終戦へ
風のアートナが悪魔へと突進していく。
「こざかしい」
腕を一振りすると暗黒の槍が悪魔の手に出現していた。突き出された槍がアートナの体を通り過ぎる。アートナに放たれた暗闇の玉も直に消滅していた。
生ける者ゾアの一体である風のアートナが、悪魔の体を食い破る。風の牙は容易く悪魔の皮膚を貫通した。実体がない故に悪魔の攻撃をも無効にし、悪魔は体の半身を失った。
「契約者さえ生きていれば、この程度の傷など……」
悪魔の羽が消えていく。力尽き、息絶えた悪魔はまるでピクシーの変化のように人間の死体へと変わっていた。残された遺体は既に悪魔の面影を残していない。契約の元、顕現していたのが悪魔だったとしたら、契約者がいなくなった時点で本来はうつつに存在出来なかったに違いない。だからこそ最後に姿を現したのかもしれない。
薄れゆく意識の中でそうラティナは思った。
「陛下っ!」
その声でラティナは目を覚ました。羽だけが無くなっている。体中が痛かった。
「あたし、生きてる?」
リーンもラーサも気を失っている様で部屋の中で倒れていた。兵士達が悪魔だった遺体を見て動揺していた。
固まりつつある血を捧げてラティナが歌う。
「なにようだ?」
アートナが珍しく眠そうに応えた。
「あたしの存在その物を食べるって言ってたよね」
「血の一滴で満足出来る我がお前を全て食せる訳がなかろう。羽は美味しく頂いたが」
「それじゃあ」
「ああ我はそれでいい」
よろよろと立ち上がったリーンがラティナの元へとやってくる。
「なんの話?」
目尻を吊り上げてリーンがラティナへと迫った。ラティナが後ずさる。
「怖いよ、リーン」
リーンが怒っている。怒りながら目の端に涙が浮かんでいた。
「ラティナ。また自分だけなら死んでもいい、とか考えてないよね?」
「うっ」
言葉を詰まらせたラティナは、リーンに両の拳で交互に胸をはたかれた。殴られた訳でもないのに痛みが心に響く。手を止めてリーンが両手をラティナの胸にあてた。
「お願い。もう二度と自分を犠牲にしようなんて考えないで」
足音がする。皇子が部屋へと駆けてきた音だった。
「父上……」
遺体を前に皇子が言葉を飲み込んだ。部屋の惨状を見て、ラティナ達を見ながら、何が起こったのか整理しているようだった。
「ラティナ。後で起こったことを教えてくれ」
兵士に皇帝の遺体を運ばせ、皇子が続く兵士や将軍に指示を出していく。皇子に頷き、リーンへとラティナは顔を戻した。
「うん、ごめん」
ラティナはリーンの目を見て頭を下げた。
「絶対よ」
抱きしめられてラティナはリーンとの絆を再確認していた。リーンに死んでほしくないのと同様に、自分が死ぬことはリーンにとってどう言うことなのかやっとラティナは理解したのだった。
あれから二日が経った。ラーサの傷は白魔導士の魔法で癒えている。
ラティナの羽は白魔法を受けたこともあってやっと再生した。
皇帝の遺体は死後一月は経っていたらしい。新しい宿主を得る為に皇子が狙われていたのだろう。
皇子達も忙しそうに各国との和平へ向けて動き出していた。
戦争が終わる。その数日前のことだった。
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