裏切りは誰が為に

 四日間。リーンとラティナは森を越え。野を歩き。砂漠の真っ只中に至る道程を制覇していた。途中、サボテンなどから水筒に水分を補給する。


 むせ返るほどの熱気が二人を包んでいた。


「ね、ねえリーン。その遺跡って何処にあるのよ?」


 リーンとラティナの額に汗が流れる。


「あ、あと三日くらいかな。あ、はは」


 干からびた岩盤の大地にひび割れが縦横無尽に走る。頭上ちかくまで昇った太陽の光が無慈悲にも降り注ぐ。


 砂漠と言えば砂ばかりの世界を連想しがちだ。だが、ここの様に砂のあまり無い場所もある。地図によると方角で言えば里を中心として東南東に位置していた。


「あ、れ?」


「なに? ラティナ」


「砂漠が、終わってる」


 ラティナの言葉どおり、上り坂をのぼりきった先は底がかろうじて見える巨大なクレーターになっていた。下で風が轟音を立てている。


 ラティナが声もなく見下ろしていた。


「すごい。ねえ、リー」


 感嘆して見とれているラティナが、いきなりリーンに背中を付き飛ばされた。


「ごめんっ! ラティナ」


「きゃあぁぁああああああぁぁぁぁっ」


 突然の行動は、ラティナに戸惑う暇さえ与えなかった。




                   ◆




 うなり声の様な音がクレーターの底に響きわたる。


「うっく」


 体の節々が少し動いただけで痛い。体にできた大小の傷から血がにじんでいる。その体の中で羽だけは再生していた。ピクシーの体で羽は一番重要な器官だ。傷ついた時は体の体液によって自然と再生できる様になっていた。痛みと口の中の鉄錆に似た味がラティナに、これは現実だと教えている。


 クレーターの内部は風の運ぶほこりで何も見えない。だが、ラティナがいる中心部分は不思議と空気があり、とても澄んでいた。


「ううっ」 


 半分放心状態のラティナの目から、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちる。その口からは堪えきれなかった嗚咽が漏れていた。


 リーンに捨てられた。もっとも信じ、姉妹の様に愛していたリーンに。


 ラティナの心がきしむ。体の痛みなど、それに比べればなんでもなかった。


(飛べれば)


 飛べればリーンに捨てられなかった。


(飛べたら)


 飛ぶ事が出来さえしていたら。そう思うとなんども繰り返し、暗唱さえ出来ていたあの歌が、ラティナの口からもれ出していた。


 ぴちゃっ。


 不意に傷口から落ちた血が空中ではね。霧となって渦をまく。


「ぁ」


 風が周囲からそれを飲み込むと、とぐろをまいて隅々に拡散した。全体を微かに赤くさせ生き物の様にうごめく。そして、くぐもった声が届いたのだった。


『あの娘の末裔か、いいだろう。血の盟約にもとづき、汝の力となろう』


 一瞬の事だった。目の前にはもう霧の名残すら無い。あれ程荒れ狂っていた風が全て止んでいる。静寂と熱気が戻ってきていた。そして、ゆっくりと無意識にはばたいた羽に押されて体が上昇したのだった。




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