宰相


 日が沈んでいく、式場から会場へ。食事と飲み物のある夕食会が始まる。そして姫が一旦皆の前から姿を消した。


 幕がかかった控室にラーサが佇む。リーンの掌がラーサに触れるとラーサは姫そっくりの姿へ変化した。


「お願いします」


「任せておけ。いや、任せておいてください」


 言い直したラーサが姫の代わりに会場へと戻っていった。姫とまったく同じ姿に誰も疑念を抱かない。


 姫はドレスを着替えて見つからないように自室へと。ラティナがその手に夕食を持って姫を追いかける。


「マール」


 なんだか顔を赤らめた姫と共に入った部屋のドアをラティナが閉めた。


「ほっとしました」


「うん」


「皇子もですが、良さそうな方々ばかり。ほんとうにあの帝国の人々なのでしょうか?」


 ラティナが頷くも少しだけ考える。


「今夜分かると思う」


「それは何かが起こると言うことでしょうか?」


「うん、多分」


 当の皇子からの言葉だから、きっと何かが起こるのだろう。姫の部屋でラティナとマールはひっそりとした中でただ時間をつぶしていた。




 


 リーン視点。


 宴が終わる。姫、いやラーサと皇子が寝室へ向かって歩き出していた。リーンが飛びながらその後を追いかける。


 部屋の中へ消える二人の後へ続いてリーンが扉を抜ける。そして上空から二人を見守った。予定通りラーサが少しドアを開けたままにしておくことは忘れていなかったようだ。


「皇子?」


 ラーサが部屋の中央で立ち止まった皇子を振り返る。


「あ、ああ、ああああぁ」


 苦しむように頭を抱えて皇子が声をあげた。赤く部屋が輝く。


 身構えるラーサに掴みかかる皇子。風を体に纏わせてラーサが紙一重で避けて行く。だが、今の姫は変化したラーサだ。ジンの力で皇子を圧し、ラーサが逃げ惑う。ラーサからそっと目を逸らしたリーンは視線を感じて振り返った。


「魔力を感じる」


 そっとその場を抜け出しリーンが魔力の糸を辿っていく。





 羽をはばたかせてリーンが飛ぶ。魔力の糸は廊下を抜けて宰相の部屋へ。開いている窓からリーンは忍び込んだ。


 饗宴を水晶で眺めている宰相がそこには居た。上空からリーンが彼を監視する。


「覗きとは感心しませんね」


 宰相が呟いた。


 闇の波動が彼からまき散らされる。リーンはすぐさまウインドドラゴンへと変化した。城の一部が壊れて潰れる。地響きの様な音に誰かが気づくのも時間の問題だった。


「何が目的?」


 リーンの質問を流し、宰相が立ち上がり、リーンへと駆ける。


 超音波のブレスを吐き出して、リーンが変化を解いて上空へと逃げた。ブレスは彼の背後の壁を砕く。リーンが一瞬前まで居た空間に宰相が拳を振り抜いて立っていた。


 ぞくっ! っとリーンの背筋が寒くなった。


「この男はいけない。ラティナ達に知らせないと」


 リーンはシルフと契約する身だった。だからラティナやラーサよりずっと飛ぶ速度が遅い。


 逃げきれないと悟ったリーンはもう一度ウインドドラゴンへと変化して次の一撃に備えた。


 男が拳を握る。動き出す瞬間さえ見せずに、リーンの眼前に現れた。


 ゴウンッ。ウインドドラゴンの額に宰相の拳がめり込む。


 男の拳一撃でリーンの意識は飛んだ。


「皇子に悪魔を取り付かせて思う様に操る計画の邪魔をしおって」


 姫はその生贄だったのだろう。リーンの思考が消える前に聞こえた言葉だった。






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