第2話 魔法師

「……とりあえず、ある程度把握は出来たな」


 この汚部屋に来て、早2時間。

 最初こそステータスや『ジイボンの魔法書』に困惑したが、魔法書に目を通したことで色々と理解できた。相変わらず尻は痛いが、そんなことは今では気にならない。


 『ジイボンの魔法書』曰く、この書物の文字を読める者は魔力が宿っているらしい。そして魔力を消費することにより、魔法が発動できるという。……ネット小説みたいだな。


「最初は疑ったが、まさか……本当に発動できるとは思わなかったな」


 右手を掲げ、集中する。

 そして──


「《下級の火球ファイア・ボール》」


 魔法書に記載されていた呪文を唱えた途端、右手のひらに熱を感じた。そして、ゴルフボールほどの大きさの火球が顕現した。


【スキル:火属性魔法を習得しました】


 目の前に現れた、半透明のウィンドウ。

 よし、これで新たなスキルを獲得した。

 これで、3つ目だな。


「よし、ステータスオープン!!」


 魔法書に記載されていた呪文を唱えると、新たな半透明のウィンドウが表示される。そこには、今の俺のことが記載されていた。


────────────────────

【名 前】:緑山武蔵みどりやまむさし

【スキル】:火属性魔法 Lv1

      雷属性魔法 Lv1

      氷属性魔法 Lv1

────────────────────


 《下級の雷球スパーク・ボール》と《下級の氷球アイス・ボール》、そして《下級の火球ファイア・ボール》を唱えたことにより、俺は3つのスキルを獲得した。魔法を唱えただけでスキルを獲得できるなんて、チート主人公みたいな特性だな。


 理由は不明だが、俺はネット小説の主人公のようにステータスが見えるようになった。この力を用いれば、イジメてきた連中に報復が出来るだろう。いや、報復もいいが……このスキルを披露している様を動画サイトで配信すれば、大金を稼げるかもしれない。バイト生活からオサラバだ。


「……そんな希望を抱くのも、この部屋から脱出出来たらの話なんだが。はぁ……いつになったら、この部屋から脱出できるんだ?」


 畳に寝転がり、そう呟く。

 煎餅布団ではあったが、それでも家の布団が恋しい。薄すぎて布団の役割を全う出来ていない布団だったが、ボロボロの畳の上で雑魚寝をするよりは格段にマシだろう。


 後ろの扉は、一向に開かない。

 窓の向こうには、変わらず闇が広がる。

 暗澹としており、ドンヨリしている。 


 魔法書にも一通り目を通したが、最初の数ページ以降は白紙だった。記載されていたのは、ステータスについてと魔法について。それと先ほど習得した3種の魔法についてだ。


「俺……一生このままなんだろうか」


 魔法が使えるようになった、これは素直に嬉しいことだ。何の特技も個性もなかった俺が、世界で唯一の魔法師になったのだから。ネット小説の主人公のような、特殊な力を手に入れられたのだから。


 だが……せっかく力を得ても、この空間から脱出できなければ……何の意味もない。スマホの電波が届かない為に救援も呼べず、俺はこの異常な空間で骨になるのだろう。あぁ……無情だ。


「ようやく……頑張れると、思ったんだけどな」


 と、そんな呟きをした時だった。

 背後の扉が、急に輝きを増したのだ。


「え……?」


 立ち上がり、ドアノブを捻る。

 すると──扉は開いた。


「……焦らしやがって、ドSかよ」


 そんな呟きと共に、俺はようやく扉から脱出することができた。もちろん、魔法書を片手に抱えて。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 扉を抜けた先に広がっていたのは、洞窟を彷彿とさせる空間だった。壁には等間隔でロウソクが備えられており、地面は若干湿気ている。


【10層までダンジョンを進めてください】

【クリア報酬:肉体強化】


 唐突にまたしても、ウィンドウが表示される。まだ家に帰れないことに落胆したが、しかし表示された文字列に若干の喜びを感じた。


「ダンジョン……中々燻るな」


 俺は16歳の少年であり、ネット小説が大好きだ。故にダンジョンを無双する主人公には、何度も憧れた。寝る前の妄想で自分がダンジョンを無双する妄想も、何度も行った。


 このダンジョンの難易度がどれほどなのか、それはまるで予想がつかないが……少しだけ楽しくなってきた。よくあるネット小説では特定のフロアまで進めると、帰還用のゲートが出現するので……もしかすると10層まで進めることで帰れるかもしれない。


「しかし……ダンジョンということは、魔物も出現するのだろうな。俺……戦えるだろうか」


 視線を下げると、そこにはポッコリと突き出た腹が目に入った。身長155センチ、体重98キロ。まんまるな球体ボディに違わず、運動神経はかなり低い。握力なんて10キロしかない。


 魔法こそ使えるが、身体能力がゴミすぎる。

 こんな状況で戦えるのか、少し不安になってしまうが……やるしかないか。どっちみち10層まで進まなければ、俺は帰れないのだから。


「さて……挑むか……!!」


 クリームパンのような拳をギュッと握り締め、俺は進んだ。10層という、ゴールに向かって。

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