第9話 登録者数10万人

 その日の晩、寝ている間に激痛が走った。

 全身を引き裂かれるような、あるいは砕かれるような、そんな耐え難い苦痛が全身を襲った。だがしかし、そんな痛みを負っても、俺の睡眠欲は落ち着くことなく……すぐに意識を失った。


 数時間後、俺は洗面台の鏡の前で硬直していた。理由は単純で、鏡に映る姿は──昨日と違ったからだ。醜いデブの姿は、そこにはなかったからだ。


「…………………………誰?」


 かつてはちぎりパンのようだった腕は、筋張った漢らしい腕に。かつてはブヨブヨの大根のようだった脚は、シュッとした美脚に。かつては白い壁のようだった腹は、綺麗なシックスパックに。


 一見すると華奢ながらも、その実は引き絞られた筋肉を携えた完璧で究極の細マッチョボディ。身長は190センチを超え、体重は80キロはあるだろう。


 身体に負けず劣らず、顔面も優れていた。

 日本人離れした、色白の美形顔。

 アイドル顔負けの、中性的なイケメンだ。


「…………………………誰?」


 鏡に映るのは、醜いデブではない。

 正確には、デブの面影が若干ながら残っているだけの、ほとんど別人のイケメンの姿だった。思わず見惚れるほどの、究極の美形だった。


 鏡の中の美形は、俺と同じ動作をする。

 俺が顔に手を触れると、同じく鏡の中の美形は顔に手を触れる。俺が頬を引っ張ると、同じく鏡の中の美形も頬を引っ張る。


「まさかとは思うが……これは俺か?」


 昨日、寝ている時に激痛が走った。

 だが眠気には抗えず、すぐに寝たのだが。


 意識を失う前にバキバキという、何かを折るような音が聞こえたのだが……まさか肉体が変容する音だったのか?


 信じがたいことだが、信じる他ないだろう。

 俺は確実に変わった、超絶美形に。

 理由はおそらく……【肉体強化】だろうな。

 肉体が強化されたから、こんな身体に変容されたのだろう。知らないが。


「イケメンになったことは素直に嬉しいけれど、こんなに変化して……みんな俺のことを認識してくれるだろうか?」


 前の俺の姿と、あまりにも違いすぎる。

 その為、別人という扱いを受けるかもしれない。DNA鑑定や指紋鑑定を行えば同一人物だと証明できるだろうが、わざわざそこまでしないといけないことが億劫だ。はぁ……世知辛いな。


 とりあえず、真っ先に解決しないといけないことは……衣服の問題だな。今着用しているパジャマもそうだが、身体が大きくなったことで丈が全然足りていない。横幅は問題ないのだが。


「とりあえず、その辺の問題は後で解決しよう。今は……あれから登録者がどうなったのか、それだけが気になる」


 ボス戦後、登録者は1万人を超えていた。

 あれから数時間、果たしてどの程度増えているだろうか。5万人ほどになっていれば、とても嬉しいのだが──


「……え」


 スマホを開いた途端、絶句する。

 そこに記されていた数値は──


「と、登録者数……10万人!?!?」


 俺の予想よりも、はるかに多い数字だった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 


 どうやら昨日の配信は、ネットニュースになっていたらしい。大手メディアには取り上げられていなかったが、中堅のメディアが取り上げていたようだ。そのおかげもあり、俺は大きくバズったようだな。


 さらにいくつかの掲示板やSNSにて、昨日の配信に対する考察が行われていた様子だ。あれはCGなのかそうでないのか論争という、謎の戦いが繰り広げられていた。魔法という意見を述べている人もいたが、そういう人は嘲笑の対象にされていたな。合っているのに。


「しかし……まさか一晩でこんなにバズって、しかも大金を稼げるようになるなんてな」


 ベッドの上で、そう呟く。

 昨日のスパチャ額は、合計43万円。大金だ。

 こんな金を一晩で稼げるなんて、最高だな。


 こんなに稼げるのだから、バイトを続ける理由はもうないだろう。つい先ほど電話にてバイトを辞めることを告げたし、俺を縛るものは何もない。最高の気分だ。


「何よりも……何故か昨日の配信に映っている姿が、今の姿だったのが驚きだな。同時に説明の手間が省けて、嬉しい限りだ」


 昨日の配信に、かつての俺の姿……つまり醜悪なデブの姿はなかった。そこに映っていたのは美形の俺が、不器用ながらに魔物を倒す麗しい姿だけだった。コメント欄も絶賛の嵐だった。


 これはどういうことなのか、さっぱり理解できない。現実が改変されたのか、はたまた別の要因なのか、偏差値の低い俺の頭脳では理解できない。


 だが何はともあれ、良いことだな。

 説明をする必要が省けたのだから。


「服も買えたし、とりあえずは順調だな。こんなイケメンになったし、イジメもきっとなくなるだろう」


 イジメっ子は、自分よりも劣った者に対してイジメを行う。イジメっ子は精神的に弱者なので、他の弱者よりも優位に立っていなければ不安で仕方がない生き物なのだ。愚かで醜悪な、ゴミなのだ。


 俺がこんなイケメンな姿になったのだから、きっとイジメもなくなるだろう。仮にイジメられたとしても、今の俺には魔法があるから……返り討ちにできる。


「相変わらず要因も理由もわからないが、気分だけは爽快だな」


 俺の人生が好転している。

 そんな気がした。

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