第20話 つまらない日々【小長野視点】

【小長野視点】


 腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。

 腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。

 腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。


 校舎裏の小さなスペースにて、俺はタバコを吸いながら苛立っていた。貧乏揺すりが止まらず、ニコチンが全然足りない。


「こ、小長野さん、なんでキレてんだ……?」

「あれじゃね? 楠木莉音くすのきりおんにフラれたからじゃね?」

「お、おい……それは言ったらダメだろ……」

「あ」


 腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。

 腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。

 腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ、腹が立つ。


 舎弟に俺の機嫌が悪い理由を、ズバリと当てられたことに。こんなイケている俺が何度アプローチをしても、全然振り向いてくれない莉音りおんに対して。何もかもに対して。


「おい」

「あ、ご、ごめんなさい!!」

「謝って解決するなら……警察はいらねェんだよ!!」


 そう叫んで、俺は思い切り拳を振り翳した。


「う、うぐッ……」


 聡明な舎弟の腹に俺の拳が深く突き刺さり、コイツは膝を折ってその場に伏せた。腹部を両の手で押さえながら、口からは唾が垂れている。汚い。


 総合格闘技で鍛え上げた俺の拳は、レンガをも砕く。こんな拳を食らって、立っていられるヤツなんてない。試合はもちろんのこと、路上での喧嘩でも俺は負け無しだからな。


「二度と舐めた口聞くんじゃねェぞ」

「は、はい……ごめんなさい」


 再びドカッと床に座り込み、苛立ちを露わにする。あぁ、腹立たしい。


 俺は強い、俺は最強だ。

 それなのに、莉音りおんは振り向かない。

 顔だって俺は悪くないのに、何故だ。


 これまでにも何度もアイツを殴ったが、それが悪かったのだろうか。だが女は危険な男を好む生き物だから、それはまずないだろう。少しくらい乱暴な男の方が、女は惹かれる生き物なのだから。


 だったら何故か、理由がわからない。

 もっと殴る必要があるのだろうか。


 腹部は殴らずにいたが、解禁した方がいいのか。それか腕や足を折る勢いで、思い切り殴れば屈服するのだろうか。何にせよ、俺よりも男らしい男はいないのだから……さっさと振り向けばいいのに。


「もしかして……もっと魅力的なヤツを見つけたのか? 俺よりも強い男を知ったのか?」

 

 そういえば噂で聞いたことがある。

 最近、ものすごいバズっている男がいるという噂を。洞窟みたいな場所で、見たことのない怪物を討伐している男がいるという噂を。確かその男の名前は──


「おい」

「は、はい!!」


 俺は舎弟に話しかける。

 話しかけただけでビクッとするなんて、何とも情けない男だ。クソッ、腹が立つな。


「お前、ムサシって知っているか?」

「は、はい!! さ、最近有名ですね!!」

「その男、俺よりも強いと思うか?」

「いえ!! 小長野様の方が強いです!!」

「あぁ、そうだろう。わかりきっているよな」


 俺は強い、俺は最強だ。

 そんなこと、わかりきっている。

 だが女という生き物はバカなので、強さを測ることが苦手だ。少しばかり新進気鋭であれば、そちらの方に流れてしまう。本質を探れない生き物なのだ。


 だからこそ、俺が教えなければならない。

 俺の方が強く、魅力的だということを。

 すなわち──


「……ムサシとやらを、殺害するか」

「え……?」

「あ? 何驚いてンだ?」

「な、何でもありません!!」


 俺は強い、俺は最強だ。

 そのことを、莉音りおんにも教えてやらねェとな。まずはムサシとやらの場所を──


「──へぇ、俺を殺すのか」


 その時、どこからもなく男が現れた。

 長身美麗、いわゆるイケメンだ。

 そして男の背後には、莉音りおんが隠れていた。


「テメェが……ムサシだな!!」


 これは好都合だ。

 敵が向こうから、やってきたのだから。

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