第23話 リハーサル

 明るい客席の間を隈なく確認していく。

 僕は今、松原まつはらさんの指示で2階観客席で安全確認のための見回りを行っている。不審物が開場に無いか至る所に目を配らせる。当の松原さんは関係者エリアを、アストレアは会場地下を、各々おのおの見回りに行っている。

 観客席から見える少し離れた1階ステージでは今、イベントのリハーサルが行われており、数名のイベント関係者やキャストが天井のスッポトライトに照らされていた。

 ステージ左端に立つスーツ姿の男性。司会者だろうか?マイクを持つ彼によって、イベントプログラムが進行していく。

 2階観客席の安全確認をしている僕の眼にふと、ステージに立つ彼女の姿が目に留まる。

 護衛対象の成瀬なるせ継実つぐみさんだ。

 命を狙われている身だというのに彼女は今、あの場所に立っている。他のキャストや関係者に知られぬよう笑顔を振りまいている。怖いなんて簡単な言葉で推し量れるような状態じゃないだろうに。

 彼女のその真剣な姿に僕は心の中で気合を入れ直し、見回りを再開する。


 「はい。オッケーです」

 見回りを初めてから数十分後、マイク越しの男性声が僕の耳に聞こえてきた。

 再び1階のほうに視線を送るとステージ上にいた関係者やキャストが次々に舞台袖に消えて行く。遅れて成瀬さんも舞台袖に消えていった。

 大丈夫かな?成瀬さん

 彼女を心配する気持ちが、僕の胸をギュッと掴む。

 ピピピッ、ピピピッ、

 突如、耳に装着していたイヤホンから電子音が鳴り響いた。通信音だ。

 「はい。海道です」

 イヤホンに指を当て、僕はその通信に応答する。

 「海道くん。俺だ、松原だ」

 通信相手は松原さんだ。

 「海道くん。そっちはもう終わったか?」

 「すいません。もう少しかかりそうです」

 僕は、松原さんに自分の担当エリアの見回りが終わっていないことを申し訳なく報告する。

 「わかった。そうしたら一旦戻ってきてくれ、頼みたいことがある」

 「え、でもそうしたら残りは?」

 「今そっちに風鳥の隊員を何人か送ったからお前は安心して戻ってこい」

 「わかりました」

 ピピッ、

 松原さんとの通信を終え、僕はすぐに先ほどの関係者エリアへと向かった。


 「こっちです。海道くん」

 関係者エリアには、到着した僕へ向け奥のほうから手を振る人物がいた。

 風鳥支部一番隊隊長・はやて慎平しんぺいさんだ。

 エリア内の人と人の間を通り抜け、颯さんのほうへ駆け寄る。

 「おはようございます。颯さん」

 「おはよう。海道くん」

 颯さんと挨拶を交わした僕は、ふと辺りを見渡す。しかし僕を呼び出した松原さんの姿は、どこにも無かった。

 「松原さんは…」

 松原さんの姿が見えない僕は、颯さんに確認した。

 「もうそろ来ると思うけど…あ、来た!」

 目の前にいる颯さんの反応に僕は踵を返す。

 「わりぃ、遅くなった」

 聴こえてくるその声とともに松原さんが僕らのもとにくる。

 「松原さん。頼み事というのは」

 「ああ、それなんだが…」

 「ごめん。お待たせ」

 松原さんが頼み事を言いかけた時、地下エリアの確認を終えたアストレアが戻って来た。

 「おかえりなさい」

 戻って来たアストレアに颯さんが一言。

 「こっちの確認は終わりました。今のところ異常なしです」

 「了解です。ありがとうございます」

 颯さんに報告を済ませるアストレア。仕事中の彼女にいつもの笑顔は無く、真剣な表情が浮かんでいた。

 「ただいま。灯くん」

 僕に視線を送り、笑顔を見せるアストレア。

 「うん、おかえり」

 よっ!と手を向けるアストレアに僕は淡々と返す。僕のその返事に彼女は一瞬、悲しげな表情を見せた。

 「それで頼みってのは、」

 アストレアの戻りに遮られた松原さんとの会話を再開する。

 「それなんだが、あ~見たほうが早いな」

 見たほうが早い?

 「ちょっと来てくれ」

 そう言って歩き出す松原さん。彼の跡を僕・アストレア・颯さんがついて行く。

 足を進めることたったの十数歩。僕らの足はある扉の前で止まった。

 【楽屋】

 扉の横に張り付けられている札にはそう書かれていた。

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