Ep.23"赤く染まる"

 《草原の主“ツキウサギThe Rabbit”と遭遇しました》


 《インスタントフィールドへ移動します》


 草原の主だと? 誰だよ。知らない顔を出してくんな。というかそんなことよりも


「俺のお餅返せやぁ!!」

「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」


 まだ一口も食べてないんだぞ! この時をどれほど待ちわびたことか貴様にはわからんだろう!! 喉に餅詰まらせて逝ってしまえ!

 くだらないことを考えている間にも草原の主餅泥棒は殴りかかってくる。杵をおおきく振りかぶって打ち下ろす。横に引くと全力のスイング。うさぎ特有の脚力を用い、高く跳躍してからの叩きつけ。傍から見ると俺という餅をつく大きなうさぎという中々にイカした構図だろう。

 そんな餅泥棒の猛攻もなんのその。華麗にかわす……ことが出来たらどれだけ良かったことか。俺のAGIは今も昔も1のまま。変わらない方がいいこともあるがこれは絶対に違う! ではVITも1の俺がどうやって攻撃を凌いでいるかと言うと、まず安全圏まで逃げ回る。次にカスダメ覚悟でかわしてカウンターを叩き込む。それも出来なさそうならこれ。


「【念力】っ」


 俺の初期スキルの【念力】さんである。前は使えない判定をした【念力】さんだが、検証の結果面白いことがわかった。実践しながら教えよう。

 まず発動は


「肉体から離れた空中がマスト!」


 拾っておいた小石を投げる。【念力】。

 何故ならスキルの効果説明が


 ――――――――――

【念力】 


 スキル使用時、遠距離で実体のある物体に干渉できる。

 ――――――――――


 である。そう。最初からちゃんと書かれていたのだ。“干渉できる”と。前は手に持った短剣にスキルを使っていた。そりゃ上手くいくはずが無い。使い方を間違えていたんだから。

 そして肝心の効果は……杵が小石にぶつかったかと思えば小石は吹き飛ばされる。しかし杵の軌道は俺から大きく逸れていた。


 効果である物体への干渉。スキルレベルが低いから重いものや遠すぎるものには干渉できないし、効果時間は短い。しかし今はこれで十分。このスキルの真価はものを浮かせることでは無い。スキル発動時の一瞬の補正。座標固定。ワンフレームあるかも分からないこれのおかげで俺は生き長らえている。まぁ、ゲーム的にバグとか裏技的な扱いだろうからグレーゾーンだが。後で報告上げるし修正してくれて構わんから今だけ使わせて!


 というわけで空ぶったことでがら空きになった腹に刃を入れる。もちろん【スラッシュ】を乗せて。てめぇの腹開いて餅取り出してやんからな。

 あとはスキルのクールタイムに気をつけて回していく。逃げる。躱す。【カウンター】。逃げる。【念力】。【スラッシュ】。逃げる。逃げる。躱す。【アッパーカウンター】。……。


 そんなこんなで遂にHPバーが最後の一本になった。大衆に評価されたゲームはあまりやらないとは言え、行動パターンが変化したり特殊行動を起こすことは予測できる。

 さてはて、どう来るか。ひとまず大きく距離を取り、様子を見てみる。餅泥棒は俺が離れたにも関わらずその場から動こうとしない。目を閉じて体を強ばらせ、毛を逆立てる。カッと開かれた目は赤く血走っていた。


 空が、月が、赤く染まる。


「GGGRRAAAAAAAAAAA!!!」


 突如、けたましく叫ぶと紅いのオーラを身に纏う。同時に額に深紅の宝玉が浮かび出てくる。強化されたのがひと目でわかる姿だ。ついでに弱点になりそうなとこもわかりやすい。だけど多分アレ特殊ドロップだろうなぁ。欲しいなぁ。とも思ったりする。

 ぼけーっと見ていると餅泥棒が飛び出してきた。明らかに先程よりスピードが上がっている。振られた杵を避ける……が、余波だけで吹き飛ばされる。幸いダメージは大したことない。しかし距離を離されるとリーチの差で不利になってしまう。正直スピードが上がった結果俺が対応できる速度を超え始めている。さっき躱せたのも奇跡みたいなもんである。

 すると餅泥棒が新たなモーションを見せた。杵でのだ。何度も何度も叩く。地面はヒビ割れ、捲れ、小さなクレーターのようにえぐれていく。この間に背中を斬りつけたり刺したりするが叩き続けている。しばらく斬りながら様子を見ていると杵が白く発光しだした。明らかに何かあるというサインが出ている。俺はそそくさと離れて次のアクションに備える。杵と地面の間に白くモッチリとした光が現れた。その光景は餅をつくウサギそのものだった。光は次第に杵側にだけくっついていき、最後には球体になり杵にのみくっついていた。餅泥棒は光のついた杵を構えると大きく跳躍。登場時のように月を背負うと体をそらすほど杵を大きく振り上げる。


 ……来る!!


 光が赤く輝く。杵を振り下ろし、光が発射される。


 ……え。それ飛ばすの?!


 光は真っ直ぐ飛んでくる。急いでその場から離れる。大部分は地面に着弾したが一部右腕に被弾してしまった。光はベチャッとくっついて取れない。まさか粘着爆弾みたいなのか? その時、視界が暗くなる。俺は忘れていたのだ。



 空にいるウサギを。

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