのだと。

 もう隣で笑ってくれないのだと。


 苦しく張り裂けそうになる胸を目を伏せ、歯を食いしばり抑える。

 やがて、雨が降り継は静かに顔を空に向けた。


 その後、俺は。


「結のところへ行くの?」


「あぁ・・・。」


 毎日結の墓の前でただ立ち尽くしていた。

 両親も心配だったが俺には探しに行く力も気力もなかった。


 結の死を受け止めるのが精いっぱいだったのだ。

 冬也はその間にこの世界からやってきたエルフや冒険者に何が起こっているのか聞き、現状を教えてくれた。


 まず、今回の災いの日を異界変災という名前が付けられた事。

 何らかの原因でこの世界は異世界と繋がったということ。


 そして、異界変災が起こる約20年ぐらい前に異世界で女神が人々の前に降臨したこと。


 女神はこう伝えた。


「これから約20年以内に異世界と交わることが起こるでしょう。」と。


 異世界の人々は異界変災に備えるためにテント・食料・武器・結界装置など色々なものを備えた。

 地球の感覚で考えれば気の長い話のような気もするが、エルフなど居る異世界では違うのかもしれない。


 その後、異界変災当日に地球に飛ばされた異世界の人々は周辺のモンスターを排除し、準備した結界装置を起動させ避難所を用意したそうだ。

 避難所のほとんどは各地域の大きな街で正常に避難所として機能していると冒険者が言っていたらしい。


 避難所が魔物に襲われないのもこの結界のおかげだ。

 当然、結界の外に出ればモンスターが徘徊している。


 俺は正直、ご都合主義だなと思った。


 次に、街の外に見える光の壁は、関東地方・中部地方・東北地方の3地方の県境を通る壁と関東地方・中部地方を通る壁が現在確認されている。

 しかも、それぞれの光の壁の先には異世界の国が存在する。


 3地方の県境を通る光の壁の先には学武国家と呼ばれる国があり、関東地方・中部地方を通る光の壁の先には聖都があるそうだ。


 また、理由は分からないがなぜか言葉が通じて驚いたそうだ。

 そのおかげで自衛隊と異世界のギルドで依頼を受けた冒険者などが協力して周囲の警戒や治安維持に努めてくれている。


 今思うと教室に居たリザードマンとエルフの言葉も日本語に聞こえたのは確かに妙な話だ。

 奇怪な事が多々あるものの俺たちは学武国家・聖都・冒険者やエルフなど異世界の人々の支援や協力のおかげで今を過ごせている。


 異世界の人々は東瀬中学校の周辺だけではなく、わかる範囲で関東全域に存在しもしかしたら全国で同じような状況なのかもしれない。


 その他にもエルフは火葬する文化がなく聖なる土地で浄化されて土に還るため、土葬でも病気などが流行らないなど、冬也が教えてくれたが当時の俺の耳には殆ど何も入ってこなかった。

 そんな俺を見兼ねた冬也は色々と身の回りの世話をしてくれた。


 さらに6カ月が過ぎた。

 この6カ月間に自衛隊は現代兵器で魔獣や魔物を撃退していたが無限に湧くことが分かると弾薬の補給ができない現在、防衛に回ざる負えなくなっていた。


 又、不安がありながらも安全だと思える異世界へ冒険者に護衛されながら街から出ていく者、同じ死ぬなら生まれ育った街で死にたいと思う者など様々な人達がいた。


 そんなことも知らず未だに結の墓の前で立ち尽くしている俺の後ろから声が聞こえてきた。


「よう、クソガキ。」


 失礼な物言いをする男は俺に話しかけているようだ。


 だが、俺は振り向かず、答えない。


 男は無視されたことを気にせずに話しかけてくる。


「誰の墓だ?」


「妹。」


 ただ一言俺は答える。


「そうか・・・。」と静かな返事が返ってきた。

 短い沈黙の後、男は聞いてくる。


「知りたくはないか?」


「何を?」


 俺はただ答える。


「なぜこんなことになったのか。」


「今更知っても妹は還ってこない。」


 そうだ、今更知っても・・・。結は!


 胸が少し苦しくなった。

 男は諭すように俺に伝える。


「だが、世界を知ることで受け入れられることもある。」


「・・・。」


 静かな沈黙が続いた。

 やがて。


「あぁ~、もう!その剣やるからお前は世界を見てこい!」


 面倒くさそうに近づいてきて2本の剣を渡された。


 人の気も知らないで、なんだ、この人は?


「強くなれ。」


「強く?」


 顔を上げて目に映ったのは、所々にシワがついた和服と冒険者の服を合わせたような異世界情緒あふれる服装を着崩した男の俺を見る眼だった。


「お前が守りたかったモノを、もう二度大切なものを失わないように。強くなれ。」


「大切なモノ・・・。」


「そして、世界を知れ。お前に理不尽を押し付けた世界で何が起こっているのかをお前自身の目と耳と心で見てこい。」


 こんな世界になって、俺もいつかここで化け物に殺されて終わると思っていた。

 旅に出てこんな世界を見て回ろうなんて思いもしなかった。


 俺は世界を知りたいのだろうか?目を閉じて自問自答する。

 知りたい。


 どうしてこんなことになってしまったのか。

 なぜ結が死ぬことになったのか。


 今何が起こっているのか。

 俺は知りたい。


 渡された剣を握りしめる。


「時間が掛かっても!強くなれば!世界を知れば!いつか!いつか、こんなことになった理由がわかるかな!?」


 俺は叫ぶように男に問いかける。

 男は真面目な顔でただ一言。


「お前次第だ。」


 と答えた。

 俺は渡された剣をじっと見つめる。


「お名前を教えていただけませんか?」


「冬也!?どうしてここに・・・。」


 いつの間にか側にに来ていた冬也が俺から剣を1本取ると男に尋ねた。


「俺の名前はルーザァだ」


「では、改めてルーザァさん、僕たちに戦い方を教えてください。」


 と、冬也がお願いをした。


「僕たちってお前も外の世界を見に行くのか!?」


「継は行くんでしょ?なら僕も行くよ。もう決めたから。」


 真っすぐで迷いのない冬也の瞳の奥には決意が秘めていた。


「冬也、お前・・・。」


 いつになるか分からないが一緒に旅ができる嬉しい気持ちの反面、また迷惑をかけてしまう申し訳なさが心の中で重くのしかかった。

 冬也は今どんな気持ちで返事をしているのだろうか?冬也の心のうちを知る術は今の俺には無い。


 だからこそ。


「ありがとな。」


 素直に感謝の言葉を伝えることにした。


「お礼はいいよ。僕が決めたことだから。」


 冬也の言葉に頷き、俺はルーザァに懇願する。


「俺達に剣を、生き残るための戦い方を教えてください!」


 俺と冬也は深く頭を下げる。


「「・・・」」


 短い沈黙の時間が過ぎ俺と冬也の姿を見ていたルーザァは露骨に面倒くさそうな顔をしながら。


「えぇ~。・・・しょうがねぇなぁ、二人とも面倒みてやる。」と答えた。


 いろんなものが台無しだったが久しぶりに少し笑った気がする。

 最後にルーザァは俺達にこう言った。


「今から俺の事を『師匠』と呼べ。」と。

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