第四章"Survive"

Ep.27"卒業"

新章開幕




―――――




 うさぎを倒してから数日が過ぎた。今日はイベント前日。


 今でも"小魚K"を探すプレイヤーが少数ながらいる。ほとんどのプレイヤーは謎の人物"小魚K"を探すよりも目先のイベントの準備を優先している。とはいえ話題にはまだまだ出ている状況だ。


 バラしたい訳でもないのでスキル【変装】から生えてきたアーツ【名無しの権兵衛】を常時使っている。このアーツの効果は他人に鑑定されたとしても名前が"名無しの権兵衛"と表示されるというものである。実用性のあるネタスキルは使えるからこそ扱いに困るのだが。まぁこの場合は有難かった。


 そんな感じで名前を隠しつつギルドに通い、傷薬の改良、武具やアクセサリーの制作、錬金や料理などの練習をして過ごした。アイミーさんに相当扱かれたがそのおかげもあってかそれなりの物を作れるようになった。


 だが腕がない状態では生産活動はやらない方が良いという教訓を得た。まずステータスにデバフがかかる。HPの最大値の低下、DEXの低下だ。これが馬鹿にならないほど下がってしまう。それから単純に片手じゃ作業ができない。そして何よりNPC現地人に無茶苦茶心配された。プレイヤー夢見人は手足を失っても勝手に治ってるからと猛説得して納得してもらった。しばらくして治った腕を見せたら変なもの見たと言いたげな目で凝視されたけど。


 そんなアクシデントもあったものの、イベントの準備は順調に進んでいる。持っていくアイテム三枠、そのうちの二枠を使って緊急鍛治道具セットを、もう一枠に杵乃月を持っていくことにした。


 緊急鍛治道具セットはその名の通り外出先で鍛治をする時に使うものだ。スペックは初級鍛治道具セットと中級鍛治道具セットの中間である。しかし外の何も設備の無い場所で鍛治を行う為に簡易炉や金床すらセットに入っている。そのおかげで高かった。懐が寂しい。


 杵乃月を持っていく理由は替えがきかないアイテムだからだ。他の武器や消費アイテムは大抵の物なら自分で作れる。しかしボスドロップであるコイツは当たり前だが作れない。なんなら現段階では修復もできない。しかし餅つきさえしなければ耐久値が減らないので持ってきた。なんか便利そうだし。


 これからやるのは最後の準備、装備の更新だ。流石に初期装備から卒業しないといけない。


 まずはインナースーツを作っていく。これは鎧の下に着る服だ。


 次に軽鎧を作る。鎧とは言っても胸当て、肩当て、小手、すね当てを作るだけだ。金型はもう作ってある。


 三つ目に靴。かえるくんの皮をメインに、金板で覆うつもりだ。かえるくんの皮を使うのは柔軟性とフィット感が良かったからだ。


 最後に羽織物。メインで使うのは"血月"の毛皮。どんな仕上がりになるのか楽しみである。


 それでは作っていこう。もう一度言うがインナースーツは鎧の下に着るもの。ある程度体にフィットするものが好ましい。余裕のありすぎるオーバーサイズのものを着ると端が引っかかったり、絡まったりして動きを阻害する恐れがあるからだ。


 という訳で使うのはこちら。かえるくんの皮。次の街へと行った妹から買い取ったものだ。材質がゴムと布の中間みたいで体に適度に吸い付いてくるのだ。ラッシュガードを思い浮かべるとわかりやすい。あれにもうちょい余裕がある感じだ。デザインは……まぁ、何とかなるか。シンプル長袖長ズボン的な感じで作っていこう。


 採寸は既に済ましてある。この数値を元に型紙を作っていく。多少ズレても問題ないからさっさと進める。ある程度ピッタリなサイズにしたら後はシステムが自動調節してくれるのだ。システムアシスト最高。


 型紙を元に皮を切っていく。ちょっと切りづらいがなんとか終わった。胴と背、そして袖の4パーツ。そして右左の足の前後で4パーツ。計8パーツ。


 これらを縫い合わせる……前にアレンジ! 取り出したるはこちら。テッテレ〜火傷草の粉末塗料〜。これはお湯に溶かすと赤みのある塗料になるのだ。効果に火傷耐性(極微)がつくおまけ付き。


 これに先程のパーツを放り込んで待つ。……なんてことはしない! 【生産】の中の錬金から生えてきたアーツ【浸透】と、調合から生えてきたアーツ【乾燥】を使って時短に挑む。これらの効果は読んで字の如く、浸透や乾燥にかかる時間を大幅に短縮する。というよりはその過程を飛ばす効果を持っている。


 うん。上手くいったっぽい。んで裁縫から生えてきたアーツ【絆を繋ぐ者】を発動しながら縫い合わせる。このアーツは裁縫中にクリティカル補正(極微)、終了後使っていた糸の質によって追加効果がつくことがあるというものだ。ちなみに道具はギルド据置型の魔導ミシン。近代的〜と思ったが便利なので気にしない。


 そして完成。うん、なんか色味がアレだ。かえるくんの濃い緑と火炎草の赤みが混じって筆から絵の具を落とすのに使うバケツに入ってる水の色みたいな感じだ。つまり汚い。ま、いっか。次行こ次。


 軽鎧を作る。火を起こして鋼をぶち込んで溶かす。金型に流し込む。冷やす。金型を割って中から取り出す。布と繋ぐ穴を開ける。歪みが生じてるところを叩いて慣らしたら表面を少し濡らして磨いていく。綺麗にしたら伝家の宝刀"ツキノコハク"でコーティング。完成。うん。無難な仕上がりだ。


 靴。……さっきインナーと一緒に型を取っておけばよかったと思いながら皮を切る。金板の型に鋼を流し入れて型に流しある程度固まったら取り出す。まだ熱いうちに曲げて、温度が下がったら炉に入れる。取り出し整形という流れを繰り返す。出来上がったら布と繋ぐ穴を開ける。


 靴底にはへびさんの皮を重ねて【錬金】した物を使う。その上に金板を合わせる。滑り止めっぽいものを彫り、コーティング。それぞれのパーツを合体。


 完成。履き心地は……微妙? 金属を使ってるから重いし固い。でも踏む感触は良さげ。テニスシューズを参考に靴底を分厚くしたのが良かったのかな?


 さて、最後に羽織ものを作る。"血月"の毛皮を取り出してみる。改めて見るとデカイな。俺がすっぽり覆われる大きさだ。……そうか、この大きさを活かしていけばいいんだ。どう加工するか。鞣すと耐熱性が上がるらしいのだがこの立派な毛を使わないのはもったいない。毛皮はそのまま使う方針で行こう。


 下処理を始める。まず塩漬けにする。【浸透】。取り出して膜を剥ぎ取る。でかいからこれだけで重労働。洗濯する。もう一度。そしたらギルドで売られていた毛皮用薬剤を振りかける。注意書きでケチるな、洗濯の後すぐ使え。と書かれていた。満遍なく振りかけたら【乾燥】で一瞬で乾かす。下処理完了。もう二度とマニュアルでやりたくねー。疲れた。


 じゃあ本作業をやろう。作るものはフード付きコート。型を作り、切り取る。裏地には綿で作られた布を使う。縫い合わせて完成。素材をほとんどそのまま使った逸品だ。ただフードに使った頭部分に三箇所穴が空いていた。おそらく目と宝玉が生えてた部分だ。目の穴はそのまま縁を補強、宝玉のあった穴は三日月型に加工した。


 これで装備品は全て完成したわけで、イベントも何とかなりそうだ。


 達成感が半端ない。今日はもう何もやる気が起きない。時計を見ると深夜一時をまわっていた。


 いい時間だし今日は寝るか。おやすみなさい。

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