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 僕は、おじさんと新聞社で働きだした。毎日働いて大変だけど、ぐっすり寝てたら全然平気だ。


 おじさんが働いているところは、世界中からありとあらゆる情報が送り込まれて来ていた。


 僕のいる部屋は机が8つ並べられて、おもに海外の記事の担当だ。


 紙に埋もれた室内に埋もれるように、おじさん達は働いている。


 皆、僕に不愛想で、名前も何も知らない。とくに向かえの人は厳しく当たって来た。


 僕の机もちゃんとある。叔父さんの左隣だ。そこで1日中、送られてくる情報の翻訳している。


 ……先生が旅立って20日後、国中が騒ぎになる。


 新聞社は、この謎の事件の続報を待つ市民のために慌ただしい。


 今まで戦争の記事ばかりだったのが、今や隅に追いやられている……。


 おじさん達の作った記事によると、青海地方に突然できたため池は、35ベクータルという巨大なものだそうだ。


 モギゼコール先生は、目撃者には口止めしていたそうだけど、やはり急に完成したため池に、政府からの追及に、皆、隠すことはできなかったっぽい。


 そりゃそうだ……先生も作るなら小さいのにしたら良かったのに……。


 ため池を作った老人は、作り終えると忽然と姿を消したと書いてある。


 その横に、王様が、先生の懸賞金を出した記事がデカデカと載っていた。


 それから5日後。


 次号を早速見てみると、3日前に西山地方で崖崩れで通れなくなった道を魔法で直して去った老人の記事が載っていた。


 それから4日後。


 アーヴ砂漠に巨大な湖ができたという記事が出た。


 王様は、その湖を作って去って行ったという老人を探しに兵士を送り込んだ、と書いてある。


 ただ、この日の新聞の一面は、僕らの軍隊が敗北し、この王都に迫っている、という記事だった。


 先生の話は、もう誰もしなくなっている……。


 敗戦が続くと、皆が、再び戦争に夢中になった。


 この前までは、やり返すは憎しみの連鎖とか書いて、戦争反対だった記事ばかりだったのが、何時の間にか、国民全員で危機を乗り越えるべし、戦いに備えるべし、という記事しか載ってないようになっている。


 辺りを見渡してみても、誰も戦争反対など、言わなくなっていた。


「もう、こうなったら新聞なんて、政府の情報伝達手段にしかならなくなったぜ」


 おじさんが、そんな事を僕に愚痴ってきた。


 それから20日後。


 ここ王都は、キスレブ軍に包囲されてしまう。


「籠っても、食料が尽きて餓死するだけだから、降伏か攻撃しかない……」


 そう言って、おじさんがお酒をグイと飲みほす。


 そんなおじさんはすごく酒臭かった。


「降伏を叫ぶ者はいない。そんなことしたら回りがどう思うか知っているからな……戦いは避けられない……」


 酒瓶がたくさん転がる床に寝転がりながら、おじさんが、そんな事を僕に言い続けている。


 僕は降伏か攻撃、どっちになるんだろうと悩んでいたから、なるほど、と思った。


 今日の朝に、政府からおじさんへ武器が配給された。


 おじさんのところに来た剣と盾は、父の物より悪い代物だった。


「なんとか、かき集めたのだろうが、もうちょい良いのはねぇのか」


 おじさんが愚痴る。


「今晩、攻撃するらしい……」


 この日、おじさんはお酒を飲んでいなかった。


 その日は、街中がざわざわしていた。


「俺も行かなくちゃならない……あきらめるしかない。……ロッサ、食料の隠し場所は覚えたな、負けたらそれを食え、奪い合いになるから誰にも言うんじゃないぞ。……じゃあな……」


 おじさんは日が暮れ時に、わざわざ僕のところまでやってきて、別れの挨拶をしてから城へと向かった。


 大人は全員、ポロい武器を持たせられて駆り出されたらしい。


 つまり、街は今、女の人と子供だけなんだ。


 僕は、夜に眠れず、ぼけーっとした。


 静かだった。


 でも城壁近くでは、大変なんだろうなぁ。僕は、こうのんびりしてて良いもんなんだろうか、おじさん達が戦っているというのに……。


 ……今晩中に決着がつくんだろうか……。


 そのうち、だんだん眠くなってきて……と、そんな時だった。


 物々しい鎧を着た兵士が何人も来て、僕は城へと連れて行かれる。


   ◇


 いつも遠くで見ている城の中に入って行くのは、凄くドキドキした。


 長い廊下と、階段をいくつか通って、国旗が一杯掲げられている部屋に通される。


 室内には、20人くらいの兵士達がピシッと立っている中、カーン将軍がだらりと立っていた。


 金色の鎧と赤いマント、禿げた頭に、モサモサの髭。新聞で見た絵とそのまんまだったから、すぐに誰かわかった。


 そして、その横には、


「先生!」


 おもわず僕は叫んでしまう。


「ああ、来たか、待ってたよ。……運悪く、捕まってしまってな……」


 モギゼコール先生が立っていた。


「どうしてもお前を呼べというのでな、無理やり来てもらったのだよ」


 カーン将軍が野太い声で、僕に言う。


 僕は先生に駆け寄った。


「どうして僕を呼んだんです?」

「戦争に協力しろとうるさいんだ。それで魔法を使うのに、君にも手伝ってもらおうと思ってな」

「……?」

「その魔法と言うのは、全員が使うことはできないのかね。その子は使えるのか」


 カーン将軍が不愉快そうに尋ねてきた。


「そうだ、素質のある者にしか扱えない。この子も使えん、魔法陣を描いてもらいたいだけだ」


 先生が答えると、カーン将軍は、がっかりした様子になる。


 だけど、すぐにビシッとして、


「では、すぐに移動してもらおう」


 と僕と先生を城の屋上へと連れて行った。


 僕は、そこから見える城外の光景に固まってしまった。


 無数の松明の明かりが、王都の外に輝いていた。


「あれが、全部、敵、ですか?」

「そうだ、敵の陣地の光だ。奴らはここまで侵略して、今は我々が勝手に弱って死んでいくのを待って居るのだ」


 城外の光に対して、王都の城壁も無数の松明の明かりで明るかった。


 まるで城壁と敵陣地の間に、真っ暗な闇の川が流れているみたいだった。


「しかし、我々は、そんな死に方はしない」


 カーン将軍が野太い声が怒りに満ちて言う。


「少年よ、見てのとおりの、我が国の危機なのだ。ここで負ければ我が国は破滅、国民は全員が嬲り殺されるのだ。だから、君たちの魔法を、この危機に役立ててくれるな」


 将軍は肩を力強く掴んできた。


「将軍は、わしの魔法で川の流れを変えるところを見たんだ」


 先生がつぶやく。


「そう、モギゼコール氏は巨大な爆発を起こし、土砂を浮かべて盛り、タタナ地方の、あの氾濫するスラ川を曲げ、海へと流したんだよ」


 カーン将軍が興奮していた。


「この目で見たよ、魔法の威力を……」


 そして僕から離れ、急に厳かな声になると、先生に振り向き、


「国王の命令を伝える。王都を囲むキスレブ軍を殲滅せよ。この作戦は、氏の名前を取ってモギゼコール作戦と名付ける。この作戦の成功の暁には、金十字勲章を授ける所存である」


 すごい、すごい、金十字勲章だなんてっ。


 僕は、興奮してしまった。


 が、先生は不愉快そうにしている。


「王が、皆のために、殺すことをよしとしたのなら、わしも従います。ただ、これだけは言っておきたい。わしは、こんな非平和的な作戦など、したくない……」


 先生は、ゆっくり将軍に言った。


 僕は、先生を見つめる。


 ……そうだけど、でも、この状況でなら、話は別だろう先生……敵がすぐそこまで来ているというのに……。


 カーン将軍が肩をすくめ言った。


「……先ほどから、どうしてそんな事を言われるのだ、王が、我々が、全員が平和のためにしているというのに……」

「違う、あなたがたは戦争の事しか考えてない」

「違う、平和を守るためには、強い力が必要なのだ。あなたは分からないのか。平和状態とは決着をつけた後に起こる荒れ野だという事を」


 将軍が、先生を睨みつける。


「この世に解決などない、決着があるだけなのだ。そして力だけが最も、多くの物事の決着をつけてきたではないか」

「わしは、魔法を、皆の暮らしを良くするためだけに使いたい。ため池を作り、枯れ地を耕し、道を整備したりし――」

「――何を言う!」


 将軍が怒鳴りつけた。


「今、この瞬間に王都中の民が殺される間際だというのに! もし、戦争さえなければ、ため池も河川工事も全て着手できたのだ! しかし敵はやって来る! 我々を殺しにだ! それを防ごうとする、これのどこが非平和的だ! 貴殿が、そんなにも戦争が嫌ならば、ここで貴殿の圧倒的な、神々の力を持って、奴らに示すのだ! 我々に手を出したらどんな目に合うのかを! 我々はお前たちを、一瞬のうちに皆殺しにさせる圧倒する力を保持していると! そうしたならば、誰も我らと戦争など起こしたがらない!」


 モギゼコール先生は、何も言わなくなった。


 ずっと俯いたまま動かなくなる。


 将軍も王様も、皆、同じように動かなくなった。


 やがて、しぶしぶという感じで頷いて、先生が頭を上げる。


「準備しよう、2人にしてくれるか。誰も中に入らないでくれ」


 先生はそう言って、僕を呼んだ。


「早くしてくれたまえ」


 将軍が去っていく。


「行こう」


 先生は、城の中にへと僕を連れて入って行く。


 連れてこられた貴賓室は、見たこともないくらい豪華だった。


「将軍も、ひどくムカムカしてたっぽいな。あんなに怒鳴るなんてな、ははは」


 先生が、暖炉の前のソファにどっしり座る。横の小さなテーブルには先生のカバンが置かれていた。


「あの先生、どうして僕を呼んだんですか?」


 僕は先生の横に座って尋ねる。


「……ああ、……渡したいものがあるからだ……」

「……なんですか……」


 先生はカバンを取って、


「大事な使命だ。口頭ではできない、これを持っていけ、誰にも見せるな」


 そう言って、結構分厚い紙の束を取り出した。

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