レラート・デ・ニンファ 追放された妖精少女は愛する幼馴染の為に

神原

レラート・デ・ニンファ 始まりの章

ラティナとリーン

『切な人の、身代わりになる為の』


 その日もラティナは授業中、先生の言葉を上の空で聞き流がし、シルフとの契約の歌を口ずさんでいた。十七歳のピクシー達の教室は、にぎやかな妖精と言われる割に静かで、透る歌声はその中でかなり響いていた。歌うラティナの金髪で短い髪がさらりと揺れる。





 十五歳の頃迄はまだ普通だった。初めて飛べるはずの時はわくわくしていた。だが、次々と空を舞う仲間達をしり目に、ラティナにだけ応えてくれる精霊が現れなかったのだ。


 ピクシーには羽がある。しかし、小さいとはいえ人間に酷似した体では風の精霊の助けなくしては飛べはしない。


 何時かは飛べるはずと、二年の間ラティナは歌い続けた。当然学力は低下して。それが原因でイジメの対象になっていた。





「うるさいのよ、いつもいつも。わたし達まで馬鹿になったらどーすんのよ」


 放課後、ラティナを数人のピクシーが取り囲む。笑う口の形が、本気でそう思っていない事を伺わせる。そんな彼女達に緊張が走った。誰かが教室の入り口に立っていた。


「何をしているの」


 とおった鼻すじに優しそうな瞳。真っ直ぐな漆黒の髪を背中まで伸ばしている、幼少時代からの親友リーンだった。彼女達も怪我の治療やら勉強やらで助けてもらっている手前、あまりリーンには逆らえなかった。


「いえ、ちょっとラティナから、宿題の範囲を聞きたくて。いこう」


 彼女達が去って行く。足音が遠ざかる。リーンは彼女達を追わずに、幼く見える可愛い顔をくしゃくしゃにして涙を浮かべたラティナへと近づいて行った。


「ごめん、ラティナ。一人にしちゃって。帰ろう」


「うん」


 涙を拭いて微かに笑顔が戻ったラティナは教室をリーンと共に後にしたのだった。





 次の日、学校が休みだった事もあって、リーンがラティナの家へと遊びにきていた。明るい光は既に窓から射している。


「おはよう、ラティナ」


「……」


 朝食もとらずにふて寝しているラティナの隣にイスを置き、リーンは腰をかける。


「休みの日くらい外に出たら良いのに」


「いやっ!」


「それじゃあ、シルフとの契約をがんばってみる?」


 なんとなく、ラティナの顔が引きつった。


「いい。リーンだって知ってるくせに。あたしにはそっちの才能が無いの」


 気まずいと感じる横で、お茶が入ったカップをリーンがすすっていた。デフォルメされたシルフの絵が可愛い。


「私の修行も終わったし。旅に行かない? 一ヶ月ほど」


「もう習得したの?」


 がばっと上半身を起こし少しだけ元気が戻る。それを言ったのが親友でなければ、羨望と惨めさで泣いていたかもしれない。だからよけいに自分の事の様に喜べた。


「ええ、なかなか教えてくれなくて苦労したけどね。変化魔法の奥儀は」


 変化して人との間に子供を作り、自分の里へ帰ってくる。だから、ピクシーには女性しかいない。そして、人へ変化するのには変化魔法の初歩で事足りた。普段使う事もない故に才能が無ければ奥儀は伝授されない。


「足手まといじゃない?」


「約束。忘れちゃった? 少し早いけど、どうしても見ておきたい所もあるし。一ヶ月くらい良いんじゃない?」


 いつか大人になったら二人でこの世界を旅して周る。けっして忘れてはいない。パッと輝いた笑顔がお腹の音で赤く染まる。





 次の日。二人は職員室に来ていた。一月の旅、その報告をした後に、扉から出ようとして先生に呼び止められた。


「ラティナ。リーン」


「はい? 先生」


「ダークピクシーには気を付けるのですよ」


「?」


 初めて聞く単語に顔を見合わせる。首を傾げて無言で続く言葉を待った。


「闇に堕ちたピクシーです。彼女達と遭遇したら、決して里の方向へ逃げない事。この里の場所を知られてはいけません」


 ごくりとつばを飲み込む。


「結界はその為にあります」


 初めて知った結界の意味だった。


――興味本位で会いに行こうとする者を防ぐ為、里を出る者以外には伝えられない事実だった。いずれは全員知る事だが、特に好奇心旺盛な子供の内はあまり言われる事がないのが普通だった――


「ダークピクシーはその名の通り、肌が黒に染まっています。気をつけて」


 呆然とするラティナ達に、

「めったに会う事はないので、頭に留めておきなさい」

 とだけ伝えると教師は書類に目を落としたのだった。




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