先駆け

ラーサ視点


 突然外から誰かが駆けてくる足音が響いた。


「しっ」


 バーテンダーが人差し指を口元で立てた。ダークピクシーの上層部を批判する事は禁忌になっているからだ。ラーサもそれくらいは知っている。だけど、この話は広まってもらわないと困る。


「あ、ああ、悪かった」


 気の弱い振りをして持ってきて貰った酒をラーサがあおる。


 扉の外に急いで来たらしいリーダー格の二人が酒場の戸を開け放った。


「いたか。ラーサ、来い」


 それまでラーサが言った噂で騒がしかった酒場がシーンとする。


 今騒ぎを起こすのはまずい、と思ったラーサが大人しく二人に従った。外には待機していたリーダー格が他に二人も来ていた。


 四対一。逃げようかとも考えたがこの至近距離で果たして無傷で逃げられるかが疑問だ。だからラーサは抵抗することを止めた。


 ただ諦めたのではなかった。リーダーに連れられていくことで噂が正しいと思わせられる可能性にかけていた。普通のダークピクシーにはラーサが捉えられる理由など知りようがないはずだからだ。





 ラーサが外れにある牢獄へと連れられていく。


「開けろ」


 リーダー達の言葉に門番が入口のドアを開けた。


 仲間にする者の生贄を入れる場所がこの牢屋だった。一階にある最奥へと誘われる。殺すまでは生かしておく為、牢の窓には外からの光がわずかながらに入ってくる。それでも牢内は薄暗く、カビた匂いがした。


 始終無言のリーダー達が目配せをして頷いた。


「ここで待ってろ」


 呪文を封じる牢屋に入れられてラーサが焦る。魔法が使えない場所に安心しているのかダガーは取り上げられなかった。


「ラティナ……」


 後三日までに噂を広めなければいけないのに、入ってすぐに捕まってしまった。裏切りの報は既に伝えられていたのだろう。迂闊だった。もうすこし長く活動出来ると思っていた。ここへ来た時、ラーサを知っているダークピクシーに見られていたに違いない。





 水も食事も貰えないまま一日が過ぎる。牢屋を抜け出そうと体当たりや呪文、窓の破壊など試したが無駄だった。





 疲れ果てていつの間にか寝てしまった。物音で起きたラーサはなんだか騒がしい事に気づいた。


 異変が起きていた。牢屋内にダークピクシーがいる。


「入れ」


 新たに連れられて来たダークピクシーが牢に入れられる。噂を話している者が捕まっているようだった。


 ここに来た時に話した噂が広まっていた。微かに話声が外でも交わされているのが聞こえる。だが、大事なことを噂に盛り込むことをラーサは忘れていた。


「竜が皆をピクシーに戻してくれるって」


「本当?」


 そのやり取りが聞こえた時、ラーサはラティナかリーンがこの拠点に入り込んだことを知った。彼女達が話したことをラーサは伝えわすれていた。


 牢の中もダークピクシーの囚人が増えていく。


(体力を温存しておかないと)


 そこからラーサは無駄な抵抗を止めてベッドへと横たわった。


 幸運なことに外では雨が降っている。この牢屋の外で雨宿りしていたダークピクシー達の会話が聞こえたのは雨のお陰かもしれない。


 雨を意識するとベッドを支える板を切る。なんとか鉄格子の窓の外へその板を渡した。


 水がぽたぽたと牢屋内に垂れる。それを口にしてラーサは脱水症状になることを避けたのだった。




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