しょうき

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 ショウケガヤ、という場所で聞いた話だ。ただ、前提知識が必要そうだから、先に述べていこうか。


 かなりセンシティブな話になるんだが、まずはこれから話さないとな……「優生思想」って知ってるかな? 遺伝子情報の中でも、悪いものを削り、良いものを残していこうという考えのことだ。とはいっても、後天的な遺伝子の改変なんて、現代の科学でも不可能なことだから……発案された当時にも、現実的な手段として「悪性遺伝子の排除」、つまり子孫を残す権利を上から押さえつけることになった。

 ナチスの悪行のひとつとして知れ渡っているし、発案者は欧米人だ。しかし、日本でもこの恐ろしい考えは流布していた。えた・ひにんなどの部落差別ではなく、奇形児を産婆が殺害する「石打ち」という風習だ。障がいを持つ子供を閉じ込める座敷牢という場所も実在した。現代の思想からすれば異常なことかもしれないが、抱えきれないものは実際にあったようだ。


 ショウケガヤの話に戻るんだが――こんなところに村があるのか、と思うほど立地が悪くてね。山奥でもあるし、電車もバスもかなり低い麓の方までしか来ていない。それというのも、十年単位で噴火する活火山の近くだからなんだ。もともと山本……鉱物を採りに行く友人についていっただけだから、火山に関する信仰でも聞ければと思ったんだが……それよりも先に、気になることがあってね。

 老人らしい老人がいないんだ。言っちゃ悪いがひどく田舎で、古い日本家屋どころか何百年ものかもしれないくらいのボロ家まである場所だった。ところが活発な若者もいる、惚れ惚れするような御仁やマダム、矍鑠として背筋の伸びたご老人までいる。じつはドッキリなのか、もしくは移住者の村なのかとも思ったんだが、どうやら違うんだ。ショウケガヤの歴史は七百年ほど遡れるらしい。とんでもないことだよ。

 皆さんどうしてこんなに健康なんです、とお尋ねしてみたらね、ショウケのおかげですという答えが返ってきた。村の子供たちが七歳になると、村祭りで選ばれた子供以外をナサリフチという洞窟へ連れて行くんだそうだ。すると、皆が健康優良児に育ち、この村をいっそう盛り立ててくれるんだ、ということだった。

 おかしいと思うだろう、“以外”だよ? こういった儀式だと、選ばれた人間が何事かを為すのがふつうだ。生贄の儀式や祭事の巫女だって、たったひとりを選ぶものだ。そこでなぜ少数を残して多数に儀式を行わせるのか……ここが分からなかった。そのときに聞いた話はそれで終わってしまったんだが、麓の村の資料館にお世話になって、さらに詳しい情報を得てきた。結果は、……恐ろしいものだったよ。


 間引き、という概念がある。村全体の食糧生産に対して、あぶれたもの……養えない子供を捨てたり売ったりするというものだ。火山ガスが流れてきたり、火山灰が降り注いできたりする厳しい環境が豊かなはずがない。石打ちのようなこと以外にも、育てられない子供をどうにかする必要がある。最初のナサリフチは、間引きの場所だったようなんだ。

 ところが、なんだが……写真を見る限り、とてつもなく急な斜面と崩れやすそうな崖、それに火山ガスが流れ込みやすい窪地。そんな自然の悪意としか思えないような場所での死者は、記録されている限りいないんだよ。滑落による骨折や打撲やそこからの衰弱、そうでなくとも二酸化炭素や硫化水素に関連するガス中毒。常識で考えたって、死因はいくらでも出てくる。何十人という子供が、いくら大人が先導しているからといって、一人もケガせず無事に帰ってくることなんてできるだろうか?

 そう、そこもおかしい。あの村の人口……若年層の人口は多すぎる。老人がいないから相対的に多く見える、じゃあない。どの年齢層にも比較的均等にばらついていて、そのうえで小さな子供や若者が多いんだ。あんな僻地で子育てをしようだなんて、とてもじゃないが考えられるものじゃないよ。日用品の調達もそうだ、遊び場もない、病気になったらどうする、村の医者がいたって対応できる人数も設備も限界があるだろう。

 あの村は、間引きを“すべき”場所なんだ。人が住もうと思うなら、限界まで切り詰めなきゃ生きていけない。あの村で子育てをすること自体が無茶で、本来なら掘っ立て小屋みたいな家が数軒立つかどうか、というくらいのはずだった。


 見つけた資料だと長者のお話だったんだが……ろくろくしゃべれもしない、服もまともに着られない少年が、ナサリフチに放り込まれたという話が記載されていた。あの場所に放り込めば死ぬだろう、と……少なくとも、そのときの村人はそう思っていたんだろうね。ところが、少年は奥に隠されていた黄金を持ち帰り、人が変わったように働き者になって、村一番の長者になりました――と。いや、ふつうのお話なんだがね。

 それ以降のショウケガヤの人々は、それにあやかったのか、健康に不安がある子供やかんしゃく持ちの子供、頭が弱い子供を選んではナサリフチに連れて行くようになった。いつしかそれは、村で有数の優れた子供以外をすべて、とすり替わったようだ。誰だって子供には健康になってほしい、出世もしてほしい。そういった願いが、風習を定着させていった。七百年の盤石な歴史を紡ぐまでになった。飢饉や災害の記録がひとつもない、あまりに完璧な村ができあがった。

 いや、そもそも……あの山は火山なんだろうか? 人が死ぬのと、人が死なないのと、どっちがおかしいだろう?


 うん? うん、……これが山本の連絡先だよ。ナサリフチに滑落して帰ってきてね。もしよければ、ここに呼んでもいいんだが。

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しょうき 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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