戦いの果てに

「お前のせいだったのか。飛べないのは」


 リーダーが足を止め、ラティナを凝視する。そして、試す様に両手を動かした。


「アザゼルの力が風の属性だけだと思うなよ。援護しろ」


 他のダークピクシー達が、リーダーを守る様に走りだす。その一人にラティナは上空から急接近した。


 ラティナめがけて横に振るわれたダガーの切っ先を、軌道の外へと体を捌いて逸らす。さらに体ごと回転して、フォローに入ってきた別のダークピクシーに足払いをかけた。二転、三転と突っ込んできたダークピクシーが転がった。持っていたダガーで怪我をしたらしく、地面に血が滴っていた。だが、その代わりに最初の一人がダガーを諦め、戦いに復帰するべく立ち上がる。


「六つに別れし、始原の魂。漆黒の牢ご」


 リーダーが呪文を詠唱している。その声にラティナの心がざわついた。怪我をした敵はいつの間にかこの場から離脱していた。


(あと、四人)


 ラティナは必死だった。その必死さゆえに体力がどれだけ消耗しようと気にしていられない。


 二人のダークピクシーが迫る。ラティナの目は片方の敵を認識していなかった。気づいた時にはもう、避けられない位置にまで接近していたのだ。


「くぅ」


 ダガーを避けた直後、横っ腹を殴られた。激痛が体を走る。片手で押さえて彼女達から距離をとる。


「はあ、はあ」


「くを作り出す。闇のアギト。悶える者、もがく者、抗う者、苦しむ者、誘う者、引き込む」


 ダークピクシー達も風以外の魔法を使うのには慣れていないのかもしれない。アザゼルは元々風の精霊なのだから。


 休んでいる暇は無かった。空気を纏いラティナが飛び込む。 


 黒い精霊文字のため彼女達が見えにくいのなら、ラティナはスピードのため見えにくかった。


 瞬きする間にダークピクシーの一人の横へ移動した。勢いつけた拳で彼女の顔面を殴りつける。ダークピクシーの口から血が滴った。そして、離脱。隙をとろうとした別のダークピクシーがたたらを踏む。


 彼女達の、羽の音と息遣いだけが聞こえる。


 一体三。だが、ダークピクシー達はリーダーを守らなければならない。それが持ちこたえている理由だった。フォローに入れるのは一人が限度らしい。


 一拍おいてラティナが翔ける。そのラティナに向かって一人が片方のダガーを投げつけた。空中で急停止したラティナの鼻先を掠めて、ダガーが後ろの大木の中程に突き刺さる。隙が出来た中、まだ両手にダガーをもっていた一人が、素手の仲間へとダガーの一本を投げ渡していた。


 ぞくりっ、と鳥肌が立つ。闇が密度を増していた。


「者達よ。産声をあげ、今、ここに、敵を封じる力となれ」


 そして、闇が凍った。ラティナの前方、いや、体を包む様にして闇の球が出来上がったのだ。


(リーン)


「この辺境に、これほどの化け物がいるとはな」


 アートナの力さえその球は通さなかった。リーダーが飛んでラティナに近づいてくる。片手のダガーをラティナの前で構え、そして、心臓めがけて突き刺した。


「うぅっ」


 不思議な事に闇の表面は、彼女の手を拒まない。しかし、突き入れたダガーは軌道がそれ、ラティナの右太ももに突き立っていた。球の中ではアートナの力が荒れ狂っていたのだ。


「なっ!」


 瞬間、闇の球にひびが走った。驚いたリーダーがダガーから手を離して飛びすさる。


「アザゼル最強の檻が。こんな所で仲間を失う訳にはいかないな。引くぞ!」


 肩で息をしている三人の仲間と共に、ダークピクシー達が姿を消した。北の方へと。


 そして、闇の球が内部の力によって破裂したのだった。ラティナがゆっくりと地面に降り立ち、腰を下ろす。今になって、指が、足が、全身が震えだして止まらなかった。





 徐々に体から力が抜けていく。


(もういいよね。あたし、がんばったよね)


 リーンを守れたという安堵と達成感。全てに対する諦めが心を覆う。


 背中を地面につけて、体を大の字にひろげた。荒い息がもう気にならない。冷えるはずの場所なのに 体が温かかった。


 どれくらいそうしていたか、ラティナは出血と戦闘の疲労、昨夜からの強行軍の為に眠りへと落ちていった。右太ももにダガーが刺さったままで。まだ、血は少しずつ傷から流れていた。





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