第10話 イジメ配信

 次の日、俺は学校に赴いた。

 教室にたどり着いた途端──


「きゃぁああ!! おはようございます!!」

「緑山くん!! 今日もかっこいいね!!」

「きゃぁあああ!! 抱いて!!」

「抜け駆けは許さないわよ!!」


 まるで少女漫画のイケメンかのように、女生徒たちが俺の元へと寄ってくる。これまでであれば、こんなことはまずあり得なかった。まるで汚物を見るかのような、蔑みだけが俺を打ったのだから。


 そうか、これイケメンか。

 こんな景色が見られるなんて、思いもしなかったな。なんというか、最高の気分だ。


「ちッ……調子に乗りやがって……」


 女生徒からは人気だが、男子生徒からは良い顔をされない。その中でも一際、俺に対して殺気を送ってくる者がいた。


  椅子に座っていながらでもわかる長身に、色黒の肌。顔はそれなりに整っており、金色の髪が妙に似合っている。ただしその目つきだけは、まるでタカのように鋭く恐怖を感じるモノになっているが。


「……中角なかずみか」


 彼の名は中角悟史なかずみさとし

 俺のことを散々イジメてきた、諸悪の根源だ。俺の飼っていた亀を殺害し、両親やじいちゃんとの思い出が詰まったアルバムを燃やし、休み時間のたびに暴力を振るってくる……害悪だ。


 いつもだったら俺が教室に入ってくるやいなや、関節技を仕掛けてきたものだ。彼は総合格闘技を習っており、特に打撃を得意としているらしい。その為、寝技を強化する為に俺を練習台にしてきたのだ。


「……ちッ!!」


 俺が中角の顔をジッと見つめていると、中角は舌打ちを1つしてその場を後にした。いつもだったらこんなことをすれば激昂して、殴りかかってきただろうに。


 俺がイケメンになって、周りの反応も大きく変わった。特にイジメが無くなったことが、本当に嬉しい。こんな嬉しいことは、もうないだろう。


「……そういえば、アイツはどこに行ったんだ?」


 1つ気になることがあるとすれば、中角の行方だろう。アイツはトイレで俺に暴力を振るってくることが多かった。もしかすれば、俺がイジメられなくなったことで……新たな被害者が生まれたかもしれない。


 自分がイジメられなくなったことは素直に喜ばしいが、同時に新たな被害者を生み出したとなると……心象が悪い。なんだが自分が原因な気がして、気分が悪い。


「……少し尾行するか」


 そう呟いて、俺は教室を後にした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「よぉ、『ボコっちゃTV』だ。今日はこのブタ野郎を、死刑にしようと思うぜ」

「うぅ……やめてよ、中角くん……」

「うるせェ!! 殺すぞ!!」

「うぅ……」


 中角が向かったトイレに入ると、ヤツがスマホを片手に配信をしている様が確認できた。そしてヤツの前には、メガネをかけた太った生徒がいる。


 中角の言っていた『ボコっちゃTV』とやらを調べると、チャンネル登録者数89万人のチャンネルが確認できた。そしてどうやら現在配信中であり、配信画面には中角の姿が映っていた。どうやらこのチャンネルは、間違いなくアイツのチャンネルらしい。しかし……まさかアイツがこんな人気者だなんて、思いもしなかったな。


(超陰キャじゃんw)

(殺せw ぶち殺せw)

(やれ!! ボコボコにしろ!!)

(できるだけ凄惨に!! 殺せ!!)


(イジメなんてやめろ!!)

(そうだ!! 何が楽しいんだ!!)

(お前みたいなやつ、さっさと死ね!!)


 ヤツのコメント欄は、賛否両論だ。

 イジメを増長する、趣味の悪い連中。

 イジメを制止する、正義の連中。

 ヤツのコメント欄は、颯のように加速する。


「ぎゃはは!! そうだな!! コイツをボコろう!!」


 中角はメガネの生徒の腹を殴──


「おい」


 ──ることは叶わなかった。

 俺が脱兎の如く駆け、中角の腕を掴んだからだ。中角の腕はメガネの生徒の腹に命中することはなく、空を殴るに済んだ。


「キミ、さっさと帰りな」

「あ、はい!!」


 そしてメガネの生徒は、その場を去った。


「あぁ? テメェ……何様のつもりだ?」


(ちょw 邪魔者じゃんw)

(てか、スゲェイケメンじゃん!!)

(誰だよコイツ、ちょうど良いところなのに)

(誰でもいいわ!! 紹介して!!)


 中角のコメント欄が加速する。

 ソレと同時に、俺は片手でスマホを操作して、自身のチャンネルを開いた。そして、配信を始めた。


「みなさんこんにちは、ゲリラ配信を行います」


(お、なんか始まったぞ!!)

(今度はどこを攻略するんだ?)

(まさか、トイレか?)

(ってか、目の前にいるのって、ボコっちゃTVの中角じゃね? 俺、コイツ嫌いなんだよね)


 どうやら視聴者の中にも、中角のことを知っている者がいるらしい。そしてその評価は、かなり低い様子だ。


「皆さんもお気づきの通り、コイツはボコっちゃTVの中角です。そして今から──制裁配信を行います」


(制裁配信!?)

(絶対に面白いじゃん!!)

(やれ!! 中角を殺せ!!)

(イジメっ子に、粛清を!!)


 コメント欄は、案の定活気を得る。

 皆、イジメっ子は嫌いなのだ。


「ちッ……売名行為か?」

「さっきも言った通り、制裁だ」

「正義のヒーロー気取りか? ウゼェな」

「お前も俺のことが、大嫌いなんだろ?」

「……そうだな。これはチャンスだな!!」

「あぁ、初コラボを開始しよう」

「テメェからケンカを売ってきたんだぜ!! 恨むなよ!!」


 そして中角は、拳を振り上げてきた。

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