ワールド・オブ・エンド~異世界移動~

晴信

01章 旅立ち編

第01話 日常の終わり

 浮遊感を感じる。

 どこかに流されているような浮遊感。


 流されている?でも、どこに流されているのだろうか。

 瞼を開いて状況を確かめるがそこにはただ暗い闇が広がっていた。


「おーい!誰か居ないのか!誰か居たら返事をしてくれ!ここは何処なんだ!」


 叫んでみるが声は闇の彼方に消えていった。

 周囲に人の気配を感じなければ、声も音も聞こえない。


 徐に手を伸ばして周りを掻き分けたりしてみるが空を切るばかりで何も感じない。

 周囲には見た通り何もないらしい。


 ただ暗い闇の中だけど不思議と不安感はなかった。

 それどころか安心感さえ感じる。本当に不思議な場所。


 なぜこんな所にいるのだろうか?


 何か大切なことを忘れている気がする。

 いったい何を忘れているんだろうか。


 考え続けても答えは出なかった。


(も・・・・・・・・い)


 声が聞こえる。若い女の人の声が微かにだけど聞こえる。


「誰かいるのか!どこにいるんだ!?返事をしてくれ!」


 いったい何処から声が聞こえるんだ?

 叫びながら周囲を見渡すが声の主の姿を見つけることはできない。


(あ・・を・・・・・い)


 この声、どこかで聞いたことがあるような気がする。

 懐かしいような、聞き慣れているような声。


 でも、どこでだろう・・・。


 何かを伝えようとしているか?それとも、呼び掛けているのか? 

 何て言っているんだ?上手く聞き取れない。


(・・・・れ・・・・・ない)


 聞こえてくる女の人の声もまた俺と同様に闇の彼方に消えていく。


「君は誰なんだ?」


 次の瞬間白い光に襲われた。


 ◇


「・・・さん、・・・きて」


 誰かの声がする。


「君は誰なんだ?」


「兄さん、継(けい)兄さん、起きて。はぁ・・・、また寝ぼけてる・・・。しょうがない。」


 妹は何かを思いついたのか意気揚々と俺の部屋から出て1階に下りて行ったらしい。

 しばらくして無理やり起されることになった。


 カン!カン!カン!カン!カン!カン!

 フライパンとお玉がぶつかり合う音が部屋中に響く。


「ほら起きて起きて!朝だよ!結(ゆい)のモーニングコールですよ!」


 フライパンから奏でられる強烈な音に俺はあっさり降参してたたき起こされた。

 大きな水色のリボンが特徴の学生服を着た結はフライパンを片手に満足げな顔をしながら「起きた?」みたいな顔をしてこちらを見ている。


 というか、フライパンって・・・。

 確かに一度はやってみたいと思うけど、お願いだからもっと普通に起こしてください。


 妹の結(ゆい)。一言でいえば天真爛漫、良くも悪くも自分に素直で心のままに行動する。

 兄である俺から見ても男女問わずにわりと人から好かれていると思う。


 つい最近も「告白されたけど断っちゃった。」とか言っていたし。

 内心でそんな事を考えつつ気になったことを聞いてみた。


「結、なんでフライパンなんだ?」


「やってみたかった!」


 結は満面な笑みで簡潔に答えた。

 やっぱり、やってみたかったのか。


「早く1階に下りてきてね。」


 結が1階に下り、自分の部屋の中でさっき見ていた夢を一人思い出してみる。

 長い夢を見ていた気がする。そう長い夢を。


 あの夢は何だったのだろう、初めて見る夢だった。

 だけど鮮明に覚えている。


 暗い空間に一人浮んでいた。

 そして、この胸にぽっかり空いた何か大切な事を忘れている虚無感。


 思い出そうとすればする程に遠ざかる気持ち悪い感じは何なんだよ。

 変に記憶が鮮明に残っている分、言いようのない感覚に俺は襲われていた。


 それに若い女の人の声が聞こえた。

 不思議だった。


 知らないはずなのにどこで聞いたことがあるような・・・。

 懐かしいような、聞き慣れているような声。


 もしかしたらどこかで聞いたことがあるのかもしれない。

 でも一体何処でだろう。


 いくら記憶を探ってみても思い当たる人物には辿り着かず時間だけが過ぎる。


「いい加減学校の準備をするか。」


 夢の事は一旦忘れ登校の準備を済ませて1階に下りるとテレビから関ヶ原近郊で解読不可能な文字が書かれた遺跡が見つかったニュース。

 そして、世界のスーパーコンピューターをAI管理の元でプレイできるオンラインゲームのニュースが流れていた。


「早く座って!座って!」


 結は朝食が並んだテーブルで手招きをしている。

 テーブルの上にはチーズを乗せて焼いたトースト、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダが置かれていた。


 うちの家は両親が朝早いので毎日結と交代で朝ご飯を用意している。

 そのおかげで俺も結も無駄に料理の腕が上がってしまっている。


 もっとも帰って来る時間も遅いので夕食は俺が用意しているんだけど。


「今、席に着くよ。」


 俺はキッチンに置いてあるコーヒーポットを手に取り結の正面の席に着いた。


「「いただきます。」」


 朝食を摂っていると結がさっき流れていたニュースの話を始めた。


「解読不可能な文字が書かれた遺跡だって兄さんはどう思う?」


「遺跡ねぇ~。」


 結はファンタジー系が好きだったな。

 結の部屋の本棚には異世界転生や異世界転移の小説や映画で大ヒットした魔法使いの原作本が並んでいる。

 また、部屋の隅にはペガサスの縫いぐるみとタロットカードが置いてあってお気に入りらしい。


 タロットカードといえば以前結に占ってもらったが『未来は良くないみたいだね。』と言われて嫌な気持ちになったことがあったな。


「それよりも世界のスパコンを繋いだAI管理の元でプレイできるオンラインゲームの方が気になったけどな。」

「えぇ~、兄さんは夢がないなぁ。」


 失礼だな、世界のスパコンを繋いだゲームなんてどんなものができるか想像しただけでもワクワクするだろ。


 特に男子は!


 別にファンタジー系が嫌いなわけではない。

 ファンタジーには夢があるので寧ろ好きな方だ。


 透明なマント、空飛ぶ箒、ドラゴンなど興味が惹かれる物が多い。

 食器など魔法で洗ってくれたら助かる。


 結さん、忘れないでほしい。

 男はロマンも求める生き物だという事を。


「そういえば、お母さんが帰ってきたら『私たちに大切な話がある。』って言ってたよ。なんだろう?」


「大切な話?なんだろう。引っ越しかな?」


「引っ越しだったら困るなぁ。友達と離れ離れになっちゃう。」


「そうだな。冬也にも会えなくなるな。」


 確かに引っ越しだと親友の冬也(とうや)と会えなくなるのは正直嫌だな。

 昔からの幼馴染で、いつも3人で遊んでいたから引っ越した後が想像できない。


 それに以前、母さん達はどこかの研究所で働いているとか言っていたけど、もしかしたらその関係だろうか?


 俺達の両親はいわゆる研究員というやつだ。


 どこで働いているのか何を研究しているのか質問しても『二人には関係のない事』と一点張りされたことがある。

 関係者以外に口外してはならないのは分かるけど、緊急時のことを考えてどこで働いているかぐらいは教えてほしい。


 しばらく大切な話の内容を考えるが答えは出そうにない。

 気持ちを切り替えよう。


「じゃあ、先に家の前で待っているからな。」


 食事を終えた俺は結に一言伝えて玄関を出ると後ろから「兄さん、ちょっと待ってよ。」と聞こえてきたがちゃんと待っているから安心してほしい。


 変わらない日常、変わらない景色、いつもの日常だった。

 その時までは・・・。


 突然目の前に一人の女の人が現れた。

 高校生ぐらいだろうか?銀髪のショートヘアに透き通った綺麗な目、まるで見たもの全てを見透かすようなそんな目をしていた。


 何よりも一番気になったのは、鳥や車が周りの景色が止まっている。

 いつもなら聞こえてく車の音も近所の話し声も聞こえず、俺だけが静寂の中に捕り込まれた。


「これは・・・?時間が止まっている?」


 俺は自分の両手がちゃんと動くのか確認するために何度も手を握っては広げる。

 この異常事態の中で動けるのはどうやら俺と目の前の彼女だけみたいだ。


 理解を超えた状況に追い付こうと質問をしてみる。


「これはあなたがやっているのか?」


 目の前の彼女は質問には答えず。


「気を付けて。」


 と、彼女はそう語りかけてくる。


「気を付けて。」彼女はそう言った。


「何に気を付ければいいんだ?」


 彼女は答えなかった。


「これから先、何があってもあなたはあなたの心が想うままに進んで。」


「心が想うままに?」


 彼女は静かに頷く


「そうすれば、きっとたどり着ける。」


「たどり着くってどこに?。」


 彼女に聞き返そうとしたが不意に背後から。


「兄さん。何をしているの?大丈夫?」


「え?」


 結は怪訝な顔をしながら俺の顔を見ている。さっきまで止まっていた鳥や車が動きだしていた。

 元に戻った?さっきの女の人は一体なんだったんだ?


 とりあえず、確認の為に結に尋ねてみる。


「今、そこに銀色の髪をした人が居なかったか?」


「え?居なかったけど、何を言っているの?本当に大丈夫?」


 どうやら目撃したのは俺だけだったらしい。


『気を付けて。』何のことを言っているのだろう。

 さっぱり、わからない。


 心配そうにしている結に俺はとりあえず声をかけた。


「あぁ、大丈夫だ。そろそろ行くか。」


「うん!」


 他愛無い話をしながら通学路を歩いていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。


「おはよう!いつも二人は、仲がいいね。」


 嫌味なんて全く含まれていない笑顔で親友の冬也が話しかけてきた。


 相変わらずいい笑顔だ。

 俺が女だったら恋に落ちていただろう。


 実際、冬也はモテる。

 人当たりは良く学年順位は上位、運動神経も人並み以上なのだから女子の人気は高い。


 ここまで完璧だと嫉妬を通り越して世の中にこんな奴がいるんだなぁと逆に関心をしてしまう。

 ちなみに俺は運動神経が人並み以上ぐらいで後は普通だ。


 とにかく、俺と結と冬也は同じクラスでよく3人で登校している。


「おはよう。冬也。」


「おはよう、冬也くん。いつも仲良いよ!」


 あの結さん、無邪気に外でそういうことを言うのは止めてください。

 恥ずかしいので。


 俺は明後日の方向を向きながら、「この前、兄さんがね。」などと話している結とそれを聞いている冬也の会話をしばらく聞き流していた。


 冬也は俺の心境を察したのか、朝のニュースを話題に出した。


「朝のニュースでやっていたけど、関ヶ原近郊で解読不可能な文字が書かれた遺跡が見つかったらしいね。」


「意外だな。冬也って、古代文明やファンタジーに興味があったのか?」


「僕の場合は、興味というよりもゲームに出てくるエルフやドワーフが居たら会って見たいという希望かな?」


「エルフとドワーフか。」


 エルフとドワーフ。ゲームでは定番中の定番だよなぁ。


 ドワーフだとやっぱりオッサンみたいな顔で身長が低く大きな斧を持っている感じになるのだろうか?

 エルフはやっぱり金髪?緑の服を着て森の妖精のような姿なのかな?


 そう考えると一目でいいから会ってみたいな。


「兄さん?顔が緩んでるよ?」


「何を仰っているんですか、結さん。緩んでないですよ?」


「僕も緩んでいると思うよ?」


 怒っている。

 笑顔だけど結の目がすごく怒っている!いつの間にか顔が緩んでいたらしい。


 きっと今の俺の顔は間抜けな顔しているだろう。

 気をつけよう・・・。


 その後も「もうすぐ受験前の中学二年の夏だけど、どこかに行きたいね?」など3人で話しながら東京都第11学区東瀬中学校に着いたのであった。


 教室に入ると窓際の隅でまるで文学少女のように静かに本を読んでいる諸塚(もろつか)さん。

 廊下側の真ん中の席で他のクラスの人と話しているあまりいい噂を聞かない清武(きよたけ)。


 他にもあちらこちらで友達同士と話し込んでいた。

 結も冬也もクラスメイトと話しているみたいだ。


 みんな仲がいいんだな。


 席に着き外を眺めていると結に話しかけられた。


「ねぇ、兄さん今日午前授業でしょ?一緒に帰ろうよ。」


「良いけど、友達はいいのか?」


「みんな用事があるんだって、冬也くんも部活だってさ。」


 少しつまらなさそうに肩を落とした。

 みんな用事があるのだから仕方ない。


 俺は放課後特に用事がないので返事は決まっている。


「一緒に帰るか。」


「うん、約束だからね。」


 そういうと結は自分の席に戻っていった。

 しばらくして、担任の古賀(こが)先生が「はい、みんな席について」と言いながら教室に入ってきた。


 授業中に弱い地震があったが他に何もなくあっという間に放課後まで過ぎていった。


「起立。礼、さようなら」


「「「さようなら」」」


「じゃあ、継、結、僕は部活に行くね。」


「あぁ、頑張れよ。」


「怪我しないように気を付けてね。」


「俺たちも帰るか。」


 各々帰り始め、俺たちも帰ろうと席を立とうとした次のタイミングで不意に古賀先生から呼び止められた。


「霧島くん、悪いのだけど職員室にあるノートを理科室に運んでくれないかな?明日1時間目から使うんだよね。」


「わかりました。悪い結、先に帰っていても良いぞ。」


「ううん、待ってる。ノートだけでしょ?すぐ終わるだろうし。」


「じゃあ、さっさと終わらせるか。」


 正直に言うと理科室は教室から一番遠いので面倒くさい。

 しかも、担任の頼み事は断りづらいときた。結も待っているし、さっさと終わらせるか。


 職員室でノート回収し理科室へ向かう。

 途中、空が一瞬だけ光ったのが見えた。


 雷かな?今日は良い天気だとテレビでも流れていたから傘を用意していない。

 天気が悪くなるなら急いで帰らないと。


「このへんでいいかな。」


 ノートを理科室の教壇の真ん中に置いたところでさっき光った空が気になった。

 晴れている。雲が一つもない。


 前にネットで晴れていても雷が落ちることがあると書いてあったがそれだろうか?


 しかし、また一瞬光った。

 まただ、やっぱり光っている。


 窓に近づき空を見上げるとオーロラが出ていた。

 オーロラ?東京の昼間にオーロラが見える?


 ふと、結が気になり教室に目を向けると結も空を見上げていた。

 何かとてつもなく嫌な予感がした。


 そして、それは的中してしまう。


 地震だ。

 大きな地震の直後、街の遥か先に光の壁が天まで伸びていくのが見えた。


「光の壁・・・。」


 あまりの非現実的な光景に口から言葉が出てしまった。

 だが、それだけじゃない。


 街の一部が見たこともない草木や建物に侵食されていく。

 見慣れた景色が変わっていく。


 なんだ、これ。どうなっているんだ・・・。


 頭の中で必死に理解しようとしても理解できない。

 混乱と焦りと不安で入り混じった意識を突然の悲鳴が現実に引き戻した。


「きゃあああああああああああああああ!」


「なんだこいつ、来るな!」


「にげろぉぉぉぉぉ!」


 校庭で漫画やアニメで見たような獣型の化け物(モンスター)から悲鳴を上げ逃げ回る生徒たち。

 他にも見たことのないような化け物が街の彼方此方に見えた。


 何の冗談だよ。

 激しい吐き気がしたがグッと堪えた。


 悲鳴は校庭だけではなく、最悪なことに校内からも化け物(モンスター)の雄たけびととも聞こえてきた。


 結!


 俺は理科室を飛び出し全速力で結が待つ教室へ走る。


 化け物が暴れたせいなのかガラスが割れ、壁には傷や血が付いていた。

 逃げ惑う教師や生徒とぶつかり、転びそうになりながら、ひたすら走る。


 結!無事でいてくれ!

 大丈夫だ!きっと間に合う!


 不安で押しつぶされそうな期待を胸にただ走る。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおあ」


「くそ!あぶねぇ!邪魔だぁ!」


 唸り声とともに襲い掛かってくる化け物を間一髪で避け、別のクラスで暴れている化け物の姿を目に焼き付けながら自分のクラスへとたどり着く。


「結!大丈夫か!!」


「・・・・・・・・・。」


「・・・結?」


 俺の目に映ったものは、俺が入ってきた入り口を背に血の付いた剣と大きな翼を持つリザードマンらしき背中と、恐怖のあまり涙を流しながら立てなくなってしまった清武。


 そして、リザードマンと清武のすぐそばでうつ伏せのまま血を流し倒れている妹の姿だった。


「ベツノニンゲン。」


 俺を見てリザードマンは少し目を見開いた。


 こいつ、しゃべるのか。


 自分の鼓動が速くなるのを感じていた。


 それよりも、そばにいる結だ!


 自分に襲い掛かってくるかもしれいが構わず叫ぶ。


「おい!結!大丈夫か!返事してくれ!」


「・・・。」


「おい!清武!結は生きているのか!どうなんだ!答えろ!聞こえているのか!」


 しかし、清武はリザードマンを前に恐怖で声を上げられないようだった。


 ちくしょう!結が目の前に居るのに!

 使えるものは!


 引き裂かれたカーテン、乱れた机、倒れている化け物、飛び散った窓のガラス、倒れている椅子。


 これだ!


「結から離れろぉぉぉぉぉぉ!」


 俺は近くで倒れていた椅子を両手で掴みリザードマンに殴りかかる。

 が、リザードマンの剣に受け止められてしまう。


 嘘だろ?


 鈍い金属音が鳴りながら、鉄パイプ部分の椅子の足が切れた。


「うわあああああぁあ、助けくれえぇぇ!」


 と、叫びながら清武はスキを見て逃げ出した。

 その声に気を取られ、目の前まで来ていたリザードマンの鞭ようにしなる尻尾の反撃をまともに受けた。


 ぐっ、まずい。


 そのまま吹き飛ばされ、ドーンという音と共に壁に激突し床に叩きつけられる。


「うぐ、がはっ、はぁ」


 呼吸が上手くできない・・・。

 体も全身が悲鳴を上げている。


 血?手に血が垂れた。頭から血が流れているのか。


 リザードマンがゆっくり近づいてくる。


 俺はこのまま、ここで死ぬ。

 俺はこのまま、ここで死ぬのか?


 目の前に結が居るのに何も出来ずに死ぬのか?


 血が足りないのか視界が霞む。


 このまま死ぬ、このまま死ぬ?

 誰が?俺が?何も出来ずに?


 結の敵(かたき)も取れずに死ぬのか?


 死ねない.・・・。

 まだ、死ねない。


 ゆっくりと体を起こす。


 俺は! まだ! 死ねない!!


 目の前に転がっているリザードマンの剣で切られたとがった椅子の足を手にとる。


 敵を!結の敵を取るまでは!

 俺はまだ!


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 雄たけびにも似た声を上げながらリザードマンに走り出す。


 ありったけの一撃を!

 ここで敵を取れるなら全てを使い切ってもいい!


 リザードマンが構えた。

 が、構わない!


 刺し違えてでも一撃を!

 あいつに一撃を!


「くらええぇぇぇぇぇぇ!」


 俺の中で何かが外れる音がした。


 <<渇望の一撃>>


 握りしめていた椅子の足が強く光り出しリザードマンへ突きを解き放つ。

 放たれた光の中でリザードマンの胸を狙った一撃はリザードマンの反撃よりも速く届き一閃を描いて刺さった。


「グオオオオオ!」


 咆哮にも聞こえる悲鳴を上げながらリザードマンは大きくよろめき後退った。


 これでもダメなのか。

 もう体が動かない。


 俺はその場に倒れ、再びゆっくりと手を伸ばしながら近づいてくるリザードマンを見ていることしかできなかった。


 体に力が入らない。

 ここまでなのか。


 すまない、結。


 意識が朦朧とする中でリザードマンの鋭い爪が俺を捕らえるその時だった。


「はあぁぁぁ!」


 思いがけない介入者が勇ましい声とともに俺の前に飛び込んでくる。

 金色の髪、緑の服、まるで今朝想像していたようなエルフが背中に弓を携え、剣を構えてリザードマンに立ち塞がったのだ。


「こんなところにリザードマンが!?」


「エルフ。」


 何やら驚いているエルフと獲物を捕らえるようなリザードマンが対峙する。

 リザードマンはエルフに対して敵意を剥き出しに大きく振りかぶり襲い掛かった。


 エルフは最小限の動きで右へ左と狭い教室で攻撃を避け、次の瞬間。


「たぁ!」


 例えるならば二撃必殺。

 短い掛け声で素早く体を2回切り払いリザードマンを倒した。


 助かったのか・・・?

 結、今そっちに行くからな・・・。


 ・・・。


 その姿を見た俺は、助かったことへの安堵と結のことを思いながら意識が落ちていった。

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