出立
一週間後。
「ちょっと早かったかな?」
遠目にドアを閉め、独り言を言いながら歩き出す彼女が見えた。
結界のせいで見えないが、里の上空に誰かいたのなら、東の空に日が昇り始めたのを確認できる時間だった。
爽やかな風の中、水色と灰色を混ぜて薄めた様な光が満ちている。
一人だけになる頃合いをはかったのか? 木々の間から他の者達が現れていた。
「ラ・ティ・ナちゃーん」「きゃはははは」
黙ったまま俯く彼女に続けざま罵る声が響いた。
「帰ってこなければせいせいするのに」「そうよ、あんた一人で行きなさいよ」
「リーンまで同行させるなんて、何様のつもり」「まったくよね」
いつもだったなら、涙を滲ませて逃げ帰ったかもしれない。かばう者もなく既にいない母親にすがる事も出来なかったから。だが、今日は違っていた。涼しい顔で聞き流し。挑戦的な目を周りに向けている。
「言いたい事はそれだけ? 集団にならないと何も言えないくせに」
普段が普段だったから、その反応に彼女達が驚く。そして一番先頭にいた一人は肩をビクっとさせながらも、虚勢を張る事だけは忘れなかった。
「なによっ! 落ちこぼれの芋虫のくせして、わたし達とやるつもり」
「よくそこまで言えるものね。力だけなら私に敵わないくせに。まあ、しばらく見なくても済むのだから、いくらでも吠えてなさい」
さっそうと抜け出して、今も何かを罵っている彼女達に背を向けて、彼女は舌を出していた。
「ありがとう、リーン」
「さっ、行きましょう」
完全に見えなくなった里の外でまったく同じ姿のラティナが木陰から顔を出していた。リーンの家には足止めをする為に何人かが行っているはず。しかし、それより早く行動していたらしい。
リーンがラティナへ変化していた姿を元に戻した。
「良かったの?」
後で気付かれるかもしれないことに思い当たる。
「いいの。裏表のある人達と付き合うのも疲れたもの。旅に行く前からラティナに嫌な思いをしてほしくなかったから」
照れて感動しているラティナが、赤くなって笑う。次の瞬間、そのラティナがはっとして振り返った。
「危ないっ!」
突然鈍い音を立てて、寄りかかっていた木の上から、緑色の物体が落ちて来ていた。とっさに体当たりをしたラティナがリーンと抱き合う形で転がる。擦れた肘や膝が痛む。人からするとたいした大きささでは無いだろう。しかし、人の手サイズのラティナ達ピクシーにすれば、自身の三倍はある存在だった。
「あいたたた。スライムね」
リーンの声に、無言でラティナが囮の体勢になる。リーンが飛ぶ数瞬の間を、スライムの感覚器から逸らしていた。
羽をはばたかせて駆けるラティナは里の中でも瞬発力・判断力がとび抜けて高かった。だからこそ、妬みや嫉みはいじめとなってラティナに向かっていた。
話などに聞くより、さすがに小動物をエサにするだけあってスライムは速い。だが、羽のおかげで体重が軽減されるラティナはどんどん間を離していく。その姿を上空からリーンが見守っていた。
「はあ、はあ」
ようやく一息いれてラティナが振り返る。リーンも落ち着いてきていた。遠くから心地よい鳥達のさえずりが耳に入った。
「そう言えばさ」
「行き先。決めてなかったよね」
ああ、といった感じでリーンが笑う。完全にラティナが息を整えるのを待ち、地図を羽の間の小さなリュックから取り出した。
「見ておきたい場所があるって、言わなかった?」
照れ隠しにラティナは頭をかく。忘れてたな。とリーンが呆れた声を出していた。
そうして、二人は歩きだす。おそらくラティナを思いやった為かリーンは飛ばずに。
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