第8話 今日がやってきた

 十二月二十四日。クリスマス・イヴがやってきた。待ち合わせ場所である家からの最寄り駅は人で賑わっており、今日が特別な日であることを実感させられる。


「にしても、浮かれすぎたな」


 お昼を食べてから一時に集合と言われ、今は十二時四十分。未来みらいに待たせたくないという思いが強すぎた。手頃な壁に背を預けて未来みらいがやって来るのを待つ。


 暇な時間はいつも明人あきととの会話を思い出す。あれから何度も話し合ったが、納得のいく対処方は思い付かなかった。悪あがきと言える対策を今は信じるしかない。


「……や。ねぇ! 智也ともや!」


 声がして我に返る。気付けば正面に未来みらいが立っていた。


「すまん、ちょっと考え事してた」

「もう、反応ないから人違いかと思ったよ」

「悪かったって。それじゃ、行くか」

「うん! 今日はしっかりリードしてね」

「はいはい。未来みらいを楽しませるように努力するよ」


 とはいえ、今日の予定で僕がすることは特にない。ショッピングモールで色々な店を回り、外が暗くなったらイルミネーションを見に行く。ゆったりと過ごしているうちに終わりそうなデートプランだ。


 改札を潜って電車がやってくるのを待つ。周りは男女のペアが多く、僕たちもその中の一組なのかと思うと緊張してきた。


「そういえば、さっきは何考えてたの? 私が話しかけても気付かないって相当だよ」

「そうか? 声が小さかったんじゃないか?」

「目の前で手を振ったよ! 明らかにあれは智也ともやに原因あるって」


 不満げに未来みらいが僕の方を見つめてくる。どうやら相当放心していたらしい。


「緊張してるのかもな。こうやって未来みらいと二人で遊びに行くことなかったし」

「だね。私も久々に智也ともやの私服見たよ」

「僕も。未来みらいってやっぱセンスいいよな。ファッションとかよくわからないけど、凄く似合ってるよ」


 白のインナーにライトブラウンのジャケットを羽織り、橙と緑が入ったチェック柄のワイドパンツ。落ち着いた色合いが特徴的で、初めて見た時は照れて感想も言えなかった。


「嬉しいけど、照れるなぁ。あはは。智也ともやだって似合ってるよ。ファッションがわからないって嘘じゃない?」

「お恥ずかしながら、明人あきとに選んでもらいました」

「へぇ、山中やまなかくんセンスあるじゃん。じゃあ今日は私が智也ともやの服選んでもいい?」

「服選びってそんなに楽しいものか?」

「楽しいよ。同じ人でも服装で一気に印象が変わるからね。それに、将来はデザイナーになりたいし」


 笑顔で語る未来みらいがとにかく眩しかった。僕にはない、将来の夢。それを持っている人間は生き生きとしていて、すごくかっこいい。


 話しているうちにやってきた電車へ乗り込み、再び雑談を繰り返す。


 まだクリスマス・イヴは始まったばかりだ。


 ***


 女子の買い物は時間がかかると聞いたことがある。誰か恋人を持つ友人から聞いたわけではなく、アニメやラノベなどの情報だが……。主人公が女性キャラに連れ回されて疲弊する姿を僕は何度も見てきた。


 しかし性別の違いがあるとは言え、同じ人間同士。「暇な時間はウィンドウショッピングをしよう」と誘われた時は何も考えずに肯定した。そんな自分を今は呪いたい。


 試着室のカーテンを開けると、毎度のごとくスマホを構えた未来みらいが待っていた。


「か、かっこいい! 智也ともやってやっぱこういう服に合うよねっ!」

「そっか。じゃあそろそろ……」

「――ほら、次これ着てみて! 絶対に似合うから!」

「お、おう」


 気圧されながら服を受け取り、カーテンを閉める。手元に残った新しい試着品を見つめると静かに肩を落とした。


 これで何着目だ? 八着を超えたあたりから数えるのをやめた。もう何十分ほど着替え続けただろう。初めは未来みらいの喜ぶ顔を見たくて着せ替え人形になっていたが、そろそろ疲れてきた。


 けどまぁ、未来みらいが喜んでるならいいか。


 最期になるかもしれないデートなんだ。どうせなら楽しんでほしいし、今日のデートをしてよかったと思ってもらいたい。


「ほら、着替えたぞ」


 気だるげにカーテンを開ける。しかし未来みらいの姿が見当たらなかった。


 心臓が大きく脈打つ。気付けば走り出していた。


 どこかに行くなら一言僕に声をかけるはず。もしかして誰かに連れ去られた?


「くそっ」


 なんで僕はデート後の帰り道ばかり意識していた。


 どうしてそこに至るまで何も起こらないと決めつけてた。そんな安全を保障できる根拠なんて何一つなかったのに。


 店内の人を避けながら未来みらいを探す。メンズコーナーだけでなくレディースコーナーまで回っても未来みらいは見つからない。焦燥感から嫌な汗が流れる。もしかして、もう店にはいないのだろうか。


 視線を配らせる。そこでレジから立ち去る見慣れた後ろ姿を見つけた。


未来みらい!」

「え、智也ともや?」


 驚いたような顔に吸い寄せられるように駆け足で近寄り、未来みらいのそばで立ち止まる。


「よかった、ちゃんといた……」

「なにそれ。流石に智也ともやを置いてお店は出ないから」

「そういう問題じゃなくてだな」


 僕がどれだけ心配したか、なんて話しても無駄か。熱くなった体を冷ますために襟を掴んだところで手が止まる。


「どうしたの?」

「やべ、着替えたままだ」


 しかも試着室に荷物すら置いたまま。汗で湿ったインナーの一部が肌に付着し、先程とはまた違う汗が流れる。


「これは買わないとな」

「あはは。まぁ、服なんて何着あっても困らないって」

「とりあえず戻るぞ」

「はーい」


 小走りで試着室に向かう。誰かが使っていたら、なんて不安も杞憂に終わり未だにカーテンが開いていたのを見て安心した。手早く服を着替えると荷物を持って後にする。


「荷物無事でよかったね」

「あぁ。そういや、何買ったんだ?」


 未来みらいが手に持っている黒い紙袋へ視線を向ける。口元にテープが貼られており中身が見えない。


智也ともやの服探してたら、可愛いの見つけてね」

「そっか」

「興味持ってよー」

「じゃあ何なんだよ」

「そ、れ、は、ねぇ~」


 小さく手招きして、反対の手で口元を囲う未来みらい。その意図を察して耳を寄せると……


「下着だよ」

「――マジ?」


 思わず素の反応が飛び出てしまった。袋へ視線が釘付けになる。


「ふふふ、智也ともやってば興味持ちすぎ」

「……男っていうのはそういう生き物なんだよ」

「エッチなんだから~」

「いきなり下着なんて言うやつに言われたくねぇ」

「ま、下着買ったっていうの嘘なんだけどね」

「お前なぁ……」


 人の心を弄びやがって。変に興味を持ってしまった自分を誤魔化すように頭を掻く。なんだか今日は未来に振り回されてばかりだ。


「ったく、早くレジ並ぶぞ」

「残念だった?」

「うるさい。それと紙袋貸せ」

「下着じゃないよ?」

「そんな冗談言うなら荷物持たねえからな」

「ごめんごめん。ありがと」

「初めから素直に渡せばいいのに」


 紙袋を受け取り、レジの行列が進むのを待つ。隣の未来みらいを見るとどこか上機嫌そうだ。先程の会話もあり、デートというより普通に買い物をしている気しかしない。これだけ意識しているのは僕だけだろうか。


 いや、顔に出してないだけで未来みらいも意識しているはずだ。というか、意識してほしい。


 それに、次行く場所はイルミネーション。


 正真正銘、クリスマスの王道デートスポット。想像するだけで胸が高鳴る。早く一緒に見に行きたい。そして――


「今考えることじゃないか」

「何が?」

「なんでもない」


 直前まで考えないようにしよう。これ以上意識しすぎたら、心臓が持たないしな。

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