第28話 きっかけ
”
一人は俳優。一人は舞台専門の役者。そして一人は声優だった。
彼らの講演を聞く内に成瀬さんの中で、役者に成りたいという気持ちが芽生え始める。講演が終了するころには、彼女のその成りたいの気持ちは確固たるものへ昇っていた。
講演終了時、一人の役者が発する。
「将来、”役者になりたいよ”って子いるかなー!」
その言葉に成瀬さんが元気良く手を上げる。しかしその後のちょっとした出来事から彼女は、その夢を一度断念したそうだ。
当時の成瀬さんは少しばかりあがり症だったらしく。手を上げたその後にクラスメイトの何人かから「継実ちゃんじゃ、無理だよ」と言われる。クラスの子からしたら何気ない一言だったかもしれないが、その一言は当時の成瀬さんの心を傷つけるには十分なほどのものだった。でも…
「その一年後、わたしは彼女に出会ったんです。彼女・
「あかり…」
僕はふと、その子の名前を口にしていた。
「燈はわたしに言ったんです。『出来るよ継実なら。大丈夫、自信持って!』って…」
「それからわたし、頑張ったんです。当時の努力もあって一年で声優になれたんですよ!」
「すごいね」
「はい。けど声優になれただけで、お仕事はそんなにありませんでした」
勢いのあった彼女の言葉が徐々にしおらしくなっていく。
「最初のころは小さな役とか色々あったんですけど…肝心のオーディションは全然受からなくて…、わたしこのままで良いのかなとか本当に声優なのかな~って思うことも日に日に多くなっていきました」
「……」
「そんな時に今回の話が来たんです」
彼女の声色に再び勢いが戻ってくる。
「オーディション受かって、よっしゃー!ってなりました」
握り締めた拳でガッツポーズをとる成瀬さん。その手を彼女はゆっくりと自分の胸の辺りに当てる。
「…正直そんなに怖くないんですこれ。でも身体が言うことを聞いてくれないんです」
「今日どうなってもいい。だから今だけは言う通りにして…」
自分の意思に反して震え続けるその両足にバン!バン!っと成瀬さんは、何度も何度も自分の手で叩きつける。
自分のことを何度も叩く彼女のその手に僕は、そっと自分の手を差し出した。
「それじゃ、だめだよ」
「え…⁉」
彼女の意思で叩く手が止まる。
「それじゃ、その震えは止まらない」
「まずは落ち着いて、やっと掴んだんでしょ」
僕の言葉にゆっくりと息を吸いその息をゆっくりと吐く成瀬さん。
「ホントに今日どうにかなったらどうするの?」
落ち着きを取り戻した彼女が、その問いに首を横に振る。
「でしょ。大丈夫。ステージでは胸を張って立っていられるように、僕が君を守るから」
覚悟の
成瀬さんの瞳から雫が一つまた一つと流れ始める。
溢れ出す彼女の涙を僕はポケットから取り出したハンカチで拭う。
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