第32話 拍手喝采

 パチパチ パチパチ パチパチ パチパチ

 アニメの上映が終了したのと同時に会場を埋め尽くす観客席からの拍手が鳴り響く。

 会場全域に届くその拍手の数が段々と少なくなっていきさっきまでの真っ暗な静寂に戻る。

 天井にかけられている幾つかのスポットライトが壇上左端を照らす。光が照らす先にはスーツ姿の男性が一人立っていた。今回のイベントを担当する司会役の人だ。


 「会場にお越しの皆さんこんにちは!本日のイベント司会進行を務めます梅野うめの大志たいしと申します。よろしくお願いします」


 司会役・梅野さんの挨拶にまた会場に拍手の雨が降る。


 「ありがとうございます。それではですね皆さんお待ちかねだと思いますので早速あの方達を呼んでいきましょう!」


 観客からの拍手に応えつつ梅野さんは手元のバインダーに視線を落とすと持っているマイクに向かって高らかにその名を口にしていく。


 「皆さん大きな拍手でお迎えください!まずはこの方、泉一郎役・たちばなりょうさんです!」


 梅野さんの進行で呼ばれた橘さんが舞台右袖から壇上へ観客席へ大きく手を振りつつ姿を現す。


 「続きまして、フレームドラゴン役・胡桃くるみ在斗ざいとさんです!」


  梅野さんに呼ばれ次のキャストさんが同じように右袖から壇上へと登っていく。その後も名前を呼ばれたキャストさんたちが次々に壇上と足を進めていく。その人たちが壇上に姿を見せるたびに観客からの拍手の嵐が巻き起こる。


 「さぁ次が最後の方です。お呼びしましょう“主人公”御琴みこと咲也さくや役・成瀬継実さんです!」


 会場全体に聞こえる梅野さんの声が遂に成瀬さんの名前を呼ぶ。


 「呼ばれちゃいましたね。それじゃ、行ってきます」


 「行ってらしゃい」


 緊張をほぐす様に舞台袖で談笑していた僕と成瀬さん。呼ばれた声に隣ではにかむ成瀬さんは、心を落ち着かせるよう一つ深呼吸をいれると観客やほかキャストの待つ壇上へ続く階段を登っていく。

 僕は彼女のその背中を見つめながらこの会話が最後にならないように、この光景が最後にならないように、今一度“彼女を守り抜く”ことを心の中で決意する。

 成瀬さんが壇上に姿を現すと観客席から送られる目一杯の拍手が聞こえてくる。

 舞台袖に背中を預けながら横一列に並ぶ成瀬さんたちとその周辺に目を配る。

 ピピピッ、ピピピッ、

 キャストたちが出揃ったことでトークイベントが開始されるのと同時に耳に装着してるイヤホンに通信音が入る。


 「松原だ、今のところこっちから異常は見えない。皆はどうだ?」


 懐に左手を忍ばせつつイヤホンに右手を当て通信に応える。


 「こちら海道、舞台袖にて警戒中。僕の方も今は異常ありません」


 「颯です。私のほうからも変化は見られません」


 「アストレアです。関係者エリア警戒中、こっちでも特に目立った変化は無いかな」


 松原さんからの通信に僕、颯さん、アストレアが現状を報告する。その後も他で警戒中の特犯員から現状報告があるも特に目立つ変化は上がらなかった。


 「了解、各員そのまま警戒態勢を維持。このまま何も起こらなければ良いが・・・」


 作戦を知る人全員が願うその思いを後に松原さんと通信が切れ、イヤホンに集中していた一部の意識が視線の先にある壇上に戻ってくる。

 向こうに立つ成瀬さんはリハーサルの時とは違う真面目にそして心からイベントを楽しみ・楽しませる姿があった。そんな彼女の笑顔にふと自身の固い表情が少し緩んだを知る。

 その後もキャストたちによるトークイベントはつつがなく進行していき、イベントが終わりを迎えようとしていた。


 二時二十分


 イヤホンを操作し現在時刻を音声で聴く。このまま何も無ければイベントは時間通りに終了する。

 あの予告状はただの悪戯だったのか?

 それが頭の中を過った時だ。突如、変化を見せる目の前の光景と同時に再びイヤホンが誰かからの通信音を響かせる。

 

 「総員に通達。ターゲットと思われる影が一つ、壇上前に現れました!」


 急ぎ伝えようとする颯さんの焦りを見せるような声がイヤホン越しに感じられた。直後、松原さんによる各隊員への指示のようなことが耳を鳴らす。その声もまた何かに驚いているようなものだ。

 二人だけじゃ無い、僕を含めたこのステージフロアにいる全ての人が驚きその手を止めている。

 舞台袖に立つ僕の目にも映る壇上前にいるその影。その存在は観客席から歩いてきた者では無く、突如として何処からとも無く現れた謎の者だった。

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