第一節 小さな灯と大きな影

第1話 灯は月に照らされて

 真っ暗だ。黒よりも黒く真っ暗な絵。

 そこへほんの少しの小さな光が、差し込んできた。

 いや?これは差し込んできたんじゃない。途切れてた僕の意識が、段々と繋ぎ直されていってるんだ。

 ゆっくりとまぶたが開いていく。

 意識が繋ぎ直されたばかりの僕の目は、少々ぼやけていた。

 開いたばかりのぼやっとした僕の目の前には、記憶にない見知らぬ天井が広がっていた。

 天井に備え付けらていた大きな電気から発せられる淡いオレンジ色の光が、僕とその周辺を照らしている。


 「……ここは、⁉」


 僕の口から発せられた小さな声が、その空間に流れた。

 発した後に感じたが、その時の僕の声は何かにこもっているようだった。

 空間に流れたそんな声に誰かが釣れたのか?近くで”ガタッ”と物音がしたのが、聞こえた。

 物音がした直後だった。淡いオレンジ色の光に当てられた影が、僕のほうに伸びて来た。

 その影の主が徐々に徐々に、僕の目に映り込んできた。

 誰だろうこの人は?視力が回復し切っていないのか?僕の目は、まだぼやけたままだ。

 わからない。ただ目の前に誰かがいる。でも1つ分かることがあった。それはこの誰かが、僕の知る人物じゃないということだ。

 なんでそう断言できるのか?それは…、

 僕の目に映るこの人の髪と目が、珍しい色だからだ。

 珍しいと感じるのは、僕の偏見だ。しかしながらその人の髪色が、白に黒のメッシュが入っているものだったからだ。

 黒に白じゃなく。白に黒だからだ。

 そしてその人の目も髪色と同じように白かったからだ。

 髪色と目。

 何故か僕はこの2つが、天然であることも分かっていた⁉

 天井の淡いオレンジ色の光に照らされようとも、黒い影に覆われようとも、どうしてか分かった。


 「おはよう」


 その人の声が、この空間に、僕の耳に流れる。

 女の声?


 「大丈夫⁉」「今、先生呼ぶね」


 そう言って、その人は僕の頭のほうに手を伸ばし、カチッと何かのボタンを押した。

 ボタンを押して少しすると近くのスピーカーから声が、流れて来た。

 

 「どうされました?」


 聞こえてきた声に対して、スピーカー近くのマイクに向かってその人が返す。


 「海道かいどうさんが目を覚ましました」


 その人の言葉にスピーカーから「ただいま参ります」と声が返ってきた。

 ほどなくして白衣を着た人が、僕たちのいる部屋にやって来た。


 「ちょっと失礼。目は、…問題なし。体も、…問題なし。体温は、…こちらも問題ないようね。」

 「あー、あー、今の声は聞こえるかい?」


 白衣を着た人の問に、コクっとうなずく僕。


 「今のところは、大丈夫か」


 白衣の人は来るなり、僕の身体を調べたり、僕に声を掛けたりしてきた。


 「海道君。ここは病院で、そこにいる子が君を助けたんだよ!」


 白衣の人の言葉に僕は、傍にいた先ほどの白い髪の人へ目を向ける。僕と目が合う。彼女は僕に向かって、小さく手を振ってくれた。


 病院…? 僕を…助けた…?


 その言葉を聞いて僕は今、目の前に映ってる天井を見る前の記憶をさかのぼった。

 ここに運ばれる前。僕は、……何をしてたんだっけ?いや何をしようとしていたんだ?

 僕の頭の中で繋ぎ直される前の記憶が、っていく。

 …雨の音を覚えている。

 …荒れた川の音を覚えている。

 …目の前を染めた暗闇を覚えている。

 …全身を覆いつくした冷たさを覚えている。

 ただ…僕は、何がしたかったんだ?

 思い出せない。

 天井を目にする前の事を考えていると、いつの間にか白衣の人は、僕を調べることを終えて、白い髪の女性と話しをしていた。話終えたのかやがて白衣の人は、この部屋から出て行った。

 白い髪の女性が、僕に近づいてくる。


 「明日もう一回検査して問題が無ければ退院だってさ。良かったね!」


 退院。

 退院したらどうなる。僕は、…どうしたいんだ?

 僕は天井を見ながら頭の中で、さっきと同じように思考をめぐらせる。

 白い髪の女性が、天井を見る僕の視界に映り込んできた。


 「ともりくん。今日は、一旦帰るね。けどまた明日来るから!」


 そう言いながら彼女は自身の手を、かけ布団ぶとんの上に乗せてあった僕の手に数秒重ねる。


 ⁉


 「それじゃ!またね」


 彼女はそう言って、部屋を後にした。

 その時の僕もまだ目は、ハッキリしていなかったが、その声は、その言葉はちゃんと聞こえた。


 「…どうして僕の名前を」


 海道かいどうともり。それがの僕の名前だ。でも何で名乗ってもいないのに、彼女は僕の名前を…

 あの人は、いったい…

 そして僕は、1つ思い出した。彼女が、僕の手に触れたからだろうか?わからないけど僕は、それを思い出した。


 僕は…

 ただ、その理由が分からなかった。いやそれが思い出せないんだ。

 命を絶つほどの理由が。


 天井を眺めながら考えていると、ふと部屋の柱に掛けられていた時計が目に入った。時計は電子で23時過ぎを示していた。


 (さすがに無理か…)


 思い出せないことを考えてもしょうがない。と思った僕は、ゆっくりと瞼を下ろしもう一度眠りについた。

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