第25話 青年は谷へ

 頼み事というのは、成瀬さんと話をすることだった。

 その頼み事について松原さんに質問をしようとした時、僕のすぐ頭上でアストレアの声が聞こえて来た。

 「ねぇ、気づかれてるみたいだけど、どうする?」

 アストレアのその言葉に僕・松原さん・颯さんの視線が楽屋内のキャストたちへ向く。

 視線の先では、扉の隙間から様子を覗うを僕らに怪しげな眼差しを見せる彼らの姿があった。いつの間にか気づかれていたみたいだ。まぁそれもそうか。楽屋の入口でこんなに騒いでいれば、誰だって嫌でも目につく。

 そんな風に頭の中で状況把握をしていると、ふと謎の浮遊感が僕を襲った。

 思わぬ浮遊感に混乱する数秒後、僕は楽屋内の床に思いっきり尻餅をついていた。

 「いってー」

 尻餅の衝撃に僕は瞼をギュッと閉じる。直後、ハっと思った僕は閉じていた瞼を開け、浮遊感に襲われた楽屋入口のほうを見る。

 「あ、ちょっと⁉」

 入口へ向け手を伸ばすも一歩遅く、松原さんたちによって扉をピシッと閉められてしまった。

 目の前の出来事に伸ばしていた手と僕の視線が静止する。

 えー⁉

 静止したまま僕はその場で動けなくなっていた。ただそれは、目の前で扉を閉められたからでは無く。今、背中から感じている彼らからの視線にだ。

 振り向きたくねぇ~

 自分の現状に心の中で涙する。でもこのままってわけにもいかない。

 意を決して僕は背後へ身体を回し、差し込まれていた視線と目を合わせる。振り返った先では、数名のキャストが僕の傍で僕のことを見下ろしていた。

 睨みつけているような威圧的な眼、見知らぬ者への不安そうな眼、どのような者なのか興味を示す眼、そんな様々な視線を彼らから感じた。

 キャストたちの影が僕に覆いかぶされる。その影から重圧を感じるのだった。

 「え~と…」

 どうすれば良いのか分からず僕は、誰かしら反応してくれるのを願ってそんな声を出す。

 「きみは…」

 僕を見る1人の女性が反応してくれた。

 女性の反応をきっかけに僕は、床から腰を上げて姿勢を正す。

 「自分は”海道灯”っていいます」

 早口で自己紹介をしたせいか?僕は、普段使わない一人称を口にした。

 「海道くんか。それで何の用かな?君はスタッフか何か」

 「あ、いえ、そういうのではなくて…」

 女性の目のから圧を感じ、しどろもどろになってしまう。

 「自分はその…成瀬さんの友達で、それであの~彼女にちょっと用がありまして…」

 両手をあたふたとさせつつ僕は、女性の質問に返す。

 「あ!今日見学に来てる人たちって、君らのことか」

 僕を見る1人の男性がハッと何か思い出したことを口にする。

 「知ってるの?橘くん」

 「はい。昨日になってマネージャーから”明日見学に来る人いるみたいだから”ってメッセが来て」

 橘と呼ばれるその男性の言葉に女性が「へ~」っと反応を見せる。その光景に僕はホッと胸を撫で下ろす。

 話が通ってる人がいて良かった~

 「すいません。それで成瀬さんは今どちらに…」

 楽屋内の何処にいるのか既に把握しているが、ここは敢えて知らないふりをする。

 「彼女ならそこの鏡台の前にいるよ」

 橘と呼ばれる男性が振り返って指をさす。指すその先にある鏡台に成瀬さんの姿はあった。

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