断章 迫る影②

 メインステージ二階観客席

 周囲の客が今か今かとイベントの開始を待つ中、創治そうじは自身の席でポケットから取り出していたデバイスと睨めっこしていた。

 そこに人影が一つ。人影は創治の隣の席に腰をかけた。

 「…遅かったな」

 人影のほうに視線を向けること無く創治は、その影に声をかけた。

 「申し訳ありません。現場を抜け出すのに少々手こずりまして…」

 「……」

 「その歳に反して相変わらずクールな人ですね。まぁ仕事が早くてこちらは助かりますけど、今回はどんな方法でこちらに?今回こそ例のは使ったのですか?」

 「…御託はいい、とっとと要件を言え」

 軽快に舌を回す人影に創治の威圧の籠ったセリフが飛ぶ。

 「失礼しました。ではこちらを」

 創治の言葉に一度口を閉じた人影。それから仕切り直すかのように人影は深呼吸をしポケットから一枚の写真を取り出すと、それを創治へ向け渡した。

 渡された写真を目にする創治。そこには大人の女性が映っていた、白い髪に特徴的な黒のメッシュが入った可愛いよりカッコいいよりの女性。しかし創治はその女性に見覚えは無かった。

 「この人は?」

 写真の人物について人影に質問する創治。

 「その問に私が答える意味がありますかF。…既にご自身でしているのに」

 人影の言う通り彼に質問する時点で写真の人物が誰なのか?創治は大体の予想ができていた。写真の女性が今回のターゲット”ルナ=アストレア”だということを…

 「彼女がルナ=アストレアか」

 「ええ、Fが思っている通り彼女は女性です。まさか、ここにきてなんて言いませんよね」

 奥歯を噛み締めるような様子を見せる創治。彼から瞳から向けられる鋭い視線に人影は臆することなく、逆にその視線に企むような微笑みで返す。

 「女性とは戦えませんか?まぁ最もたちをこれ以上戦わせたく無いのであれば、分かっていますよね」

 「⁉…AL、なんでお前がそれを」

 「なんでって?そんなのからですよ。と言っても知ったのはここ最近の戦闘ですけどね。あ、今のところこの件を上に報告するつもりはありませんので、その辺はご安心を」

 そう口にする人影の目とさっきより鋭さを増した創治の目が火花を上げる。二人の空間は、ここがイベント会場だという事を忘れさせるほどに闇が渦巻いてるようだった。

 「はぁ~、分かった。やるよ」

 決心した気持ちを零すように創治は、ため息を一つ落とす。

 「Fならそう答えると思っていましたよ。そんな貴方には更にこちらを」

 創治の答えに人影が指を鳴らす。人影は、そのまま手品でも見せるかのように鳴らした手の上に四つのカプセルを出現させた。

 「これは?」

 透明なカプセルを手に取る創治。中を覗き込むとそこには一体の小さな人形が、

 「それはエンプティ」

 「エンプティ?」

 四つのカプセルを確認するとそれぞれ別の人形が入っていた。

 「エンプティは本来大型のロボットで、カプセルの中のは試験的に製作した小型化したものです。展開すれば一般男性ほどのサイズになって…」

 「要は、ついでにテストしろってことだろ」

 指で摘まんだカプセルの一つをくるくると回しながら隣で長々と説明する人影の言葉に創治が口を挟む。

 「この際だ引き受けた以上、何でもやってやる」

 人影の依頼を受けることを決めた丁度その時、彼らの下に近づいてくる足音が一つ。グッズ売り場から戻って来た聞旗ひろきだ。

 「では、後ほど地下2階で」

 「ああ、」

 そう言い人影は席を立ち、メインステージ入口へ繋がる階段のほうへ消えていった。創治は離れていく人影の背中に冷たい視線を送るのだった。


 人影と入れ替わりで創治の傍に聞旗が到着した。

 「創治、スタッフさんと何話してたの?」

 創治の下を離れていくイベントスタッフの制服を身に着けた人に視線を向けつつ聞旗が創治に聞く。

 「ん?ああ、ちょっとトイレの場所聞いてた」

 「ふ~ん…そっか」

 創治の返事に首を傾げる聞旗。

 「それより目当てのもんは買えたのか?」

 疑問を持ち始めようとしている聞旗の思考を逸らそうと創治が話題を変える。

 「ばっちしよ!」

 見上げてくる創治からの視線に聞旗は、笑顔を見せつつグーサインを出す。

 「アクスタに、缶バッジ、イベントパンフ、あと色々」

 「よかったな」

 そう言いつつ聞旗のことを見る創治の口角が静かな笑みとともに少し上がっていた。

 「あ、そうそうビックリしたことがあったんだよ!」

 聞旗が創治の隣の席に腰かけつつ何かを思い出したのか?声を上げた。

 「今日見るアニメの主役の声優なんだけど、16歳なんだって!俺らと2歳しか変わらないのにすごくね⁉」

 「成瀬って子がか?へー、それりゃすげぇな」

 得たばかりの情報を早く共有したく口にする聞旗。それに対して創治は淡泊な反応を見せる。

 「だろ!それ聞いたらさ、俺たちも16になったらこの子みたいに凄い人になれるのかな」

 「なれる訳ないだろ」

 「…だよな。ま、2年後もこうやって二人で、ダラダラ過ごしてるだろうな~」

 「……」

 頭の後ろで手を組み天井を見上げる聞旗。しかし彼の言葉に創治は返事をせず、静かに席を立った。

 「?どったの」

 「…わりぃ、ちょっとトイレ行ってくる」

 「え⁉もうそろ始まるよ」

 「だからだよ」

 後ろから聞こえる聞旗の言葉に振り返らず手を振って返事をする創治。彼はそのまま観客席を出て行った。


 二階廊下を歩いて行く創治。彼の進む先には、非常用階段と書かれた扉がある。

 (ま、2年後もこうやって二人で、ダラダラ過ごしてるだろうな~)

 先ほど聞旗が口にした言葉が創治の頭の中で再生される。

 「…だといいな」

 静かに零すそのセリフを創治以外が耳にすることは無かった。やがて彼の姿は非常用階段の扉の向こうに消えっていった。

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