3


 僕らは城壁の上に戻った。


 僕は先生に言われた通り、適当に魔法陣を床に、石灰石で描いていく。


 海の向こうから朝日が昇りだしていた。


 反対側を見ると、太陽が、包囲する敵の大軍隊を照らし出している。


 大量にはためくキスレブ国旗。


 真っ赤な鎧が陣形を組んで、野原が広がって王都郊外を真っ赤にしていた。


 見るも完璧な魔法陣風の落書きができると僕は、先生がいるところへ戻って行く。


 モギゼコール先生は、王様や見るからに偉いだろうという服を着ている人たちが座っている、その横に座っていた。


「あとは、敵が攻撃してくるのを待つだけでございます」


 僕が戻ると、先生が、王様にぼそりと言う。


「そうか、大丈夫なんだろうね」


 王様がタプタプした顔を揺らして尋ねた。


 この、国の運命を託されたモギゼコール作戦に、王様も直直に見に来たのだ。


 カーン将軍は、さっきからずっと僕達と王様立の間を忙しく往復をしている。


「降伏はしないあまを、伝令に伝えさせた」


 王様が、タプタプした顔を強張らせながら言った。


「大丈夫なんだろうね……モギゼコール氏の言う通り、城門も開けた……」

「はい。おびき出すため、圧倒的な実力差を見せるために、これで良いのです。国王や高官たちも立ち会う光栄、しっかり務めさせてもらいます」


 先生がゆったりと言う。」


 先生の顔が、無表情だった。


 それから、しばらくして、


「敵軍、先陣が突撃を開始しました!」


 伝令が駆け込んでくる。


「来たか!」


 将軍が立ち止まった。


 王様達が城壁の端まで行き、様子を眺め出す。


 城外を埋め尽くす赤い隊列は一糸乱れぬ行進で、王都に向かってきていた。


 眼下に広がる敵の大軍隊に、立ち会う王様たちが生唾を飲み込む。


「始まったぞ!」


 カーン将軍が、先生に詰め寄った。


「早く、魔法を使え!」


 と怒鳴る。


 先生はゆっくりと立ち上がり、


「今やるよ」


 城壁の端まで歩いて、下を見下ろした。


 じーっと見つめる。


 敵は開いている正門に向かって、なだれ込むように突撃していった。


「何をしている! 魔法を! お前の言う通りにやってきたぞ、皆殺しにしろ!」


 将軍が怒鳴り散らす。


 モギゼコール先生は無視しつつ、目を瞑り両手を上げた。


 瞬間、辺りにブンブンと、空気の震える音が鳴り響く。


「これは!?」

「これが例の!?」


 王様や偉い人達が、空間のうねりに怖がり始めた。


 近くの人の体をぎゅっと握っている。


 その横で、将軍がにやりと笑っていた。


 先生の右腕の先の空間は、激しく振動し続ける。


 その振動で、城壁が震えだした。


 城壁の石の割れているところがさらに割れ、足元の小石がぴょんぴょん跳ねだす。


 大地、空まで揺れているように感じた。


 どんな強力なのが来るんだ……?


 先生の右腕の先は、さらに振動を増しつづける。


 やがて、激しい音を立てて、輝き始めた。


「皆、伏せろ」


 先生がそう言った、次の瞬間、鋭い光と共に稲妻が起こる。


 僕は姿勢を低くし、目を閉じた。


 口を結び、耳をふさぐ。


「あああああああああああ!」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ぃいいぃぃぃぃぃ!」


 たくさんの悲鳴が聞こえてくる。


 長い間、蹲った。


 どれくらい、そうやって蹲っていただろう……。


 辺りが急に静かになった。


「……どうなったのだ……?」


 カーン将軍の、気がかりそうに尋ねる声がした。


 僕は、目を開ける。


「全力尽くしましたよ」


 先生が、ため息交じりにそう言った。


 そして、ふらりと後ろに下がる。


 入れ違いに、将軍や王様や偉い人達が城壁から眺め出した。


 眺めた途端、皆が、絶句する。


 僕は、眺めに行かずに、先生にさよならの合図をした。


「なんという力! 全く凄まじい!」


 カーン将軍が、喜びの叫びをあげた。


「これが魔法! なんという力!」


 王様がはしゃぐ。


「全滅か……? おい、どうなっている将軍。まだ後方部隊が、敵の将軍も生きてるぞ」

「何、敵方はもう3分の1になりました。すぐにさっきの雷で殺せますでしょう」


 将軍が自信気に答える。


「あの雷なら、10万の敵も皆殺しですよ」

「そうかそうか!」


 王様と偉い人達が、握手したり、飛び上がったり、大騒ぎで喜んでいた。


「報告申し上げます!」


 慌ててきた伝令が、将軍に敬礼をする。


「わが方の損壊、多数! 待機していた第1から第11までの部隊が壊滅しています。その他、武器庫が崩壊、半分ほどの兵士が消滅しました。く、詳しくはただいま状況を把握中でございます」

「何!?」


 将軍が、固まった。


 王様達も固まる中、


「モギゼコール氏よ」


 将軍は、先生を探し始める。


 でも、もう先生はいない。


「どうした、モギゼコール氏はどこへ?」


 王様も、キョロキョロ探しながら尋ねる。


 みんなが作戦成功だとおもって大喜びしていたので、皆、先生がすでにいなくなったのに気づかなかった。


 その時、鎧を着た兵士が慌ててやってくる。


「カーン将軍、報告です、モギゼコール氏が、逃げ出しました!」

「逃げただっ?」

「ケガ人多数! 炎を! 炎を手から出し、傍に近寄れず! 護衛部隊は、内部の消火に動いています!」

「そんな事より、すぐに後を追え!」

「そ、それが追えません! 軍馬、チャリオット、全て破壊されました! 急に爆発が起こって、粉々に! いったい何が起こっているのか……」

「……どういうことだ……?」


 将軍は困惑してしまっている。


「なぜ、逃げる……」


 王様が、バッと僕を振り向き見た。


「お前、何か知っているか……モギゼコール氏は何を考えている?」

「……わ、わかりません。ただ……」


 僕は王様に頭を下げ、ポケットから紙切れを取り出す。


 誰とも目を合わせたくなかった。


「先生から、さっき、この手紙を渡されて……」


 言ってる間に、ウソがばれるのではと、びくびくしていた。


 僕の手から、カーン将軍が紙切れをひったくった。


「将軍、読み上げてみたまえ」


 王様の命令に、将軍は将軍が紙切れを広げ、読み始める。


『私は、この魔法の力を、強力な兵器として使う事にしました。このことは、カーン将軍のおかげで閃いたのです。将軍の言う通り、解決などありません。戦争がある限り平和も来ません。なのでこれから私は、平和的兵器として、この世の最強兵器として、戦争を行う者たちすべての敵となります。戦争を起こす者、起こそうとする者を、見つけ次第殺して回ります。これで100年続くこの戦争に、決着がつかせます。

                               モギゼコール』


   ◇


 心配していたおじさんは、先生の雷の中、生き延びていた。


 再び僕は、おじさんと新聞社で働きだす。眠気眼をこすり、毎日働く。寝てないと、ホントにつらい。でも頑張らないと……。


 先生が旅立って2か月。国中はずっと大騒ぎだった。


 新聞社は、この謎の事件の続報を待つ市民のために慌ただしい。


『ガンキ国境基地、全滅。カーン将軍は魔人モギゼコールの手によって行われたと発表』


『キスレブ湾に停泊していた連合艦隊が、魔人モギゼコールによって壊滅された』


『アーヴ軍基地が突如爆発、死者多数』


 そして、


『昨夜、シェバト軍基地で火災、炎は1日経っても勢い止まず』


 先生の記事は、何度も一面を飾った。


 記事を見るたびに、託された使命を思い出しては、僕は緊張する。


「明日も、魔人モギゼコール。この破壊活動は止みそうにない、本気で世界中の戦ってやがる……たつたひとりで……」


 おじさんが、つぶやく。


 魔人モギゼコール……そんな風に言われてるのがね僕はちょっと悲しかった。


「おい小僧、手が止まってるぞ」

「あ、はい、すいません」


 向かえの机の人に注意され、僕は翻訳を再開する。


「まったく、いつも眠たそうにしやがって」

「すいません」


 モギゼコール先生には、全世界の国がたまりかねて、共同で手配書を出した。


 賞金は……0がこんなに並ぶのは、前におじさんに見せてもらった国家予算ぐらいだ……。


「いったい、あの爺さんはどこに隠れてるんだ……」


 おじさんがつぶやく。


「西山山脈の奥に隠れ家がとかいう情報があるよ」


 おじさんのつぶやきが聞こえて、右隣で作業していた人がつぶやいた。


「いや、アーヴの下水道に住処がある、というのもある」

「キスレブの廃墟だという話が一番信憑性があるぜ」


 向かえと斜向かいの机の人が、続けて言う。


 世界中で、うわさが立っていた。


 だけど、先生の居場所は、誰もつかめていない……。


「賭けて良い、モギゼコールは絶対に見つかるもんか」


 おじさんが自信気に言った。


「平和をもたらす英雄だ。世界中がモギゼコールの味方。どんなに賞金掛けたって無駄さ。絶対に掴まらないように皆が匿ってるんだ。わざわざ隠れる必要なんかあるもんか」

「モギゼコールがいるかぎり、戦争は起こらない……こんなことになるなんてなぁ、去年まで信じられないよ」

「魔法で、片っ端から破壊されるんじゃなぁ……」

「ずっと続くのか? もうホントに戦争なんてないのか?」

「いや……こんな平和、あと10年くらいだ……」


 おじさんが少ししょんぼりして言った。


「あの爺さんだ、もう長くない……死んだ瞬間、世界は元通りさ……。皆が我先にと武器を作り戦う準備をする。また戦争が始まる……」


   ◇


 仕事が終わると、僕は一目散に家に帰る。


 食事を素早くすまし、机に向かった。


 先生から渡された紙の束を、引き出しから取り出す。


 53枚もある紙には、小さな文字で埋め尽くされていた。


 ここに書かれているのは、魔法の使い方だ。


『魔法の訓練と研究をしてきて、わしは、どうやら私の体が異質であり、そのせいで魔法を使えるようになったらしいことが判明した。しかし、研究の末、わしは、誰もがこの魔法を使えるようにできる精神訓練法を編み出した。理論が正しければ、ロッサにも使えるようになるはず。きっとロッサ、君が私の研究の証明になるだろう。魔法を素質のない者も使えるようにしたため、純粋な魔法とは差別化し、この方法を魔術と呼ぶことにしよう。』


 ……誰でも、魔法が使えるようになる魔術……。


 僕は今日も、その訓練だ。毎日夜中までやってるから、毎日眠くて仕方ない。でもやらないと……。


 僕は部屋の床に、拾ってきた手の平大の石を置く。


 先生並みにならないといけない。


 それが僕の、先生から託された使命だ。


「わしが死ねば、世界は戦う準備をし始め、また戦争の世が始まってしまうだろう。ロッサ、わしの後を継ぐんだ」


 そう言って、これを渡された。


 先生の跡を継がないといけない。


 先生が死んじゃう前に、僕が強力な魔法を使えるようにならなくては。


 この平和を維持するために。


 先生の残した紙を横目で復習しつつ、僕は魔術を使った。


 瞬間、床に置いた石がスッと、浮かびあがり、落ちる。


「よし、この調子……」


 この2か月間、やる事に、高く浮かび上がっていた。


 先生の理論は正しかった。


 僕らの家系は長生きだから、何十年も平和が続くだろう。後継者も探し、永遠に平和な世界を続かして見せるよ、先生……。

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魔術の生まれた日 フィオー @akasawaon

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