第2話 暇な時間ほどやる気は起きない

 帰宅部の放課後とは非常に退屈なものだ。どこにも寄り道しなかった日なんて、より時間の流れが遅く感じる。それでいて家に帰ってもやることがない。正確に言うなら、やることがあってもやる気が起きない。


 学校の課題など、『やらなければいけない』ものを期日ギリギリにするのは当たり前。莫大な時間を持て余す者はゲームやラノベなどの趣味すら気分が乗ってくれない。厄介なものだ。


 そうして一日中ダラダラと過ごし、夕飯や入浴を済ませた僕はベッドに寝転がっていた。ラノベを読もうか、FPSをしようか、はたまたweb小説を書こうか。頭で考えても実行しない。


 なんとなくスマホを触っていると未来みらいから通話が掛かってきた。毎度のことながら名前を見て緊張するが、用件はわかっているので躊躇なく応じる。


「今日もやるのか?」

「もちろん。どうせ暇だよね? 早くログインして」


 学校でも聞いている透き通った高い声。しかし学校で話すときのような明るさのない、僕の聞き慣れたフラットな声だった。


「わかったからちょっと待て。VCをパソコンに切り替えるから」


 パソコンを起動してFPSの準備を始める。ヘッドフォンを装着し、ログインすると即座にチームへ招待された。相方はユーザーネーム、miku。自分の名前である未来みらいを違う読み方にして登録したらしい。


「そういえば、智也ともやの席今回当たりだったよね。前が翔真しょうまくんってことは話し相手に困らないし」

未来みらいはどうなんだ? 隣はみなみさん……だっけ? その子と何回か遊びに行ってただろ」

「うーん、実はちょっと苦手かな。楽しそうに話してる内容はよく知らないし、感覚も私と合ってないから」


 こりゃ厳しい。聞いてる限りは楽しそうに会話していたが、裏でそう思っているとは。笑顔を絶やさずに聞いてる未来みらいを褒めればいいのか、みなみさんを不憫に思えばいいのか。


「もしかして、あの二人にもそんなこと思ってたり?」

「あの二人って?」

「今日遊びに行ってたじゃん。七瀬ななせさんと姫里ひめざとさんだよ」

「違うって。あの二人は大好きだよ」

「でも今日の放課後の約束、行きたくなさそうな雰囲気出てたから」

「嘘!? そんなに顔に出てた?」


 どうやら図星らしい。


「けど、違うから! 今月のお小遣いが少なかったから、ほんとにそれだけ」

「本当かなぁ~。さっきの件があるしな~」

「調子乗ってると、女子の友達に智也ともやのあることないこと言い広めるよ」

「さらっと怖いこと言うなって」

「あはは、しないって……たぶん」

「多分って言うな!」


 女子の一人に嫌われると、全員から敵視されると聞いたことがある。それに加え相手はクラスで人気の未来みらいだ。もし喧嘩を売ってしまったら僕の高校生活がどうなるのか、考えたくもない。


 そんな雑談をしながらゲームを始める。内容なんて特にない。脊髄で会話している文字通りの雑談。普段から相手に合わせて会話している未来みらいの癒しの場……みたいなものだ。幼馴染だから気を遣わなくて楽らしい。


 そう言って貰えるのは嬉しいが少し寂しい。頼ってもらえる分は結構だが、僕のことを男として意識してほしいものだ。


 最後に生き残ったチームと銃を打ち合ってると、未来みらいの弾が相手の一人の頭に命中する。


「ダウンさせた! 智也ともや行くよ!」

「了解」


 数の有利を活かすために突撃する。二人で挟むように接近して集中砲火。そこで画面に『チャンピオン』の文字がでかでかと映し出された。


「やったー! 智也ともやナイス!」

未来みらいこそ。ほんとエイムいいよな」

「でしょでしょ? 久々にやったけど、私の腕はピカイチだね」

「何言ってんだよ。昨日もやっただろ」


 嬉々として話す未来みらいを訂正しておく。腕が良いのは確かなので、調子に乗っていてもそこには指摘できないが。


「あれ? なんか私、ここ何か月かやってない気がするんだけど」

「流石にボケ過ぎだ。もしかして寝起きでゲーム誘ってきたのか?」


 「智也ともやじゃあるまいし」なんて言われると思っていたが、未来みらいは何も話さない。黙って何か考えているようだった。


「おい、マジで大丈夫か?」

「あ、うん。頭では理解してるんだけど、何かおかしいっていうか……。確かに昨日やった記憶はあるんだけど気分的には久々で……おかしいな。長い眠りから覚めた……みたいな」


 未来みらい自身も困惑しているのか、言葉が弱弱しい。感覚を上手く伝えようとして空回りしているように見える。にしても長い眠りから覚めるなんて、現実で初めて聞いたぞ。白雪姫かとツッコみたくなった。


 けど、最近どこかで聞いたことのある設定のような……


「あ、それって前に貸した小説の話か」

「小説?」

「そうそう。あの『余命もの』作品だよ。ラストでヒロインが実は昏睡……」

「あー! ストップストップぅ!!」


 急な大声に体が縮こまる。そんな僕の様子を知らない未来みらいは焦るように言葉を続けた。


「私まだそれ読んでる! しかも今から佳境に入りそうなの! ネタバレ禁止!」

「そんな大声出すなって」

「ご、ごめん……って悪いの私じゃないから!」

「ははは、すまんすまん」

「もう……今日は調子悪いから解散ね。おやすみ」

「おやすみ。また明日な」


 VCのログアウト音が聞こえたので、僕もヘッドフォンを外す。今日はいつもより早い解散だったので二十二時にもなっていない。それでも同じ体勢をし続けて凝り固まった筋肉を動かす。


「……どうせだし、小説書くか」


 こうして思い立たないと小説は書けない。ゲームを閉じて小説のサイトを開く。読者の反応は届いていない。もうこの画面には慣れてしまった。昔は読んでもらえたら、と思っていたが今では自己満のために書いている。


 今日はキリのいいところまで書いて寝るか。


 そう意気込んでタイピングを始めた。

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