追放
ラティナの心の中で、悲しみと喜びが相殺して言葉が出てこなかった。
空中を自在に翔けまわる。思うとおりに。まるで、いままで飛べなかったのが悪い冗談の様。
そして、上まで飛んでみてようやくラティナはクレーターの淵で真実を知った。嘘であってほしいと言う願望が花をさかせる。どくどくと鼓動が高鳴る。
血で描かれた魔法陣の中で、ラティナと同じ処により大きな傷を負ったリーンが倒れていた。
大切な人を守るピクシーに伝わる魔法だった。その者の代りとなって傷を受ける魔法を発動させる魔法陣の形が、最近習ったこの形のはずだったと記憶によみがえった。
「リーン!」
涙がほほをつたう。疑った自分が情けなかった。この事をリーンはおそらく知っていたのだ。溢れだそうとする言葉を、今は飲み込む。
急いで持っているものを全て投げ出し、ラティナがリーンを抱えて空を翔けた。人を抱えて飛ぶという、シルフではなしえない事にまだ気づかない。ここまで四日かけた里までの距離を数十分で飛び越えたのだった。
――取り入れた光が乱反射して駆け巡る。薄い青緑の色が神秘的に映る部屋の一角に空気が伝えるピクシーの存在そのものを力にし、結界を保つフォスフォフィライトで出来た柱があった。その一柱が砕け散る。――
里の結界内に飛び込んだラティナに何かが砕ける音が聞こえてきた。
廻りで羽ばたきながら地面へと墜落するピクシー達の悲鳴が響く。
ようやく自宅へ着くとラティナはリーンをベッドへと運ぶ。医者を求めてラティナが駆ける。
(リーン)
時折、顔を歪めて寝息を立てている。医者はとうぶん絶対安静にと言って出ていった。なにぶん負傷者が多く人手が足りない状況だった。そんな中でも怪我の状態ゆえに早く見てもらえたのは幸いだった。
(リーン)
額のタオルをそっと取り替える。微かにまた目に涙がたまっていた。
唐突に家のドアがノックされた。静かな中、その音だけが響く。
涙を拭い、音を立てない様にラティナがそっとドアを引き開ける。
「エスナ様」
「こちらにいらっしゃい。長様がお呼びよ」
「長様が?」
「ええ」
「でも」
ラティナがリーンを振り返る。ここを離れられない。そうラティナの目が語っていた。
「リーンはわたしが後で看るわ。だから、いらっしゃい」
躊躇いながらもラティナは返事をした。そんなラティナに何かを感じたらしいエスナが細めた目を元に戻す。ラティナの変化にエスナは気づいたのかもしれない。
あちらこちらで飛べなくなったピクシー達が不安げにこちらを振り返る。その中を二人は里の中心にそびえる大木へと歩を進めた。
ユリノキの大木の根本に結界を維持する祠がある。その戸へ軽くこぶしを打ちつける。
「入りなさい」
「はい」
ドアをくぐったラティナの視線の先に優しい光が満ちている。たたずんでいた長が一瞬だけラティナを凝視して来た。
「もしやとは思いましたが、やはり、あなただったのですね。ラティナ。里の結界を保つ宝石の一つが粉みじんに砕け散りました。こうなる事を予測できなかった訳ではありませんが、あなたを里から出したのは失敗でした」
「え?」
「ゾアと契約しましたね」
「ゾア?」
優しい笑みでラティナを諭す様に長が続ける。
「『生ける者』を意味する者です。
風に働きかける者が精霊なら、ゾアの一体、アートナは風そのものと言っていいでしょう。シルフは風に働きかける。ですが、風が意思をもってそれを無視したら。精霊の枠で言うなら、荒ぶれる魔神と言われるジンですら、アートナの前では力を失くすでしょう」
「そんなに」
ラティナが言葉を失ったのは、歓喜の為ではなく、自身に宿った力の大きさ故。
「ルィーアの子孫であるあなたには、その力を求めてほしくなかったから、隠してきましたが」
いったん長が言葉を止める。
「あなたには、辛い事を言わねばなりません」
沈黙するラティナに長が続ける。
「アートナの力はあまりにも影響が大きいのです。このままではこの里の存亡に係わります。ダークピクシーの事は学びましたね」
「はい」
「闇に堕ちたジン、アザゼルと契約を結ぶ者達であるダークピクシー。なぜかは分かりませんが、同族である私達ピクシーの里を幾つも壊滅させています。結界がなければ何時ここも見つかるか分かりません。アートナの力の前には結界その物が無効化するのです。これ以上は言わなくても判りますね」
びくんとラティナは体を震わせた。ここにはもういられない事を理解した。しかし、涙はもう出てこなかった。傷ついたリーンだけでも安全な里へ運べたのだから。
「ただ、もしも、その力を制御できる様になれたら帰って来てもかまいません。この事だけは忘れないでください」
「はい」
「元気でいてくださいね」
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