第27話 それはまだ…

 ”ステージに立つのが怖い”

 意外だった。恐怖を告白する成瀬さんを前に、真っ先に僕が思った気持ちはそれだった。

 さきほど行われていたリハーサルでは、確かに上手く出来ているようには見えなかった。でもそれが僕には、彼女が自身の命を奪いにくる者に対しての恐怖心からだと思っていたからだ。

 成瀬さんのマネージャーである未島さんから聞いた話だと、彼女がこの仕事を始めたのは3年前の中学2年生ころからだという。

 3年…

 それだけの期間があれば今日ほどの大きさでは無くとも少なからず他のステージやお客さんの前に立つようなことがあったのでは無いのだろうか?

 事前に耳にした情報があったせいか?成瀬さんに対して、僕は勝手な思い込みを持っていた。

 楽屋内の一角を重たい空気が包んでいる。

 そんな空気感の中、僕は彼女に不躾と捉えられる質問を続けた。

 「無いんです。…ステージに立ったことが無いんですわたし」

 そう答える成瀬さんの顔は、何かに納得するような笑みを見せていた。ただその笑みはさっきのとは違い。彼女の透き通るような水玉みたいな瞳には、一雫分の割れた跡が薄っすらと残っていた。

 「…ごめんなさい」

 その笑みに気づくと僕は、彼女へ謝罪の言葉を口にするとともに頭を下げていた。 今更になって僕の心に罪悪感からの痛みが走っている。何も知らないうえに勝手な憶測から出た言葉で彼女を傷つけて。

 あ~僕のばか野郎!さらに恐怖を与えてどうするんだよ。

 「ごめんなさい!本当にごめんなさい」

 早く謝らないとと焦るように成瀬さんへ謝罪を繰り返す。

 「あははは、本当のことですから灯さんが謝ることじゃありませんよ」

 瞳の端に溜まる滴を手で拭うと彼女はニコっと笑顔を見せる。

 「灯さん。…少しわたしの話しを聞いてくれますか?」

 涙と笑顔を拭う成瀬さん。落ち着いた表情で彼女は、通り過ぎた昔の自分を重ねる。それから語り始まる彼女の話しを遮ることせず、僕はただ耳を傾ける。

 

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