第22話 似ている

 「おはようございます。松原まつはらさん」

 先に現場にいた松原さんに僕は軽い会釈をする。僕の後ろで「おはよう」と彼に挨拶するアストレアの声が、僕の耳に入り込んでくる。

 「おう、おはよう」

 軽く手をあげ、挨拶を返す松原さん。

 「現在いまは、どんな状況ですか」

 一息、深呼吸を入れてから僕は、松原さんに状況確認を取った。

 「少し前からキャストやら関係者が、続々と楽屋に入って来たところだ」

 その場の状況を説明する松原さんの視線が、関係者エリアの奥のほうへ向く。

 「でもあれだな役者ってすげぇーだな。なんか俺らには無いオーラがある」

 「オーラ…?」

 松原さんが口にしたその言葉に、ふと僕とアストレアの反応が重なる。

 僕とアストレアは松原さんの影から顔を出し、関係者エリアの奥を覗く。奥では数名の人が、楽屋の前やその周辺で話をしている姿があった。

 スーツ姿の男性にイベントスタッフ用の制服を着た若い男女や夏に合わせた季節感のある私服姿の男女たちが。

 恐らく私服姿の男女の方々が、役者の人たちなんだろう。僕は数秒の観察で、そう理解した。

 「松原くん。役者さんって、どの人?」

 僕の傍で顔を近づけているアストレアは分からないのか。彼女が松原さんに質問する。

 「あ~あの私服の人たち」

 奥にいるその人たちへ向け、気づかれないように松原さんが親指で指す。

 「へぇ~確かになんか凄そうだ。ね、ともりくん」

 アストレアの声には、彼らへの尊敬の気持ちが乗っているようだ。

 「そうかな。僕には、ただ普通の人と変わらないように見える」

 アストレアの言葉に僕は、彼らから感じた率直な感想を口にする。

 「……」

 急な沈黙が僕らの空間を支配した。同時に僕は自分に向けられている2つの視線に気づく。視線の主は、アストレアと松原さんからだった。

 「…あれ僕、おかしなこと言った」

 刺さる視線に僕は少し、戸惑いを隠せないでいた。

 「別におかしかねぇよ。感じ方は人それぞれだしな」と口にする松原さん。

 「アストレアは、」

 「私は…」

 僕の問に一瞬言葉を詰まらせるアストレア。

 「私は、似てるな。って思ったよ」

 ん?

 アストレアの回答に僕は頭にはてなマークを浮かべる。

 「似てるって、誰に?」

 僕の反応にアストレアは「内緒」とだけ言う。

 また秘密か。アストレアの返答に僕の中の彼女への不安感が増えていく。でもそう言ったアストレアの表情は、少しばかり寂しそうな気がした。

 「なに、いちゃいちゃしてんだ。お前ら」

 「いちゃいちゃなんてしてませんよ!」

 呆れた様子で僕とアストレアのやり取りを眺めていた松原さんが、ツッコミを入れる。

 「まぁいい、とりあえずこれな」

 そう言い松原さんは、制服のポケットから取り出した小さな機械を渡してくる。

 小さな機械。それは、黒色の旧型の片耳イヤホンだった。

 僕とアストレアは、受け取ってすぐそのイヤホンを自身の耳に装着した。

 「リハ含め本番は、それで通信を行う。セットしたら本体の側面にあるスイッチを押して電源を入れろ」

 指示通りに僕は、イヤホンを耳に装着し電源入れる。

 「でもなんでこんな旧式のモノで通信を?デバイスで通信すればいいのでは」

 「最新機器のデバイスだと通信へ簡単に介入される」

 松原さんは自身の後頭部を掻きつつ僕の疑問に答える。

 「そろそろリハだ。行くぞ」

 腕時計を確認した松原さんがステージへ向け歩き出す。彼のあとに僕とアストレアは、ついて行く。

 時間は、刻一刻と迫っている。

 

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