第2話 持ち上げる集団

 このスポーツ大会運営代行業者と似た時期に登場したのが、いわゆる、

「持ち上げ業者」

 と呼ばれるものであった。

 この集団は代行業者とは違い、世の中のあまりよくない状況の時に活躍するような団体であった。元々は、冠婚葬祭のディレクターのような仕事をしている人が独立して始めたのだが、こちらはあまり表に出ていない。

「持ち上げ集団」

 という名前で呼ばれるのは、死んだ人間が、生前知名度のある人物で、その人が実績のわりにあまりいい死に方をしなかった場合など、実際の事実を捻じ曲げる形で、その人に名誉を与えてあげるというような特殊な商売であった。

 もちろん、これだけでは食っていけないので、表では、いろいろな代行屋のような看板を掲げて、裏で請け負っている商売であった。

 この発想は、かつて、地震や台風などの自然災害で亡くなった中の人で芸能人がいたのだが、その人は、数十年前はスターと呼ばれていたが、今はさほど人気があるわけではなかったにも関わらず、

「天災で犠牲になった昔売れっ子だった芸能人:

 として雑誌やネットで紹介され、その後、昔の追悼番組が流されたり、本屋やCDショップでその人ゆかりの商品が販売され、ランクインするなどの社会現象になったことが、発起人である、元冠婚葬祭ディレクターの目に留まり、

「これはいける」

 と思わせたのだった。

「死んで花実が咲くものかと言われるけど、死んでから注目される人もいるんだよな」

 と感じた。

 そういえば、小説家などでも、死ぬまではさほど売れなかった人が、死んでから人気が出るというような、逆転現象になったりすることもあった。

 それを思えば、今まで、それらの現象にあやかろうという商売がなかったのが不思議なくらいだ。確かに死んだからと言って売れる確率が高いのかと言えば、そうでもないような気がする。

 しかも、誰が死ぬかということも分かっているわけではないので、事前の情報を得るわけにもいかない。ただ、今の世の中はネットが主流なので、誰か有名人が死んだのかどうかなど、すぐに調べることはできる。知覚であれば、いくらでも対応のしようはあるというものだ。

 問題は死に方だった。

 事故などの突発的なことであり、ショッキングなことでもなければ、なかなか思うようにはいかないだろう。

 だが、実際に芸能事務所に情報を得ることはできるだろう。ネットにも載らないような情報さえ握っておけば、かつて売れた人が、今まさにその生命が風前の灯で、静かに何事もなかったかのように死んでいくことになるだろう。

 芸能人が亡くなると、実際に死んだ日よりも、だいぶ後になって、発表されることが多い。

「なるべく静かに死にたい」

 という故人の遺志だというが、それだけだろうか?

 残された人もなるべく、マスコミなどに追われたくもないというのが、心情ではないだろうか。最初はちやほやしておいて、人気が落ちると、蜘蛛の子を散らすように、誰もまわりにいなくなってしまう。それを思うと、親族の方でも、いくばくかの芸能界に対して恨みめいたこともあるだろう。

 静かに死にたいと思うのは、確かに人情である。本人自身が、遺言で家族葬のみを望んだり、遺書にそう書き残している人もいるだろう。だから、世間がいまさらのように寄ってくるくらいだったら、発表を遅らせて、すべてが終わった後に、公表する方がいいと考えるのだろう。

 ただ、実際にそうなってしまったら、家族の中には、

「ここまで寂しいものなのか?」

 と感じる人もいるだろう。

 そうなると、いくら本人が一人で静かに死にたいと思っても、本人のプライドが乗り移ったかのように思うような人もいるかも知れない。

 あるいは、

「ちょっと、もったいなかったかな?」

 という金銭的な面での未練も無きにしも非ずであるが、最後も考えは、少し冷めたものではないだろうか。

 副業として作ってはみたものの、蓋を開ければどうなるかを見て行けば、思ったよりも需要があるようだった。

 芸能人の亡くなるタイミングも、さほど悪くもない。遺族に声をかけるのもさほど困難でもない。ひょっとすると、遺族の方も待っていたのではないかと勘繰ってしまいそうなほど家族は、持ち上げ屋が来るのを待っていたようだ。

「主人は、以前時代劇に出ていましてね」

 と、残された奥さんが話し出す。

――そんなことは最初からリサーチ済み――

 とは思っているが、口が裂けてもそんなことを口走ってはいけない。

「そうなんですか? どんな時代劇ですか?」

 と訊いて、相手が何と答えようとも、時代劇など見たこともないだけに、答えようがない。

「そうなんですね? 面白そうですね?」

 であったり、

「私は、まだその頃は小さかったからですね」

 などとは言えない。

 なぜなら、

「そうなの? じゃあ、映像が残ってるから、掛けましょうか?」

 と言われる可能性が高い。

 そうなると、遺族の方も今までは、

「一人でも寂しくなんかない。孤独には慣れている」

 と思っていたとしても、急に人が現れて、死んでいった旦那さんのことを懐かしんでくれるのを感じると、まるで昔の若い頃に戻ったかのような錯覚を受けることになるかも知れない。

 相手の年齢に戻ったとしても、まるで息子、いや、下手をすれば息子よりも若い男性が話をしてくれることがどれほど癒しになるかを思い出すのだ。

 もちろん、それはそれでいい。相手をこちらの思惑通りに先導するには、寂しさに付け入るのは、一番手っ取り早いし、それしか方法はないはずだ。

 だが、あまり余計なことで下手に時間を使ってしまうのはよくないことだ。最初の段階で時間を使いすぎてしまうと、何と言っても一番問題の世間が、この芸能人の死を忘れてしまう。

「人のうわさも七十五日」

 などと言われているが、それはあくまでも悪いウワサのことであろう。

「どんなに誹謗中傷のような悪いウワサが立ったとしても、七十五日もすれば、人は忘れてくれる」

 ということの日にちはあくまでも適当であろうが、それはやはり悪いウワサの場合である。

 逆にいいウワサだったり、美談などは、皆ほぼあっという間に忘れていってしまう。箸にも棒にもかからないウワサなどは、もっとひどいもので、どんなにひどい目に遭っている人であっても無名な人のウワサは、どんなにつまらない話でも、その時の有名人のウワサには適わない。それだけ有名人というのは、影響力が強いのだ。

 今から十年と少し前くらいに、

「自費出棺」

 なる形態の出版社が流行したことがあった。

「素人の作品であっても、送られてきた原稿には目を通して、批評して返します。その際に出版に際してのお見積りをさせていただきます」

 という触れ込みだった。

 その出版社のやり口は、元々出版社に持ち込まれた原稿が、目も通されずに、ゴミ箱へポイという時代が長く続いたことで、

「うちは少なくとも原稿をしっかり読んで、筆者に感想を返す」

 というだけで、筆者は嬉しかった。

 出版社系の新人賞や文学賞に応募しても、審査の内容は一切非公開で、しかも、批評も何もない。それも当たり前のことで、一次審査などは、

「下読みのプロ」

 と呼ばれる連中が、文章として体裁が整っているかというだけを基準に選んでいるのだから、本当に内容を読んでいるかなど怪しいものだ。

 何しろ、一人一日どれだけの作品を読まされるかを考えれば、火を見るよりも明らかだ。やつらは、アルバイトのようなもので、本当に彼らの評価が自分たちの最低の評価ラインを満たしているかすら、怪しいものだ。

 それを思うと、評価を返してくれるだけでも、涙が出るほどうれしいものだ。

 しかも、その評価には、いいことはもちろん、悪いことも書いてある。いいことだけだと、いかにも上っ面の文章だけのようで信頼性はまったくなくなってしまうが、悪いことを書いたうえで、いいところをその後で書いてくれるのだから、本当に、

「痒いところに手が届く」

 というようなものだ。

 だが、やつらのいいのはそこまでだった。基本的に三種類の見積もり方法があると向こうは言う。

「優秀作品には出版社が全額を出資し、本を作成する企画出版。いい作品だが、リスクを考えるとお互いが折半して出資する協力出版。そして、趣味の出版ということでの、今まで通りの全額筆者の自費出版」

 である。

「自費出版は、出版社がなるべく贔屓目に見て安い価格で」

 などと言っていたが、信憑性もない。

 ほとんどは、協力出版(同業他社で微妙に名前が違うというおかしな現象ではあるが)として勧められる。

 そして送られてきた見積もりを見ると、ハッキリと言って、計算が合っていない。定価に部数を掛けた金額を、筆者に払えというやり方だ。

「そんなのはおかしい」

 と営業の人が掛けてきた電話で話をすると、

「本屋に置いたり、図書館に置いたりするのにお金がかかるからだ」

 というが、納得がいくわけがない。

「定価というのは、原価に対して、その分の経費すべてを上乗せして。利益になる分もすべていれて、定価を決めているんじゃないんですか?」

 というと、それに対してのハッキリとした回答はないのだった。

 当然、その作品で、協力出版などありえないので、断ることになる。

 筆者は、何とか企画出版を目指して原稿を送り続ける。そのたび、毎回同じ問答である。

 そういうのは、五、六回と続くとさすがに相手も痺れを切らしてくるようだ。

「これまでが私の力で、優先的にあなたの作品を出版会議に上げてきましたが、もうこれが最後です。今協力出版しなければ、もう、会議に上げることはありません」

 という、一種脅迫めいたことを言ってくる、

――ははん、これが相手の本音だな――

 と、筆者側もそう感じて、

「いいですよ。それでも送り続けます」

 というと、

「もう誰も見てくれる人なんかいませんよ」

 と言って、露骨にその声色が完全に変わっているのが分かる。

 完全に相手を脅迫している声であった。

「いいですよ。それでも」

 というと、今度は最後のお願いに入ってくる・。

「今だったら、お金を払って、出版したら、誰かに見てもらえるかも知れないじゃないですか。このまま作品を世に出さないというのは、あまりにも惜しい」

 と言ってきた。

 その前のセリフがなければ、ひょっとすると靡く筆者もいたかも知れないが、もうどんなにバカな筆者でも、ここまで言われいればそのセリフは焼け石に水だった。

 もちろん、相手もそんなことは分かっている。分かっていて。最後に捨て台詞を吐くのだ。

 それこそが、本当の本音であり、言いたかったことなのかも知れないと思った。言われた方は、ショックを通り越して呆れる気持ちが出てきて、電話口で相手を嘲笑う気持ちになった人も少なくはないだろう。

 そのセリフというのは、

「あなたのような素人には企画出版は百パーセントありません。出版社がお金を全額出すのは、最初から売れるかも知れないと思った人が書いて初めて企画出版になるんです。そんな人とというのは、芸能人か、犯罪者しかいませんよ」

 というものであった。

 バカにしているというのをはるかに超えていて、それを聞いた時、本当にバカバカしさから、鼻で笑っている人がどれだけいるだろうか。そんな連中に乗せられた自分が、どれだけバカだったのかを自分で嘲笑っているのである。

 人のウワサというのを聞いた時、この芸能人の話を思い出したというのは、その話を聞いた時、自分もまるで騙されたかのように思った証拠であろう。そんな気持ちになる自分がなぜ、このような持ち上げ屋と言われるような団体にいなければいけないのかと複雑な気持ちだった。

 このような集団はそれほど全国でも多くはないと思われるが、その中でも彼が所属している通称、

「ハゲワシ族」

 と呼ばれる団体は、このような組織の中で最初の頃に出来上がった集団だから、通称がついているという。

 昔は、もっとたくさん似たような組織はあったのだが、割に合わないであったり、あまりにも偶然に頼りすぎて、計画性がないなどという理由で、解散していくところが多かった。

 だが、このハゲワシ族は、なぜか昔のやり方を伝統として、ずっと続いてきている。本当であれば、新しいものを取り入れることをせずに、伝統にばかり頼っていると、そのうちに摘発されるというのが大きいのだろうが、実は、この業界は、昔からのやり方の方がいい場合もある。

 実は、このような闇業界ができた時も、今もそうであるが、世間一般には目立つものではなかった。逆に目立つということになってしまうと、そこは世間も警戒する。さらには警察も黙ってはいない。

 実際に警察もこの業界への手立てとして、他の闇の組織をも網羅する闇組織専用の部署を設立した。これはあくまでも、警察の既存の部署の名を隠れ蓑にしているもので、実際に公開された情報ではない。相手も隠すのだから、こちらがバカ正直にオープンにする必要もないということだ。

 警察の方も、法律(条令のレベルであるが)を密かに作っていた。しかし、業界の方もさらに抜け道を探すことになる。すると、警察もその抜け道を通さないようにするために、法改正を行う。それはまるで、コンピュータウイルスが蔓延っている時代に、お互いが開発競争を行っているのと似ている。それこそ、ハツカネズミが檻の中で、ひたすら丸い輪を漕いでいるかのようなものであった。

 つまり、警察がどんどん新しい法律を改正するようになるのだから、元々のやり方に戻れば、警察は手を出すことができない。もし警察が法律を元に戻せば、こちらはまた別の足り方をすればいいだけだ。

 警察は法律を一度決めたら、そう簡単に変えることができない。その点、組織の方は小回りが利く。相手をかわすことなど朝飯前のことだった。

 そういう意味では、他の勢力はどんどん商売替えをしてくれることで、商売敵は減ってくる。警察も法律が定まらないことで、手出しができない。これほど自由で広大な市場はないというものだ。

 どうしても運任せのところも大きいが、そのあたりを克服すれば。これほど、

「ぼろい商売」

 もないというものだ。

 ただ、一つの欠点は、この集団が、この手口に関してはプロ集団なのに変わりはないが、その他のことに関しては、まったくの素人、一般常識的な発想もなければ、知らない人が見れば、

「どこか足りないんじゃないか?」

 と言って、嘲笑われるのがオチだろう。

「まるでヲタクみたいだ」

 と思う人もいるだろう。

 ただ、何が一般常識なのかということである。ヲタクだって、それなりの常識を持って行動している。中には異常なやつもいるかも知れないが、ごくわずかな異常な人間のために、皆が悪く言われるのは理不尽というものだ。

 喫煙者の中でも心無い非常識な喫煙者がいるおかげで、謂れのない視線で見られてしまうことこそ理不尽である。禁煙車よりも、

「たった一部のバカどものために、自分たちまでも不心得者だと思われるのこそ理不尽だ」

 と思って、いるのは、一部の喫煙者だけだろうか。

 このような集団も、人から白い目で見られるようなことを本当にしているのだろうか?

 一体何がよくて何がいけないのか、誰が分かっているというのだろう?

 この団体が人を騙しているのだということを、団体の中で、一般の人は分かっているのだろうか。少なくとも、有名人が亡くなった時の寂しさを癒してあげるという慈善事業だと思っているはずだ。もし詐欺だと分かれば、集団はその時点で終わりなのかも知れない。

 だが、彼らのことを、

「詐欺だ」

 と言って訴えてくる人は誰もいなかった。

 よほどうまく立ち回っているのか、それとも本当の慈善団体なのか分からない、しかし、被害届が出ていない以上誰にも踏み込むこともできず、世間としては、悶々とした気分になっていたことだろう。

「ハゲワシ集団」

 なる名前は意外と知られていた。

 詐欺集団として知られているのであれば、分からなくもないが、まったく違うことで知られていたのだ。

 ハゲワシ集団というのは、持ち上げ屋をしながら、他にもいろいろなことに手を出していた。

 つまり、冠婚葬祭ディレクター出身の人であれば、芸能人の不幸に顔を出すのだろうが、それ以外の人も少なくはない。中には元プロ野球選手であったり、Jリーガーなどという人もいる。

 スポーツ選手の場合はどうしても、身体が元なので、怪我と紙一重のところでプレイしているプロ選手は、いつ怪我をしたり、身体を壊すか分からない。鳴り物入りで入団してきたにも関わらず、一勝どころか、一軍のマウンドに立つことのなく、戦力外通告を受けるというのも仕方のないことだ。

 そんな選手に対して、世間は冷たい。

「契約金泥棒」

 などという言葉が叫ばれるようになり、嫌な思いをすることになるだろう。

 そういえば、野球などで他国籍の選手を、昔は

「外人」

 と言っていた。

 しかし今では、

「外国人」

 と一般的に言われているが、実はこれは差別用語でも放送禁止用語でも何でもないのだ。

 ただ、

「外人と呼ばれることを嫌がるやつがいる」

 というだけのことで、別に外人と言っても、

「ガイジン」

 と言っても、それは、

「日本国籍を保有していない人」

 というだけのことで同じ意味になるのだった。

 どうも日本人は言葉に対して敏感なようで、

「放送禁止用語」

 なるものが存在する。

 差別用語であったりするのが一般的なのだろうが、読んで字のごとし、

「何かの理由でその放送で使用してはいけない言葉」

 ということのようだ。

 しかし、放送禁止用語と言っているだけで、別に法律で禁止されているわけではない。あくまでも日本には、

「表現の自由」

 が憲法では保証されているのだ。

 もし、妄想禁止用語が罪になるのであれば、法律的な根拠が必要である。

「相手を侮辱したり名誉を棄損したりするものであったり、個人の自由やプライバシーに抵触するものであれば、個人の尊厳の侵害であったり、個人情報保護法違反であったりするものだ」

 また、日本の放送界においては、いわゆる放送禁止用語というものは存在しない、あくまでも番組基準の解釈の中で行われる判断である。

 ただ、視聴者からのクレームなどがあった場合には、視聴者が絶対だということで、放送禁止用語とされることが多くなるであろう。いわゆる、

「放送コードに引っかかる」

 という程度になるくらいのものだ。

 外人ということばは、その放送禁止用語にさえも引っかからないのだ。

 横道にそれてしまったが、ハゲワシ集団における活動は、多岐にわたっているということであった。

 そんな中で、最近この団体が、文化的なところにも顔を出しているということが話題になっていた。

 それは、一流国立大学で有名な東阪大学の教授まで勤めた若狭教授が、この集団に入会してきたからだった。

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