第9話 カップの裏には
「それじゃ、ごゆっくり」と一言残して華さんは、店のカウンターへと戻っていた。
注文した料理が出来るまでの間、僕は店内の至る所に目を配った。
落ち着きのある茶色の内装。それに合わせた色の家具。
天井に備え付けられたファン。
調理風景が見えるカウンター席。そこに座る2名の客。
僕ら以外で他のテーブル席に座っている客はいない。
「この店良いよね」
店内を見ていた僕に、目の前に座っているアストレアが言う。
「昔ね。つらい事が立て続けに起こってさ、その時ここに来たんだ。ご飯が美味しくて、少し心が楽になったんだ」
彼女は真剣な面持ちで僕に、初めてこの店に来た時のことを語った。
店を見る僕の姿が彼女の中で、昔の自分と重なったのだろうか?僕は、彼女の話しにただ耳を傾けた。
「お待たせ致しました!【特製!オムライス】と【いつものカレーライス】になります」
注文した料理が、僕らのテーブルに運ばれてきた。
オムライスが僕の前に、カレーライスがアストレアの前に置かれた。
「「いただきます!」」
僕が頼んだ【特製!オムライス】は1人前半ほどの量があり、アストレア曰くこれで1人前の量だそうだ。
とろけた卵に赤く染まったケチャップライス。ぱっと見普通のオムライスに見えるが、ソースを絡め一口運ぶと口の中で食べたことのないうまさが広がった。
うめぇー!
一方アストレアが頼んだ「いつもの」は、カレーライスだった。ただ…ルーの色が真っ赤だ。
(カレーライス?あれが、本当に?)と思ったが、店の人がカレーライスと言ったのだからそうなんだろう。その真っ赤なカレーを目の前でアストレアが美味しそうに一口、また一口とスプーンで運んでいく。
そのカレーが気になった僕は、アストレアに一口だけ貰えないか?お願いした。
「いいよ!はい、あーん」
一口分のカレーが乗ったスプーンが、僕のほうに向く。ただ…向けられたスプーンの向きは、口に運ぶほうだった。
「え⁉え~と」
確かに一口欲しい言っていったけど、自分の使ってるスプーンで
躊躇っている僕の前にじ~っとカレーを差し出すアストレア。
恥ずかしくも勇気を絞って僕は、スプーンに乗ったカレーを口にした。
モグモグ
「う、⁉待って、辛‼」
舌にカレーが触れたときだったスパイスのうまさが、口の中に広がったのも束の間、とてつもない辛さが口の中を支配していった。
俺は、大急ぎ自分のコップに注がれていた水を飲みほしたが、それでも辛さが収まらず目の前にあったアストレアの水にも手を伸ばし、そのまま勢いよく流し込んだ。
「はぁはぁはぁ。死ぬかと思った~」
「大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
テーブルにへたり込む僕に、アストレアが声をかける。
「よく食べられるね?」
あまりに辛く僕の口の中は、まだ少し痛い。食べ物と呼ぶには、恐ろしいその代物を平気な顔で食べる彼女の味覚が、ただすごいと感じた。
「ん~慣れかな?私も最初は辛いの苦手だったんだけど」
(あの人の影響なんだけど)
「慣れか」
スプーンで掬ったカレーが、アストレアの目に映る。
彼女はまた平気な顔で、それを口に運ぶ。
僕はへたり込んだ顔を上げ、スプーンで掬い直したオムライスを口に運んだ。
「「ごちそうさまでした」」
料理は、とても美味しく。あっという間に完食してしまった。
気づくと店の客は、いつの間にか僕らだけになっていた。
食後のコーヒーを貰い。それから少しして店を後にした。会計の際アストレアから「先に車で待ってて」と言われたので僕は、白花さんと華さんにお礼を言い店を出た。
白花さんも華さんも「「またいつでも来て」ね!」と言ってくれた。
――――――
ルナのお願いで灯が、店を出た後のことだ。
店内では、ルナが会計を済ませていた。
「お会計2000円になります。ご用意が出来ましたら、そちらのパネルにお願いします」
「はいはーい」
指示されたパネルにルナが、デバイスをかざす。直後会計機から電子音が鳴り、デバイスには決済完了の情報が表示された。守も会計機のモニターを確認する。
「いつもありがとうございます。ルナさん」
「うんうん。それより例の件どうなってる?」
客としての役目を終えたルナは、真剣な面持ちであることについて聞いた。彼女の問に対して守は、丁寧に答えた。
「例の組織の件ですね。そちらはまだ有力な情報は掴めてません。ただ…」
「ただ彼の能力が機能してるみたいなんだ」
ルナと守の会話に割って入るかたちで、店の奥から華が歩いてくる。
「能力?」
首を傾げるルナを前に華は話を続ける。
「2週間前のことなんだけど私たちは、彼の家【海道家】を見つけたんだ。しかもその家の付近には、いつも黒い色の同じ車が止まっていたんだ」
「やったじゃん!」
灯の家が見つかっていたことに喜ぶルナ。しかし彼女の喜びを止めるようにする華。
「待ってルナ。それが最近少し変わったの。ルナが連絡をくれる少し前からその黒い車が、いなくなったの」
「なんで?」
華の説明に守が変わる。
「急に現れなくなった車。こちらの仮説では、恐らく彼の能力によって何らかの影響があったのでは、と考えています」
「なんにせよ。今は、その仮説も含めて調べてる状況かな」
守と華。2人からの状況説明が終わり、聞いていたルナが返す。
「分かった。引き続き情報収集をお願いします。」
「分かりました。何かあればすぐにご連絡します」
ルナの引き続きのお願いに守が快く返す。
「そういえばルナ。彼どうするの?」
灯くんについて。ふと気になった華が、ルナに尋ねる。
「えっ⁉どうするって、とうぶん家で面倒見るけど。なんで?」
「へぇ~」
「な、なに?」
「別に」
ルナの回答に何を思ったのか?華は、少し意地悪な顔を彼女に向ける。
華の反応に納得のいかないルナ。
「それじゃ、そろそろ行くね」
守と華から情報を受け取ったルナは、店の入り口のほうへ足を進める。
しかしルナが、扉のハンドルに手を掛けた時だった。
「あっ!」
守の声が、彼女の手を一瞬止めた。
「1つ確認しておきたいことがありまして」
「何?」
「以前共有した情報ですが、海道家が何人構成か覚えていますか?」
守は、帰り際のルナに以前共有した情報の確認をした。それに対してルナの回答は…
「えっ、海道家って、灯くん1人でしょ」
! !
ルナの回答に守は、
「そうでしたよね。すいません少し忘れてしまいまして」
と返した。
「もうしっかりしてね。それじゃ」
ハンドルに掛かっていたルナの手が再び動き、店の扉がゆっくりと開く。
「「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」」
段々と見えなくなっていくルナの背中を守と華の声が押す。やがて扉は閉まり、店内は2人だけになった。
「守くんの仮説通りだったね」
笑顔だった華の表情が、少しゆがんでいた。
「ええ、そうですね。華さん、もう一回だけ確認しておきますね」
2人しかいない店内で彼の言葉が、その空間に流れた。
「海道家の構成は……4人」
守の言葉に華は、静かにうなずく。
(やはり限界があるか
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