第3話 既視感と勘違い

 パッと目が覚めた。見慣れた天井を見て、すぐに先程の出来事が『予知夢』と理解する。これまでとは違う種類の『予知夢』。他人へ何かしらの危害が加わるものだった。しかも、その相手が──


「最悪かよ……」


 つい頭を抱えてしまう。これが普通の夢ならどれほど良かったか。しかし経験上、これが『予知夢』であることは理解していた。つまり、次の調理実習で未来みらいは怪我してしまう。


 胸が痛くなる。せめて自分だったら、なんて妄想ばかりが頭を支配した。自分の行動は変えられても、人の行動は簡単に変えられない。だから悩んだところで仕方ないのに、思考の巡りは止まらなかった。


 ***


「お、奇遇だね」


 家を出てすぐ、冷えた両手を擦っていると後ろから明るい声が聞こえてきた。この出会いは偶然か必然か。もし神様がいるのなら恨んでやりたい。『予知夢』のこともあり、顔を合わせたくない相手だったが無視するわけにもいかなかった。


「おはよ、いつもこんな遅かったか?」

「昨日は通話のあとに遅くまで本読じゃって……」


 何も知らない未来みらいが欠伸をして情けない顔を見せる。まだ学校の生徒が見えないから油断しているようだ。そんな姿も可愛らしいと思うが、恥ずかしいので口にしない。


「もう読み終わったのか?」

智也ともやにネタバレされたくないからね」

「悪かったな」

「ごめんごめん、本当のところは読む手が止まらなかっただけ」


 はいこれ、と本を手渡される。一瞬未来みらいの手に目が行ったが、すぐに受け取った。


「名作だからな」

「面白かったよ。だけど……なんていうか、どこかで見たことある気がしたんだよね」


 うーんと声に出しながら腕を組む。


「『余命もの』だし、内容が似るのは仕方なくないか?」

「そうだけど……話の展開とか、イベントとか、なんとなく既視感があったんだよ。けど、私の持ってる小説には同じようなやつないし」


 チラリと未来みらいが視線を向けてくる。


「貸す前にネタバレした?」

「そんなわけ。読み終わってすぐに貸したんだぞ。そんな暇ない」

「だよね。おかしいな。なんだか最近こういうことばっかあってさ、疲れてるのかも」


 既視感については『予知夢』関連の話に繋がると思って調べたことがある。だが結果的に意味はなかった。超常現象の類にされたり、勘違いによって引き起こす誤った記憶など、未だに結論が出ていない。


「前世の記憶だったりしてな。未来みらいの中に残ってるとか」

「あ~、そういえば最近発見されたんだっけ?」

「今では全然ニュースで見ないけどな」


 魂とはいえ、その詳細はハッキリとしていない。生きてるマウスから観測された謎のもので、体内から離れると昏睡状態に陥ったからそう名付けられただけだ。他にも専門家らしき人が何か言っていたが、僕には理解できない世界の話だった。


「この手の話は明人あきとが詳しいかもな。親が医者で、本人も一応医学部目指してるらしいし」

「そうなの? 確かに頭はいいけど、いつも寝てるよね?」

「『学校レベルの暗記科目は一日あればテストに間に合う』らしいぞ」

「うへー……頭の作りが違うなぁ」


 それは僕も思う。ああいう天才が医者や弁護士になって活躍するんだろうな。僕とは縁遠い話すぎて想像もできない。いつしか『予知夢』で数年後を見る機会は訪れるだろうか。


 ***


 一時限目の授業ほど怠い時間はない。受験に関係ない副教科なんてもってのほかだ。家庭科の教師が前で話していても、それを真面目に聞く生徒はほとんどいなかった。


 内職をする者、読書している者、授業が退屈で船を漕いでいる者。先生にバレないようにしているなら可愛い方だ。明人あきとなんて堂々と眠っている。思わず寝てしまった……なんて言い訳すらできないうつ伏せの体勢。僕も授業中に眠りそうなときはあるが、あそこまでする度胸はなかった。


 先生の話に合わせて配られたプリントの空欄を埋めていく。その内容は次回授業の調理実習。調理する際の注意事項や手順を説明される。とはいえ、牛丼と味噌汁の説明なんて聞かなくてもできるものじゃないのか?


 暇になり、未来みらいを覗き見る。どうやら先生の話を真剣に聞いているようだ。ペンを右手に持って、線を引いている。昔からこういうところは変わっていない。嫌われたくないという心もここから来ているんだろうが、誠実な人柄こそ未来みらいの長所だと思う。


「――っ」


 視線を感じたからか、未来みらいがこちらへ向いてきた。とっさに顔を背けて勉強の姿勢を取る。


 バレた? いや、流石に……。


 再度未来みらいへ視線をやる。しかし未来みらいの顔はこちらを向いたままだった。先生の方など見ておらず、横を向き続けている。


 もしかして、僕を見ているのか?


「何やってんだ?」


 思わず声をかけた。もう見て見ぬふりはできない。未来みらいがどう反応するか確認する。しかし予想していた反応は返ってこなかった。


「えっと、何の話?」


 その回答に僕の頭は疑問符でいっぱいになる。


「僕の方見てたよな」

「えーと、違う。空見てたの」

「空? ……空、デスか」


 顔が一気に熱くなるのを感じた。唇が乾燥し、羞恥心を誤魔化すために無理やり笑顔を作る。


「ははは、流石に自意識過剰すぎたな」


 もう笑うしかなかった。馬鹿にするならしてくれ。このままだと僕はただの痛いやつだ。未来みらいのリアクションを待っていると、大きくため息を吐かれた。


「……そんなこと言われると、否定しづらいじゃん」


 ぼそっと呟いた未来みらいが顔を背け、授業の体勢に戻る。僕はどうしたらいいかわからず、窓の外へ視線を逃がした。


 ふと目に入るだけで心を奪われそうな蒼穹。窓の外には澄んだ青が広がっていた。未来みらいが授業中によそ見してしまうのも納得だ。


 呆けるように雲の流れを眺め続ける。頬の熱は、まだ冷めてくれない。

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