第4話 工事現場の死体

 あれは年の瀬を感じさせる寒風の吹きすさぶ時期である十一月の末のことだった。一人のサラリーマンが年末の忙しさからか、

「最近はずっと終電近くになる」

 とぼやいていたくらいに忙しい毎日を過ごしていたが、駅を降りてから自宅まで普通に歩けば似十分以上かかるのだが、今までは十分ほどで帰れていた。

「昨年の今頃は、十五分もかからなかったのにな」

 と思って、昨年と何が違うのかを考えれば、すぐに分かった。

 駅前から少し線路沿いを歩くと、途中にあった児童公園が一時期更地になり、さらには、そこにマンションや駐車場。そしてショッピングセンターができるという、区画整理が行われたことで、このあたりに土地を持つ地主が、一気に外観が変わるほどの思い切った再開発を始めた。

 一年前に来たことがある人でも、久しぶりに訪れれば、

「前にも来たことがあったはずなのに、まるで初めてきたような感じだ」

 と、いわゆる、

「逆デジャブ」

 のような気分になることだろう。

 しかも夜になると、照明もお情け程度についている程度で、つけていないと車に突っ込まれでもしたら大変なことになる。

 工事が遅れるだけではすまず、誰かが死にでもしたら、それこそ、一生の問題になってしまうだろう。

 様子が一変し始めたのは、秋口からのことだった。

 夏の間に公園や近くにあった倉庫のような古い建物は更地になり、その周辺を立ち入り禁止の札のついた縄が張られている。

 そのうちに、足場が組み立てられ、そこにシートをかぶせて、

「いよいよ本格的な工事の始まりか?」

 と感じさせる雰囲気になってきた。

 中には工事を請け負っている人足連中の詰め所になるプレハブが立てられ、そこから黄色いヘルメットをかぶったいかつい連中が出入りしているのを何度か見たことがあった。

 中ではタバコを吸っているのだろう、表にまでタバコの臭いが臭ってきて、実に溜まらない思いだ。

「あいつらには、法律なんか関係ないんだ」

 と、昨年から段階的に勧められている、自動喫煙禁止法などで、まったく動じることもないのだろう。

 しょせん、そんな連中に、道徳的なことを言っても始まらない。

「どうせ、生きている世界が違っている」

 ということを一番自覚しているのはやつらだろう。

 そんな連中にまで差別的だということで、擁護するというのは、どこかが違うと思いながら、このサラリーマンは出勤していた。

 考えてみれば、自分たちの方がよほど社会のしがらみに悩まされているわけで、気楽な人足とは違うと言ってもいいだろう。

 それはさておき、夜になると、そのあたりはそれほど厳重な戸締りをしているわけでもなかったので、通り抜ける人も少なくはなかった。

 実際には、途中で通り抜けられるような小さな道もできていたのだが、中にはそこまで行くと遠回りになってしまう人もいて、そんな連中は、おかまいなしに中を通って通り抜けていたのだった。

 その向こうにはバス停があり、バス停から駅前まで歩く人もいて、彼のように駅から郊外へと帰宅する人よりも、日が暮れてからでも、時間帯によっては多い時間帯もあるくらいで、結構な人どおりになっていた。

 そんな状況を管理会社は知ってか知らずか、別に入れないようにするための工夫が施されるというようなこともなかった。

 時間的にはまだ夜の八時頃であっても、このあたりは、ほぼ人通りが少なくなる。サラリーマンは知らなかったが、ここにはマンションが建ち、公務員住宅のようなものになるらしい。普通のサラリーマンに比べればかなり安値で、ある程度いい部屋が借りれるという。

「公務員住宅だって? そんなもの、俺たちの税金の無駄遣いじゃないか? 公務員くらいになれば、自分でマンション借りれよな」

 と普段からそういう言葉を発している本人だっただけに、今はまだ知らぬが仏であろう。

 まだ、このマンションは建ち始めてすぐだということで、それほど対して忙しくはないようだ。夕方は日暮れ前くらいからその日の仕事を終えて、皆帰っていく。この時期ともなれば五時には誰もいないという楽な商売に思えた。したがって、夜六時を過ぎるとこのあたりは一気に過疎化状態になってしまっていた。

 七時過ぎくらいまでは、まだ通勤時間のイメージなので、人通りもそれなりにあるが、八時を過ぎると、もう深夜と変わらない雰囲気になる。

 このサラリーマンのように、毎日日にちが変わるか変わらないかぐらいになると、ほぼ誰かに遭うのが奇跡なくらいだった。

 その日は風が生暖かい日だった。季節が秋に逆戻りしたのか、最高気温が二十度を超える日が数日続いた。

 それでも、予定では明日雨が降って、そこから先は一気に冬に逆戻りということで、今度は急な寒さに注意が必要だということだった。

 とりあえずは、まだ寒くなる前だったのと、明日雨が降ると分かっていることで、余計に風が生暖かく感じられるのだ。

「こんな日は、何かが出たりしないだろうな」

 と思いながらも、足はいつものマンションの工事中の中に向いている。

「こんな時間に誰もいるはずないんだ。通りたい放題だ」

 と思っているのは、仕事でかなり疲れていて、もう遠回りするなど考えれないほど、頭の回らなくなっていた。

 一応、お情け程度に引っ張られているロープをまたぐように建設現場に侵入すると、革靴に気持ち悪い感触があった。どうやら、中で水を流したみたいなのか、足元が舗装されていない道なので、べたべたしていた。

「やめとけばよかった」

 と一瞬考えたが、もう入ってしまったのだからしょうがない。行くしかなかった。

 少し歩くと、光が見えた。この中でいつもはお情け程度の街灯がついていることがあるが、あの明るさは普段のものではない。まわりが今まで暗かっただけに、眩しいくらいの明かりは、

「工事関係者が消し忘れていったのかな?」

 と思って余計な気遣いをしても、別にどうなるものでもない、そのまま進むしかなかった。

 進んで行くと、すぐに曲がるところがあり、そのすぐ先がこのマンションエリアの抜け道になっていた。歩いて二分ほどのこの道だけど、これだけを表で遠回りをすれば、五分以上のロスになってしまう。ここでの五分、十分は睡眠時間を考えると、結構大きなものなのだ。

 いつものように最後の角を曲がると、

「あっ」

 と思わず声を出さずにはいられなかった。

 そこには一人の男がこちらに足を向けるようにして、うつぶせになって倒れている。左の頬を地面につけて。右を向くような恰好で倒れている。まったく動く様子もなく、目が瞬きをしていないのを見ると、死んでいるとしか思えなかった。

 状況から考えても、このあたりは数時間前から誰もいない状態である。誰にも発見冴えなかったと言っても無理もないことだ。しかも彼がこれを発見したのも、進入禁止の道を無断で入ったからではないか。どれくらいの時間個々に死体があるのか分からなかったが、しばらく、彼は金縛りにあったように動けなかった。

「どうしよう」

 と決まっているはずなのに、すぐに行動できない。

 落ち着くとやっと警察に連絡し来てもらえることになったが、今度は連絡をしてしまったことで却って心細くなった。警察が来るのは絶対なのに、来てくれるまでの数分か数十分の間、一人でいなければならないことをいまさらながらにかんじさせられたのだ。それを思うと、身体の震えが止まらなくなっているのに気付いた。

 男の顔をもう一度覗き込むと、口から何か流れているのを感じた。

「毒殺だ」

 と分かった。

 ということは事故ではなく、殺害されたか自殺だろう。状況から自殺は考えにくい気がする。やはり殺害されたのだろう。

 彼は、この時間が長かったのか短かったのか、言えることとしては、パトカーのサイレンが聞こえてきた時、我に返ったという感覚と、我に返ってから、それ以前のことを思い出そうとすると、瞬間的に一部の記憶を喪失してしまっている気持ちになっているということであった。

 パトカーのサイレンというのは、

「俺のように殺人事件を目撃した人が警察に通報し、その時の放心状態を元に戻すために、あのようなけたたましい真っ赤な放射状の光と、乾いた空気を突き刺すような甲高い音をならすのではないか?」

 と思ったほどだ。

 警察が次々に入ってきて、このあたりはくっきりと明かりに照らされた。

「第一発見者の方ですね?」

 と言われて、彼はもう一度我に返った。

 目の前にいるのは制服警官で、その人は、

「どうぞ、こちらに」

 と言って、明るくなった別の場所に連れていってくれた。

 テキパキと動いている人間の影を見ながら、彼は何事が起こったのか、いまさらながらに自分がなぜここにいるのか、まだよく理解できていないようだった。

 背広にコートを着た。いかにも刑事という人が近寄ってくる。

「少し、お話を伺えますか?」

 と言われて、

「はい」

 と答えた。いや答えるしかなかった。

「あなたが、第一発見者で、通報していただいた方ですね?」

「ええ、そうです。鮫島といいます」

「ああ、どうも、私は辰巳というものです。よろしくお願いします」

 と挨拶をしておいて、

「さっそくですが、あなたは、ここで死んでいるあの方をご存じですか?」

「いいえ、初めて見ます」

「今日はお仕事の帰りですか?」

 と聞かれ、立入禁止の場所に入ったことを言おうか言うまいか考えていたか、遅かれ早かれ分けること、先にいっておく方がいいと思った。

「はい、最近、年末にかけて、いつもこのくらいの時間なんです。それでいけないことだとは思っていたんですが、この道を通れば近道になるので、最近はずっとここを通って帰っています。その時、いつもこのあたりは照明がついていても、暗い正面なんですが、今日はいつになく明るさを感じたんです。それで気になって曲がってみたら、あの通りだったんです。ビックリしました」

 と鮫島が供述すると、

「そうですか、じゃあ、いつもはあんなに明るくないんですね?」

 辰巳という刑事は、彼がここに踏み込んだことを責めるわけでもなく、話を進めてきたことにホッとしながら、

「ええ、だから気にはなっていたんです。で、曲がってみたら、そこに何かがあるでしょう? 最初はまさか人が転がっているなんて思ってもいないので、唖然として見ていたんです。普段より明るいので、倒れているところに影ができて、最初は大きすぎるように感じたので、人間だとは思いませんでした。しかも、足をこちらに向けていたので、余計にピンとこなかったんです。声も出なかったのではないかと今から思えばそう感じました」

 声が出なかったというのは、思い違いであった。明らかに最初鮫島は、悲鳴をとどろかせるかのように、

「あっ」

 と叫んだのだ。

 だが、それを誰かが近くにいて聞こえただろうか?

 声は一瞬で飲み込んでしまい。何か他に音がしたとすればかき消されるレベルだった。しかし、こんな深夜のこんな場面でほかに音がするわけもなく。やはりかき消されるようなことはなかったはずだ。

「なるほどですね。あなたは、死体を発見して、すぐに死んでいると判断して、警察に電話した。どうして死んでると思ったんですか?」

 と辰巳刑事は訊いた。

「このあたりは、ずっと真っ暗なで静寂な時間が続くので、ずっとこのままでいたのなら、もう息が絶えていると思ったのと、顔を見ると目が開きっぱなしだったんです。そしてもう一つは唇の端から流れていた。いや、すでに固まっていて真っ黒にしか見えなかった何かが口元に残っていたのを見て、それで死んでいると確信しました」

 と言った。

「毒殺だと思われたんですか?」

「ええ、毒殺か、可能性は低いかも知れないけど、自殺もあるかも知れないと感じていました」

 と鮫島は答えた。

「被害者を知らないのに、自殺はないと思われたんですか?」

「ええ、だって、倒れていた人の服を見る限り、作業員の服には思えませんからね。普段着に着替えても、作業員ならもっと服装が違っているような気がしたんです。ただの思い込みにしかすぎませんけどね」

 と鮫島は言った。

「なるほど、あなたは思ったよりも落ち着いていたということですね?」

 と言われて、鮫島は一瞬ムッとした。

 それは、

「痛いところを突かれた」

 という感覚とは違っていたからだ。

「冷静になって考えた時に、そう思うと自分が実際に目撃した場面と意識の中で辻褄が合ったから、そう思っただけです」

 と少し挑発的にいった。

「いやいや、これは失礼しました。別に挑発するつもりなどなかったんですが、警察ではどうしても、そういう穿った見方をしてしまうことがあるので、自分でも気を付けなければいけないと思っているところです」

 と辰巳は言い訳をした。

 言い訳ではあったが、相手に悪びれた様子のない言い訳というのは、ある意味正々堂々としていて気持ちよさすら感じる。そう思うと、ムッとした気持ちの留飲が下がってくるような気がした。

「私はあまりこのあたりには詳しくないんですが、私が知っているだけのこととして、以前あった公園や倉庫を潰してこのあたりにマンションや新たな公園を作る計画のようですね?」

 と辰巳刑事は訊いてきた。

「ええ、私もそんなに詳しくはないんですが、行政の区画整理の一環でこのあたりがその整備計画になったことで、公園や倉庫を潰し、そのあとに整理された場所を、このあたりを不動産屋が買い取って、そこに公務員住宅を建てるとかいう話だったんですよ。我々庶民にとっては、関係のない話ですけどね」

 と皮肉を言った。

 相手は警察官。国家公務員だから、公務員という意味で皮肉を言いたくなったのも無理もないことかも知れない。

「ふふ、我々だって同じようなものですよ」

 と、辰巳刑事はいった。

 どうやら、鮫島がいった皮肉を分かっているようだった。

「このあたりは、じゃあ、普段から人通りは少なかったんでしょうね。特に夜になんかなると、誰もいなくなって、この場所なら人殺しにはもってこいでもありますね」

 と辰巳刑事はいった。

 それを聞いて、鮫島は殺害現場を見た瞬間から、今まで、何かに引っかかっているような気がしていたが、展開が急転することで、そのことに頭が回らなかった。だが、今辰巳刑事の話を聞いているうちに、その疑問を思い出したような気がした。

「そういえば、これがもし殺人だとして、一つ気になることがあるんですよ」

 と言い出した鮫島に対して。辰巳刑事は、

「ほう、それは何でしょう?」

「さっき、私が見た時、口から血が流れていた痕を見たような気がしたので、毒殺だと思っているんですが、ここで毒殺をしたというのはどういうことなんでしょう? 毒殺だったら、どこかの部屋かお店で、飲み物か食べ物に毒を仕込んで分からないようにして、殺すというのなら分かりますが、こんな何もないところで毒を服用するというのも変ですよね。ここで殺すのだったら、ナイフや撲殺、絞殺など他にいろいろありそうですよね?」

 というと、

「ひょっとすると、即効性がないように、カプセルか何かに包んで、時間がくれば毒が効いてくるようにしたんじゃないでしょうか? それだったら、何もその場所でなくてもいい。ただ、そうなった時、どうして被害者がここにいたのかということが新たな問題にはなりますけどね」

 と、辰巳刑事は言った。

 その言葉を聞いて、一瞬我に返った辰巳刑事は、自分が第一発見者を相手に確証もない自分の意見をおえらおえら喋ってしまったことに対して気付いたのだ。

――これはヤバい――

 と思い、今思いついたことを忘れないようにメモに取ると、話を変えた。

「倒れているのを見た時、すぐに警察に知らせようと思ってくれたんですね?」

「ええ、もちろんです。まったく知らない人が世中野人通りのないところで死んでいるんですから、そりゃ、こっちもビックリですよ。腰を抜かしそうになったのを必死に思いとどまった感じでしたからね」

 と鮫島が言ったので、

「なるほど、その時、あっちこっちを物色したりはしなかったんでしょうね?」

 と言われて、

「そんなことは当たり前じゃないですか、僕だって、殺人現場の現場保存が大切なことくらいは分かります。それにあまりウロウロしたりして、そのあたりに自分の指紋でもの叙したりしたら、後が大変ですからね。そう思って、余計なことはしませんでしたよ」

 という鮫島に、まだ何か気になるのか。

「何かを拾ったりとか、見つけたということもないんですね?」

「ええ、ありませんよ」

 と言って、少し不満そうに辰巳を睨みつけた。

 辰巳刑事は相手の睨みつけてくる顔に対して平静で、まるで最初から分かっていたかのような顔をした。それが鮫島には忌々しく思え、さらにそれを見て辰巳は内心ほくそ笑んでいた。

 辰巳刑事は、勧善懲悪を象徴したかのような刑事なので、こんな態度を取るのは珍しい。何か鮫島に気になるものを感じたのか、見る限りでは何ら怪しいところはないような感じがするので、辰巳の直感なのかも知れない。

「それにしても、こんな寂しいところ、よく通りますね。本当はここに入ってはいけないんでしょう?」

 と辰巳刑事に言われて、

「はあ、まあその通りなんですが、最近残業が続いていて、帰りが遅くなったので、以前はこんなものができる前の公園であれば、中を通り抜けていけば、簡単に最短距離で帰れたんですが、今ではこんな建物が建ってしまうことで、どんどん遠回りをしなければいけない。まったく行政は何のための区画整理なのかって言いたくなりますよ。だから、こんお道を通れば、十分以上家まで短縮できるんですよ。寝る時間を考えると、それくらいしてもいいんじゃないかって思いますね」

 と、少し興奮気味に話したが、それも愚痴ばかりであった。

「それは分かりましたが、本当に寂しいじゃないですか。怖くないんですか?」

「正直怖い気もしますが、このあたりは、表を通っても同じように暗いので、怖さはあまり変わりません。それよりも早く帰れるということを考えると、迷う余地はないというものです」

 と鮫島はいった。

「じゃあ、ここができてからずっとこうやって近道をしていたと?」

「さすがにそうではありません。年末に向けて仕事が忙しくなったのは、一週間前くらいからだったので、ここを通るようになったのは、それからですね」

「このマンションに立ち入りが禁止されたのは?」

「もう、二月くらいになりますかね。そんなに昔ではなかったと思うんですが、最近では本当に寂しい場所として有名になっていますよ」

 と鮫島は話した。

「そういえば、このあたりは、痴漢も出没することが多いと向こうに看板がありましたが、あれは?」

 と辰巳が聞くと、

「以前、その向こう側に公園があったんです。普通の児童公園だったんですが、時々夏などはカップルが集まってきたりして、それを狙うように暴行魔もいたりしたので、その警戒に看板が立っていたんですよ。今でもその名残が残っているというわけです」

 と鮫島がいうと、

「なるほど、このあたりにはそういう曰くがあるわけですね」

 という辰巳に対し、

「ええ、でもそんなところはここだけではないでしょう。全国にはいたるところにありそうですけどね」

 と鮫島がため息交じりにいうと、辰巳も溜息を吐いて、鮫島を見た。辰巳は何かを感じているのかも知れない。

「今日はこれくらいで結構です。すみませんね、夜遅くまでお付き合いいただいて、今日はゆっくりお休みください」

 と労をねぎらうように辰巳は言ったが、それはもう皮肉でしかなかった。

 何しろ時間としては、すでに夜中の一時を回っている。どうかすれば、すぐに、

「草木も眠る丑三つ時」

 なのであった。

 鮫島の連絡先だけは聞いておいて、彼を見送った辰巳刑事は、清水刑事が行っている現場に向かった。

「お疲れ様です。真夜中からご苦労さまです」

 と声をかけた。

「何、本当にそうだよ。出物腫れ物ところかまわずと言われるが、犯罪者も節操がないということなのかな?」

 と言って清水刑事は苦笑いをしている。

 すると、一人の刑事が清水刑事に声をかけた。

「清水刑事」

 それを聞いた清水刑事は振り返って、

「なんだ」

 と聞くと、

「ここに乱れた足跡があります。どうやら争った跡のようなんですが。不思議なことに、被害者の靴跡とは一致しないんですよ。一つは結構大きな靴跡で、二十七くらいじゃないかと思うんですが、もう一つは結構小さい足跡ですね。まるで女性の足跡を思わせるもので、二十三くらいではないかと思います」

 と刑事が報告した。

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