第4話 調理中は油断せず
そうして訪れた調理実習当日。あまり着る機会のないエプロンに苦戦したせいで、教室を出るのが最後になってしまった。頭の三角巾の位置を調節しながら調理実習室へ入る。
そこで
「
学校の
「まだチャイム鳴ってないからいいだろ」
とはいえ、待たせてるのは事実なので早足で向かう。今日の献立は授業で説明された通り、牛丼、サラダ、味噌汁だった。
「
「なんでかな? それだと私、暇になっちゃうよ?」
なぜだ。顔はニコニコしてるのに、僕には怒ってる風にしか見えない。「
それでも、ここだけは譲れない。
「今日は両親帰るの遅いんだろ? どうせ家で料理するなら今ぐらい休もうぜ」
「でも……」
渋る
「おいおい、せっかく
「悪いな。まぁ、その分僕が頑張るからよ」
僕と
ふと前を見ると、
「いっ……」
そこで痛ましい声が耳に届いた。すぐにそちらへ見やると、僕たちとは違う班で数人の女子が集まっていた。しかし、その中心にいるのが誰なのか、声からすぐに察した。
「
「おい、どこ行くんだよ!」
考えるより先に、体が動いていた。
「あ、ありがと……よく持ってたね」
「なんとなく、こうなる気がしたからな」
「私が怪我すると思ってたってこと?」
「いや、僕が」
「自信なさすぎ」
細い指に絆創膏がキレイに巻かれる。幸いにも切り傷は浅かったのか、あまり血は出ていなかった。しかし胸のモヤは晴れない。
「今日は休めって言っただろ。なんで他の班で料理なんかしてるんだ?」
「だって、暇なんだもん。それに、あそこの班は学校休んでる人がいたから手伝おうと思って」
不満をこぼすように小さな声で
「まぁ、一大事にならなくてよかったよ」
「そう……だね」
すぐに会話が止まる。これ以上なんて声を掛ければいいか分からなかった。居心地の悪い沈黙が流れ、下唇を強く噛む。
一応手は打ったつもりだったが、詰めが甘かった。もっと
自分の不甲斐なさに腹が立つ。
***
調理実習が終わって昼休み。まだ食べ足りなかったらしい
本当に話を聞いているのか……なんて昔は思っていたが、これでも
今日はいつもより寒いからか、スープを一口飲むと
「つまるところ、数日前に見た『予知夢』に逆らおうとしたけど、失敗したって話だろ?」
「情けないことにな」
話してみれば相談というよりは愚痴だった。僕の『予知夢』の事情を知ってる唯一の友人、
「ノヴィコフの首尾一貫の原則って知ってるか?」
「ノヴぃ……なんて?」
初めて聞く単語で思わず聞き返す。しかしその反応で十分だったのか、もう一度スープを飲むと
「まぁ、名前なんてどうでもいいか。簡単に言うと『歴史は変えるような行動はできない』っていうものだよ」
「要するに運命論だよな」
「どちらかというと決定論だけど、ほぼ同じか」
「けど僕は何回か『予知夢』じゃない行動をしたぞ。ほら、テストなんていい例じゃないか」
運命論と決定論の違いはよく知らないが、実際に僕は『予知夢』でテスト問題を知って点数を上げたし、普段は持ち歩かない絆創膏をポケットに入れ、
そんな僕の考えに
「そんなの関係ない。話を聞く限り
そんな考え、したこともなかった。確かにこれまで『予知夢』が外れたことはない。多少過程が変わることはあるが、大きく外れることはなかった。それはこれまで予知夢に抗わなかったのではなく、抗えなかったのだとしたら……。
「けど、それならテストの点数が上がったのはおかしいだろ」
「
否定しようとするが、言葉が出てこない。
「それじゃあ
「今回はそうなったってだけだ。あの予知夢では
食べ終わったのか、器を持って席を立つ。「時間遡行の話でよくある展開だ」と最後に付け加えて
「ぁぁぁ……」
思わずうなだれる。なんでこんな目に。つまり、あんな夢を見なければ
「随分と参ってるな」
そこへ
「そりゃあそうだろ」
「好きな幼馴染を傷つけたからか?」
「返す気力もない」
再度ため息。もはや
「まぁ、あくまで仮設の話だ。さっきの話だって実際にタイムトラベラーが聞いたら鼻で笑われるかもしれんし、結局は正解なんて誰にも分からん。そもそも『予知夢』関係なく
「そりゃあそうだけど」
「重要なのは諦めない心、だろ?」
僕を鼓舞するように
「
「『予知夢』なんて非現実なものを知ったら、精神論も案じたくなる」
「ほら、教室に戻るぞ」という声に合わせて仕方なく体を持ち上げる。これは
ただ、こっちの方が安心する。お前のせいじゃない! と言われるよりは最終的な選択を僕に任せられたほうが居心地がいい。
今回は失敗した。なら次だ。どんな些細な予知夢でもいい。一度でもいいから抗ってみせる。
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