第26話 恐怖
「すいません。ありがとうございます」
橘さんたちにお礼を言い、僕は成瀬さんの元へ。
「あ、ちょっと」
直前、橘さんの手が僕の肩を掴む。
「一応、本番前だから短めでな」
その手に振り返った僕は、橘さんの忠告が耳にする。
「はい。わかりました」
僕は、さきほどまでの警戒心の込もった表情からこれから自分がやる事への真剣な眼差しで、橘さんたちを見る。
それから橘さんたちとの交流を終えた僕は、鏡台に座る成瀬さんの傍に寄った。
僕の傍でため息を零す成瀬さん。下を向いているせいか僕が近くにいることに彼女は、気づいていないようだ。
「成瀬さん」
うつむく彼女を怖がらせないよう僕は、目線が合うようにその場に腰を落とす。
僕の声が届いたからか。聞こえて来た声のほうへ振り向く成瀬さんの眼と僕の眼が合う。
「あ、こんにちわ灯さん。どうしたんですか?」
浮かない顔が見えた一瞬、その表情を隠して僕に笑顔を見せる成瀬さん。
「本番前にちょっと話でもと思ってね」
「そうですか」
頬を掻く僕に成瀬さんは静かに答える。
近くにあった椅子に腰をかけ、僕は彼女との会話に入る。隣に座る彼女の横顔が僕の眼に映る。
「…いよいよ本番ですね」
「そうですね。緊張してます」
えへへ、と苦笑する成瀬さん。
「さっきのリハーサル見てました」
「見てたんですか⁉恥ずかしいな~」
ビックリした表情で反応を見せるも徐々に彼女の顔から笑顔が消え薄れていく。ほんの数秒で声をかける前の彼女に戻ってしまった。
僕と成瀬さんの間に時間が止まったような感覚が生まれる。
ふと何を思ったのか?振り返ると僕の眼には、楽屋を次々に後にするキャストさんたちの姿があった。あっという間に楽屋内は僕と成瀬さんの2人っきりになっていた。
気を使ってくれたのか?そんなことを考えつつ逸らしていた視線を成瀬さんのほうへ戻す。
「…怖いんです」
うつむく成瀬さんの口から気持ちが零れる。身を護るように自分の腕を強く握っている。
「そうですよね。自分の命が狙われているんで…」
「違うんです」
「え、?」
僕の声に震える成瀬さんの声が重なる。否定する彼女の言葉に思わず驚きを隠せないでいる。
「怖いんです。けど違うんです…」
か細くなる成瀬さんの声。
怖いけど違う。命を狙われていることよりも成瀬さんが怖がっているものはなんだ?僕には彼女が何に怖がっているのか見当がつかなかった。
成瀬さんが何に怖がっているのか分からない僕は、それを聞くことにした。それが彼女にとって酷な事と思いつつも…
「成瀬さん。いったい何が怖いんですか?」
「…ステージに立つのが、…怖いんです」
「ステージ…ですか?」
暗い表情を見せる成瀬さんの口から出た恐怖の対象は、思わぬことに先ほどまで彼女が立っていた”ステージ”だった。
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