闇の中で
ラティナの体の廻りで風が渦をまく。アザゼルからラティナへと膨大な風が押し寄せた。風に混ざって何かがラティナの頭の中に、体の中へと入り込む。
「うあぁぁあああぁっ!」
瘴気がラティナを包み込む。ラティナの絶叫が響き渡る。アートナが廻りから全ての瘴気を吸い上げていた。
――ラティナちゃーん。きゃはははは。リーンまで同行させて何様のつもり。生まれてこなければ良かったのに――
「やめて! お願い」
頭を抱えてラティナは空中でのたうち回った。ラティナの脳内にいじめの記憶が蘇る。目から雫が落ちていく。同時に頭の中へ声が生み出された。
――殺せ、お前をいじめる者を殺せ。
(殺そう。ねえ、殺そうよ)
暗闇に閉ざされた視界の中、声がする。頭の中に。囁くように。複数の声で。ラティナの中に小さな憎しみが生まれる。
「嫌だ。嫌」
お前の前に立ちはだかる者を殺せ。
(邪魔な奴はみーんな殺そ。あたしを馬鹿にしてきた奴も)
自身の闇を実感して背中に冷たい汗が流れた。
「リーン、助けて……」
お前を利用する者を殺せ。
(あたしは利用されるだけなんて嫌。誰からも自由でいたい)
あたしを利用する者……。言葉は心に潜り込みラティナを誘惑する。
殺せ。お前に向かってくる者達全て。
(だから殺そ。あいつもあいつらも)
「嫌、嫌ああぁ」
必死にラティナが抵抗する。しかし、次第に思考が闇へと傾いていった。
お前を必要としている者なんていない。お前を大切に思う者なんていない。
「リーン。リーンっ!」
一人だけいる。そう思った瞬間、闇の中に浮かび上がったリーンがダガーを胸に受けて倒れ伏した。血を吐き出し、ラティナに手を伸ばして息絶える。
「リーンっ!」
再び視界が暗転する。リーンの姿が浮かび上がる。
「ラティナ、助けて!」
周囲からダークピクシーが四人、リーンの体をめった刺しにする。ラティナの見ている前で泣きながらリーンは息絶えた。
繰り返し、繰り返し、様々な映像でリーンの死が脳裏に浮かぶ。何が本当で、どれが幻なのか分からなくなる。
「リーン」
ラティナの中に憎しみだけでなく怒りが膨れ上がる。悲しみよりも大きくなった感情はラティナの瞳から感情を消し去っていく。
全てを破壊しろ。
(あたしの友達を殺す奴らは殺そう。もう誰も側にいないんだから)
ゆるさない。
世の中の全てがお前の敵だ。(みんな、みんな、あたしの敵)
誰もゆるさない。ラティナが呟く――
アザゼルが飲まれた悪意にラティナが堕ちる。代わりにアザゼルから瘴気がなくなっていった。体から黒色が消え、青い表皮に戻っていく。狂暴な目が、優しさを湛えた瞳へと変わる。
ジンが覚醒した。
外から歓声があがり、悲鳴が響き渡る。アザゼルと言う存在が消えた事によって、ダークピクシー達の契約が無効になった瞬間だった。
「娘。助かった。娘よ」
ジンへと戻った精霊がラティナに呼び掛ける。
憎しみのこもった瞳でラティナが周囲を睥睨する。意識が混濁しているラティナはまだ動けない。
「いかん。このままだとこの娘は壊れてしまう。儂と契約する宿主を探すしかあるまい」
正気に戻ったジン。アザゼルの力が消えて普通の鎖へと戻った鎖の結界は、既に用をたしていなかった。するりとジンが鎖から抜け出して塔から出ていった。
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