第5話 冬の雨は冷たくて熱くなる
気付けば授業が終わっていた。教室には六時限目の先生が見当たらず、生徒たちが騒いでいる。どうやら僕が眠っている間に授業が終わったらしい。手首を曲げて骨を鳴らしたところで、さっきまでの記憶が夢だったんだと認識した。
すぐにスマホを取り出してメモアプリを開く。
『雨の日に
とにかく『予知夢』で見た情報を打ち込んでいく。
その成果は未だに出ていないが、
「起きたと思ったら何書いてんの?」
突然横から未来の声が聞こえてきた。すぐにスマホを伏せて睨みつける。その様子に満足したのか、
「隠すの必死過ぎだよ。そんな見られたくないの?」
口調こそ穏やかだが、普段とのギャップから煽ってるふうにしか聞こえない。
「そういう問題じゃない。スマホを勝手に見るのはプライバシー的に問題だ」
「ごめんね。けど、小説ぐらい堂々と書けばいいのに」
どうやら小説を書いていると勘違いしたようだ。確かにweb小説を趣味で書いてはいるが、流石に学校では書かない。今回みたいにいつ誰が見てくるかわからないし、人が多いと集中できないからな。
ただ、誤解してくれる方が今は助かる。
「そうやってからかうやつがいるから隠すんだよ」
「そんなつもりないよ~。確かに本屋のものと比べたら天と地の差だけど」
「……文章は稚拙かもしれないが、ネタには自信あるぞ」
「んー、なんだろうね。
「嘘が苦手?」
一応ネットの方で数えるほどの感想は貰うが、これまでに聞いたことのないアドバイスだった。今回は小説を書いてたわけじゃないが素直に気になる。
「うん。小説家って無から何かを創造するからさ、言うなれば嘘のプロフェッショナルでしょ? だけど
言われてみると思う節はあった。善人過ぎる主人公、向こうから行動してくれる恋愛、必要な時に絶対揃っているピース、後付け設定。『嘘が苦手』という言葉で言われたことはないが、そのような感想は届いたことがある。
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「私は小説書いたことないから分からないけどさ、嘘が無理なら本当のことを入れてみるとかね。ほら、『嘘は真実の隠し味』なんて言わない?」
「いや、聞いたことないけど……本当のことを入れる、か」
考えて、すぐに不可能なことに気が付いた。僕は付き合ったことない歴=年齢である。そんな人間が本当にあったことをベースに恋愛シーンを書けるわけがない。
「ちなみに嘘はどれくらい入れてもいいんだ?」
「あくまで騙しやすい嘘の話になるけど、確か九割の真実に一割の嘘を混ぜるんだったかな」
やはり不可能だった。女性経験なんて目の前にいる
そこで担任がやってきて終礼が始まった。窓から見える空は薄暗い雲で覆われており、いつ雨が降り始めてもおかしくない。今朝、母親に傘を持たされて正解だった。
先生が話をしている間にぽつぽつと窓に水滴が張り付く。雨が降ったと思ったのも束の間、すぐにシャワーのような土砂降りになった。
「うわー雨降ったじゃん」
「最悪」
「傘持ってきてないって」
終礼中なのに教室から不満の声が漏れでる。しかし、そんなこと知ったことかと言うように先生の話は終わらない。ここまでのスルースキルがないと教員は続けられないのだろうか。
先生にバレないよう、スマホを触ると先程のメモアプリに打った文章』。
十一月二十二日。
黒板に書いてある日付も確認すると十一月二十一日とあった。つまり、今回の『予知夢』は直近の話である。
家に帰った翌日には
「なぁ、
「どうしたの?」
「今日一緒に帰らないか」
***
雨が降りそそぐ放課後、僕は
「なぁ、折り畳み傘使わないのか?」
「だって面倒くさいし、
周囲に人が見当たらないからか、普段の呼び名に戻っている。今日は何かいいことがあったからか、左隣から鼻歌が聞こえてきた。対する僕もこの状況に嬉しくはあるが、恥ずかしさの方が一段と上回っていてそれどころではない。
右肩に当てられる雨水で、なんとか冷静でいられる。とにかく
「そういえば、
「何も変わってないよ。ただ、今日はそういう気分だっただけ」
『予知夢』に抗えればそれでいい。それに、これ以上僕のせいで
「調理実習でも絆創膏持ってきてたよね」
「今更その話か。もう感謝はいらないぞ」
「そうじゃなくてさ、あれって本当は
「何言ってんだ。まさか
確信を突かれて焦るが、「そんなことないって」と
「だけど
「そんなことない。いつだって自分が一番大事さ」
「だったら右肩濡らさなくていいのに」
「これも僕のためだ」
嘘ではない。結果的に
「わざと濡れるって変なの。相合傘イベントの実践でもしてるわけ?」
「やっぱキャラの心情を理解するには体験するのが一番だろ?」
「そっか。私はずっと指摘待ちしてると思ってた」
「僕は駆け引きなんて上手くない」
「知ってる。だから」
肩と肩がぶつかる。服の上から
「これは私がしたいだけ。するとあら不思議。スペースが結構空いちゃったね。もう濡れなくていいんじゃない?」
僕の様子を伺うような笑顔に、心臓が飛び跳ねる。これが片思いの宿命というやつか。
冬だというのに体がじんわりと熱くなる。この熱を湿気のせいにしたいが、季節と心臓がその言いわけを許してくれない。
「お前、他の男子にもこんなことするのか?」
「まさか。幼馴染にしかしないって」
「こういうのは恋人とするべきだ」
「そんな決まりないよ。それに良かったじゃん。これで一つ、本当のことを小説で書けるね」
「……余計なお世話だ」
僕が
「自分から密着してくるなんて、大胆だね」
「大胆なのはどっちだ」
「あはは。冗談だって」
より
「風邪引くなよ」
「こっちのセリフだし。じゃあまた明日」
「あぁ。またな」
「なんか、すげぇ疲れたな」
それでも、なんとかやり遂げた。これで明日の
今日の雨は、明日も止みそうにない。
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