帝国の人々
「契約?」
「ちょっと待ってください。この二人は私の従者です。何を勝手なことをおっしゃっているのですか?」
姫が役人を押しのける。
「マーガレット姫。あなたはこの帝国の人間になられるお方です。ならば帝国のしきたりに従ってもらうのが妥当ではありませんか?」
男の言葉に姫は何も言えなかった。自身が人質としてこの場に居ることを思い出したのかもしれない。
「契約って何をすればいいの?」
ラティナが男の前に立って姫を後ろにかばった。
「簡単な制約だ。魔法のかかった羊皮紙に帝国内だけの不殺の契約をしてもらおう。帝国内で殺しをさせないまじない。契約だ」
「分かった」
ラーサが頷いた。ラティナもなんだそんなことかと直に頷く。リーンはことの成り行きを見守っていた。最悪一人でも情報収集しようと思っていたかもしれない。
「この二人を詰所へ。ジェラールは姫と従者をご案内しろ。魔法中隊はそのまま待機。役人達はジェラールに続け」
「はっ」
男の後ろで待機していた魔法中隊が、姿勢を崩さずに何時でも魔法を詠唱出来る準備をしていた。その数七十人。ラティナ達二人を評価してのことだったに違いない。
「では姫、我々はここまでです」
レディウスが男から王への手紙を受け取った後、姫に頭を下げた。
「ありがとう、レディウス」
姫とリーンが連れられて行く。レディウス達は姫を見送った後、反転して自らの町へと帰っていった。
門の横に詰所はあった。用意された羊皮紙にラティナとラーサが親指を軽く切って契約を済ませる。内容は人型限定で、帝国内での殺生を禁ずる魔法が込められていた。ラティナ達の血を吸った羊皮紙が輝く。男は頷いて従者に姫の部屋まで案内するように命じて去っていった。
帝国の城はマールの故郷の城よりも大きく、従者が居なければ迷いそうなくらい広かった。
「ここです」
従者が去っていく。部屋をノックして中へ。そしてラティナ達は再会した。
「よかった。何事もなくて」
マールが安堵したように呟いた。
「皇帝ってどんな感じだった?」
素朴な疑問をラティナが投げ掛ける。
「分かりません。まだ会ってないの。そう言えば変ですね」
リーンも首を横に振る。
翌朝からさっそくラティナ達は聞き込みを開始した。町逝く人々の言葉を拾っては取捨選択していく。
「ああ、早く戦争が終わればいいのに」
「戦ばかりで嫌になる。宰相は何を考えているんだ?」
「ミルクの出が悪くなったの。戦争、早く終わらないかしら」
耳にするのはどれも戦争を忌避する声ばかり。その中で一つだけ姫に関することが聞こえた。
「そう言えば皇子様の結婚式が近いわね。お相手は隣国の姫らしい」
姫はこのことを知っているんだろうか?
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