第7話 強い意志とともに
ぼんやりと目が覚めた。大量の汗で寝間着が濡れており気持ち悪い。
「――っ」
そこで先程の夢が脳裏に過った。夜、僕と
その後を想像し、体がぶるっと震える。
あれが『予知夢』。数日後降りかかる現実。
「このままじゃ僕と
本当に死んだかは分からない。事実、轢き殺された夢ではない。それでも車が目の前まで来ていたのは確かで、そんな運命を信じたくない自分がいた。信じたくない……のに。
これまでに見てきた『予知夢』が僕の願いを否定してくる。
何度だって抗おうとした。些細な事象にだって反抗しようとした。
なのに、僕は一度だって『予知夢』で決まった運命から逃れられていない。逃れようとしても、その結果に収束するように運命が押し寄せてくる。これまでの経験と既に十個を超えた『予知夢』のメモがそれを証明していた。
どうしようもない絶望に頭が真っ白になる。もう何もかもを投げ出して楽になりたかった。いったい、どうすれば……
カレンダーへ視線を移す。
「なんで、こんな日に」
『予知夢』の記憶が正しければ、あれはクリスマス・イヴデートの帰り。その服を買いに行くなんて、まるで喪服を買いに行くみたいじゃないか。こんな考えをしてしまう自分に腹が立つ。
しかし、今はやるべきことがあった。僕はスマホを操作して
『ごめん、今日の買い物の件は中止にしてもいいか?』
送信し、呆けていたところですぐに通知が飛んでくる。
『は? お前から誘ったんだろ』
『ほんとごめん。明々後日のデートは中止にしようと思って』
『意味わかんねぇ。納得できる理由を言えよ』
納得できる理由。『予知夢』の話をしたら納得してくれるだろうか。とりあえず現状を伝えるために文字を打ち込んでいく。しかし、その途中で再びメッセージが届いた。
『今からお前んち行くから待っとけ』
メッセージでいい。
そう送ろうとして、全て消す。この件は直接話さないと
『ごめん』
スマホを放りなげてベッドに倒れる。
静かだ。時計の秒針が刻む音だけが聞こえてくる。今から寝て、クリスマス・イヴ以降の『予知夢』が見れないだろうか。そうしたら、この不安は払拭されるのに……。
***
耳元から着信音が鳴り響き、目を覚ます。どうやらあの後眠ってしまっていたらしい。そういえば
バッと起き上がる。そして枕元で着信音が鳴り響いているスマホを手に取った。
「もしもし!」
「お、やっと繋がったわ。ったく……ちゃんと起きとけよ。今、家の前いるから」
「ごめん、すぐそっち行く」
通話を切って部屋を飛び出す。玄関を開けると呆れた顔の
「おまたせ!」
「何分人を待たせたと思って……お前寝起きか? 寝間着だし寝癖酷すぎるだろ」
「そんなに?」
「戦闘力上がってそうな髪型してるよ」
鏡を見てないので分からないが、触ってみると面白いぐらいに髪の毛が立っていた。下敷きで髪を擦ってもここまで立たないだろう。
「そんな髪型だと話に集中できないから、とりあえずシャワー浴びてこい」
「ごめん、じゃあ僕の部屋に上がっといて」
「
「この時間はとっくに仕事行ってる」
「了解」
律儀に「お邪魔します」と口にしてから
そこではベッドに寝転んでスマホを触っている
「おまたせ。何やってんの?」
「ちょっとな。……それより、朝のメッセージはどういうことなんだ?」
「……なんとなく察してるだろ」
ベッドは占拠されていたので、勉強机のイスに座る。
「『予知夢』で清水さんに振られたか?」
「それだったら、まだ良かったんだけどな」
本当に、それだけだったらこんなにも悩まない。背もたれに体を預けて口を開く。
「デート帰りに車で轢かれた」
「え、それって『予知夢』……だよな?」
「あぁ。実際に轢かれたわけじゃないけど、もう目の前まで車が来てた。あのままじゃ僕たちは……」
手を握りしめる。僕は何もできなかった。自分が死ぬと思ったときは何の抵抗もせずに現実を受け入れる。死を前にして
「信じられるかわからないけど、確かにそんな『予知夢』を見たんだ。だから……」
一つ呼吸を置く。僕にできることはこれしかないはずだ。
「
なんとか言い切る。無力な自分には人を助けるほどの力がない。だったら、そもそも助けるような状況を作らないことに力を注ぐしかなかった。これで
「……ちなみに、
「まだだよ。この後伝える」
「『予知夢』のことも?」
「どうしても納得してくれなかったらな」
もちろん「デートできなくなった、ごめん」だけで納得してくれるのが一番だ。『予知夢』の話をしたところで信じてもらえないだろうし、話す意味もない。
「だから、服を買いに行っても意味ないんだ。僕から言い出して、ドタキャンしたのはごめん。いつか絶対に埋め合わせするから」
「そうか」
重い沈黙が部屋を支配する。お互い何かするわけもでもなく、時間だけが流れた。
「――待てよ」
呼び止められるとは思ってもいなくて、ビクッと肩が震えた。
「ほんとにデートしなければ『予知夢』を回避できると思っているのか?」
「それしか方法がないだろ? 家から出なければ、事故と出くわすことはない」
「けど、これまでの『予知夢』は実行され続けたんだろ?」
「それは……」
反論できない。
「例えば、イヴの日に
「……やめろ」
震える声で訴えかける。
それは今朝、僕が目を背けたかった起こりえる未来。そして、それを
それを、事実しか言わない
なのに、
「危機感を覚えている
「やめてくれ!」
勉強机に右手を振り下ろす。
「そんなこと、言われなくてもわかってるんだよ!」
――
そんな言葉が、
「これまでどんな些細な『予知夢』にだって抗った! 何度も抗った! でも無駄だった! 無意味だった!」
数々の過去が思い出される。数々の対策案だったものが浮かび上がってくる。けれどその数だけ失敗があった。その数だけ、僕は『予知夢』に抗えなかった。
「なのにこれ以上……どうすればいいんだよ……」
感情の濁流が静まっていく。怒り、恐怖、絶望と吐き出されていき、最後に残ったのは純粋な悲嘆だった。答えがあるなら教えてほしい。解決策があるなら言ってほしい。僕ではもう、どうしようもなかった。
「
事実を確認するように
「これまでの『予知夢』には『変えられない結果』が存在し、過程は違えど必ずその結果に収束させられた」
そうだよ。だから僕と
「――だったら、その過程で対策を打てばいい」
何を言ってるのかわからず、思わず顔を上げる。気付けば
「いいか、別に答えがあるわけじゃない。絶対安全な対策が浮かぶかもわからない。けどな、
左胸に拳を軽く突き付けられる。
「最後に生きていればいいんだ。そのために俺も協力する。一緒に
それは、光だった。独りで勝手に絶望して、独りで勝手に諦めようとした僕を奮い立たせる光。
できないからやめる? できなかったから諦める?
そんなの、
「やってやる」
負けじと強く言い放つ。
そうだ。こんなところで絶望している暇はない。絶望したところで現状が変わるわけではない。今できる精いっぱいをやるんだ。
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