蛇足1
小目標を設定した。
と言っても私の中でだけの話にはなる。まだみこみーには話してはいないものの、話せばまあ頷いてくれると思う。最近になってみこみーは基本的に私の言葉にはイエスマンであると気付いたので自信がある。そんなことはいいか。
ともあれ、チャンネル登録者数10万人だ。
それが一つの区切りとなるだろう。別に盾を貰える人数でもなければ、何がある訳でもないが、それでも一桁万と二桁万は明確に違う。私達の今の人数が6万人と少しだから、このペース的には早くとも1年くらい掛かるだろう。
百合営業という属性でV界隈ではある程度の知名度を獲得したが、正直言うと早まったのかもしれない。この世界ではまだVtuberの百合文化が形成されておらず、私達のファンは基本ニッチな層に留まっている。これだけを武器にするには少し切れ味が低い。もう少し大衆にも刺さるような、ガトリング砲みたいに突破力のあるコンテンツを持たなければこれ以上の成長は難しい。
「ということでみこみー。オンラインゲームをちょっくら極めてみない」
『オンラインゲームですか? 良いですよ〜!』
といった考えを軽く纏めてみこみーに話したらやはり返事は肯定だった。知ってはいたけどみこみー、絶対に断らないな。
『でもどのゲームをやるんです? 格ゲーとか?』
「ソロならともかく、コンビでVをやってるんだからそれはちょっと。偶にやるなら良いけど、まさかずっと10先を2人でやる訳にも行かないし。格ゲーのコンボ練習とかガーキャンの練習なんて絵的にも地味だから配信も盛り上がらないだろうし。……でもみこみーかやりたいならやってもいいけど」
『あっ……! のん先輩のその気持ちだけで私はもう大丈夫ですから!』
「何その奇声。何その発言。ホントに大丈夫なのみこみー」
『お気になさらずー』
感極まったオタクみたいな声を上げたみこみーに首を傾げつつ、やっぱり格ゲーは無しだよなぁと反芻する。ああいうジャンルの配信は既に或る一定のレベルに達した人がやるものですり、軽い好奇心だけで触れて良いコンテンツではないのだ。
「私が考えてるのはやっぱりFPSかな。特にバトロワ系とか。あれならデュオのモードもあるから私とみこみーで協力プレイも出来るし。具体的な中身としては、物資を漁ってる時間は雑談配信みたいな感じでやれて、敵と交戦するシーンは配信の盛り上がりどころにもなりやすいから良いと思った。それに分かりやすく腕が上がるところもエンタメとしては優秀だからね。勿論、みこみーが嫌って言うならこの話は終わりだけど」
『やりましょうのん先輩! 明日とかは準備があるので無理ですけど、来週くらいにはできると思いますので!』
「そ、そう?」
相変わらずの即レスのイエスに若干狼狽しつつ頷く。
前世でもVtuberの配信を語るにFPSは外せない要素だった。FPSが配信コンテンツとして有能なのは少し動画サイトでゲーム実況などを見ていた人なら大体知っている事実で、何万とVtuberが連なっていて他と差別化をしなきゃ生き残れない環境下においても尚、殆どのVtuberがFPSを多少なりとも触っていたのではないかと思う。そのくらい優秀なコンテンツなのだ。
無論、この世界のVtuberや配信者、ゲーム実況者といった動画界隈の人達もFPSに手を出している。既に手垢塗れのコンテンツなのは異論も無い。
しかし他と差別化できるくらいFPSが上達してゲーム内でも最高ランクに上り詰めることさえできれば話は違うはずだ。数多のただFPSをやっているVtuber達とは一線を画す扱いになるのではないかと私は思うのだ。更に話を展開させれば、上級者として名を覇せることで他界隈にも影響を持つようになって、今までVtuberには興味や関心すら無かったオタク達に啓蒙を開かせることが出来るのではないかと、そう思ったのだ。
「それでなんだけど、FPSを極めれば界隈でもかなり注目を集めると思うの。だからみこみー、良ければプライベートでも練習とかどう?」
『やります』
そう思って提案をすれば一寸の間も置かずに返事は来た。……みこみーのこの異常な食い付きも百合営業が関係してるのか、若干考えてしまう。仮にそうだとしてもそんなチョロすぎる女の子が現実にいるとも思えないから解像度が低いことこの上ない。まあ今は配信をしてる訳でもないから、若干雑に百合営業をしてるのだろうみこみーは。そうだとしても誰に百合営業をしてるんだという疑念はあるが。
「みこみー高校生だよね? 勉強とか大丈夫なの?」
『のん先輩、勉強なんて人生のスパイスでしかないんですよ? それよりのん先輩とゲームする方が私は大好きなんですから!』
「そっか。ならいいけど」
『でも悔しいんですけど、もしかしたらのん先輩と時間を合わせられないタイミングもあるかもしれせん。高校の課題が多いんですよね……』
「別に無理する必要ないよ。基本的には言い出しっぺの私がキャリーするつもりだし」
『えへへ……』
みこみーがニート女子中学生の私みたいに暇ではないのは分かっていたから、私のペースでやることは不可能であるくらいは計算の内だった。しかし何故そこで笑うのか。私、変なこと言った?
「何で笑うの」
『あっ、えっと、違います。ちょっと私にとって都合の良い理想ののん先輩と現実ののん先輩が一致しちゃいまして……何というかアレですよ! 科挙で満点取ったみたいな感じです〜!』
「科挙を例に使われても分かる訳ないよみこみー」
そもそも科挙で満点を取った人間なんてこの世にいるんだろうか。甚だ疑問である。
「別にいいけどさ。兎にも角にも宜しくねみこみー」
それから5日経った。
明後日にはFPS配信を始める。実際に枠を取れば、ファンたちはその話題で盛り上がった。今日はそんな中での試金石となる日だ。配信は行わず実際にどのくらいみこみーとやれるか、そのポテンシャルを図ろうと思う。みこみーにはただただ遊ぶとしか伝えてないけど。
一応これでも私は提案した身なので、先んじてゲーム自体にはある程度触れている。ランクも上から3つ目の金だ。
いくらこういったガチガチの対人ゲーム配信が主ではないVtuberとはいえ二人共に初心者で拙い動きをしていれば視聴者も退屈だろう。そう思って少しやり込んだらここまで上がってしまった。勿論前述の通りみこみーのためというのはあるが、それでも一人のVtuberとしての矜持があってちょっとやり込んでしまった。
平日ということもあってみこみーは学校があって、一方で私は時間まで朝からゲームをしていた。野良で出会った人とランクマッチを回しつつ雑談を交わす。
そうしてみこみーとの約束の時間が近づいてくると、ポロンと通知音が鳴る。
30分早いが今から出来るそうだ。私はその文字を読んで、躊躇わずゲームのフレンド欄からパーティー招待ボタンを押した。
『ちゃーです先輩!』
「そんな挨拶してたっけ……」
開口一番、元気な声に気圧される。今まで淡々とやってたから、気圧差で耳がキーンとなったみたいな気分だ。
「早かったねみこみー」
『そうなんですよー! のん先輩といち早くゲームしたいと思って3倍速になりましたから!』
「別に本番じゃないんだから無理しなくていいからね」
みこみーはこの時間を楽しみにしてたみたいだった。確かに配信外でみこみーとゲームする機会はほぼ無いと言っていい。私も比較的楽しみだった。
と、そんなことを考えていると男の声が聞こえてきた。
『あの……僕はもう時間なんで落ちますね』
「あはい。お疲れ様です。また宜しくです」
『はい、お疲れ様です』
さっきまで一緒にランクマッチを潜っていた人、完全に放ってしまってたな。うん。申し訳ない。
「じゃあみこみー、やろうか」
パーティーから離脱したことを確認すると早速スタートボタンを押して準備完了とした。
しかし、何秒か待ってもみこみーはボタンも押さないし言葉も喋らない。不自然極まりない沈黙に私はつい口を開いた。
「みこみー、どうしたの」
『のん先輩……仲良さそうでしたね?』
「まあね」
さっきまでパーティーにいた彼のことを言ってるのだろう。別に、本当に大した話じゃない。野良で会って、軽く雑談をしながらゲームしてただけで。それ以上でもそれ以下でもない。
そりゃ多少は雑談をして、まあまあ会話が弾んだからああして一緒に組んではいたが。仲がどうとかそんな深い関係ではない。
『もしかして……浮気ですか?』
なのに、みこみーのこの言葉に背筋が寒くなった。
疚しいことはない、てかあり得ないとはいえ仮に異性関係のアレコレだとしてもみこみーに
は関係ないはずだ。プライベートだし。
だがそんな御託を並べても納得をしなさそうな雰囲気をみこみーは醸し出していた。さながらメンヘラとかヤンデレとか、そういう類の人間が放つピリピリとした空気に身が萎む。百合営業とはいえやりすぎだよみこみ……。
「浮気も何も、ただの遊び相手だから」
『遊びだけの関係ですか?』
「……その言葉の選び方は少し悪意を感じる。さっき知り合ったばっかだから本当に何もないのに。それを言えばみこみーだってさ、男の影があったって不思議じゃないじゃん。思春期真っ盛りの年齢な訳で青春とかしてても」
『無いですよ?』
即答だった。
インターセプトした上での即答だった。
だが私は気にすることなく話を続ける。今のみこみーに話のペースを渡すのなんか怖いから。
「まあ私達ってファンの幻想を背負ってるからそう言う他ないけどさ。それでも現実として、中身のみこみーとしてはそうなりたいとか」
『無いですよ…………?』
さしもの私もそこで口を止める。止めざるを得ない。その妙な気迫の籠もった吐息混じりの否定に、これ以上のらりくらりとどうでもいい話で煙に巻こうとしたら何かが食われる気がしたのだ。少なくとも私は本能的にゲーム内ボイスチャット音量を2段階下げた。
「あー……そう。別に良いけど」
『まさか、のん先輩はそんな下らない男女の青春に興味無いですよね?』
「あー。無い無い。それだけはまあ、無いよ」
『───ですよね! 安心しました!』
猜疑心マックスな空気を一変させ、本当に安心したかのような声を出した。これも営業……なのか?
言うまでもなく私が男に興味は無いのは中身がこれまた不可思議男だからである。同性という意識が邪魔をして、というより正常に作動して、私は男を恋愛対象として見れない。だから女の子ならいいのかと言えば、それも否だ。この身体が借り物である以上私という人間はこの世界において偽物にして失せ物でしかない。本来ならこの世界に足跡を残してはならなかったのだ。じっと身を潜め、この身体に少女の意識が戻るまで静かに暮らさねばならなかったのだ。そういう義務感にも似た考えもあり、私は誰に対しても邪な思いを抱いたことはない。
そういやみこみーはどうだろう。
さっきは誤魔化すための策として話題に上げたが、今思うとちょっと気になる。Vtuberのリアルを知るなんて、私がファンとしてだったなら互いに不利益しか生まないかもしれないが、同じくVtuberとしてなら別に構わないだろう。
「さっきの続きを蒸し返すけどみこみーは彼氏とか……ごめん」
『なんで謝るんですか!?』
言いながら気付いた。
普段は学校があって、プライベートな時間を絵描きやVtuber活動に費やしているみこみーが彼氏を作る暇なんて無かった。何なら配信や動画が無くとも毎日のような私と通話している時点で推察すべき事情だった。ごめんみこみー、こんなインターネットで青春を過ごさせることになっちゃって。まあ私がコンタクトをとる前からネットに入り浸っていたようだから対して変わらないかもだけど。
『あのですねのん先輩っ! 私だって本気出せば彼氏の一人や二人くらい作れますからね! 学校でも入れ喰い状態に告白されてるんですから!』
「魚扱いなんだ」
『それでも私が一人なのはのん先輩、ううん、のんちゃんと一緒にいる方が嬉しいし楽しいし胸が高鳴るからなんですよ』
適度なツッコミを無視してみこみーは続けて言った。
私は嬉しいような、困惑するような気持ちになった。今や界隈での知名度は抜群のみこみーから好かれるのは活動を共にする仲間としても喜ばしい。けれど、その百合営業染みた発言だけは相槌を打ちづらい。
「……私もみこみーと一緒にいるのは好きだよ」
『〜〜〜のん先輩! それじゃあいつ会えますか、リアルの方で! 家まで行きますよ!』
困惑を押し切って返答をすれば、みこみーはこんなことを言ってきた。
そう言えばそうだ。
このVtuber(ストーカー)はあろうことか先日、私の家を特定するなり訪問してきたのだ。どうやって特定したのかだとか何故そんな奇行に走ったのかだとか、聞きたいことはそこそこあったがそれは本題から離れるのでさておき。
当然みこみーが来たなど知らぬ私はいつものように軽快なチャイム音に対してスルーをしたのだが、その後の通話でみこみーが怪しい受け答えを繰り返していたので問い詰めればあっさり自白した。
勿論その後の配信のネタとして視聴者達には話したが、そして視聴者はそれをいつもの百合営業として捉えたが。
いや違うだろ。流石にそれは違うだろなあおい。
さしもの私でもそう思わざるを得ないのだ。
確かにみこみーと私はVtuberとしてのキャラクター性を持っている。その性質上からそんな話をしても視聴者からすれば現実味に欠けてしまい、どこかアニメの中の創作話みたいに誤認してしまうのは理解出来る。私も昔は多大にそんな視聴者の一角だったのだから。でも普通に考えれば分かる話だ。実名も住所も話してないのにリア凸してくるネット友達と言い換えれば理解は捗るだろう。そんな相手に抱く感想は普通、ヤバいオタクだの一言に尽きる。私もそう思ってる。
ちょっと話が逸れてしまった。
兎にも角にも、それ以来みこみーはより積極的に出会い厨と化して私と会いたがってるのだ。自惚れではなくガチな方で。しかし私は個人的な事情もあって会えないので、話は平行線を辿る一方である。
「あーはいはい。分かった分かった」
『ホントですか!?』
「分かった上で断る。ごめんみこみー。それは無理」
『なんでですかー!!』
何でと問われれば、まあ私という存在の根幹に関わるアイデンティティの話をしなくてはならないのだが。今はまだ話さなくともいいかなと思う。
「みこみーのことは良く知ってるよ。でもみこみーとはネットの中の関係でいたいからさ。それは駄目なの?」
『……もう分かりました! えへへ、なら私アレやっちゃいますよアレ!』
「……猛烈に不安が押せ寄せてきた」
得意気な声で何かを口走ろうとするみこみーに私は身を構える。
『私、のん先輩の家に凸配信しますから! 覚悟の準備をして下さいね!』
「なんてことを考えるんだ……。家バレしたら二度とみこみーと話さないから」
不安的中。
何ともアホな事を宣うみこみーに私は溜息を吐きそうになる。もし目の前に本人がいればじっとりとした視線を送ることになっていただろう。それくらいにはみこみーの言ってることは無茶苦茶だった。
私のマジトーンに何故か嬉しそうな笑いを零すと、みこみーは声を1トーン上げて言う。
『も〜じょーだんですよのん先輩。のん先輩の家を知ってるのは私だけでいいんですから』
「なんじゃそれ。私の家を知ってることに優越感を感じないでほしいんだけど」
『そんなこと言わないでくださいよ〜。私、のん先輩の応援スレにこのこと自慢してきたんですからね。これは謂わば、誇りですよ誇り』
「何やってんのホントに。みこみーってそんな馬鹿だったっけ」
『いいじゃないですかのん先輩が好きってだけなんですから! まあスレでは狂人扱いされてしまいましたけど、のん先輩の住所すら知らないファンの発言と思えば負け犬の遠吠えでしかないですしね』
いやおかしい。おかしいでしょその解釈の仕方は。やはり私のバーチャル相棒はまちがっている、全1巻好評発売中です。コミックスも同時発売、みんな買ってね。うん、みこみーの狂気に当てられて無い本の宣伝までしてしまった。
そもそもファンに張り合うのは私はどうかと思うのだ。別に私もファンをとても大事に手厚く尊重する訳じゃないが、というか私も経験があるから言うがVtuberのファンは多少雑に扱われた方が喜んだりするものだが、それでも限度はあるだろう。言うなれば私達とファンはプロレス的な暴言はするが一線は超えないのだ。匿名掲示板でマウントを取るような絡み方は流石にしてはいけないと私は思うのだ。更にプラスアルファでそんなみこみーを少なくとも私は見たくなかったというのもある。なので簡単に注意することに決めた。
「みこみー。ネットの掲示板なんて使わない方がいい。ファンと話すにしてもSNSだけに留めて」
『いえでもこの優越感を振りかざせるのは匿名でだけですから!』
「その振り切れ方だけは尊敬する」
『えへ〜私も尊敬してますのん先輩っ! 相思相愛ですね!』
「あ〜。うん。まあ。そうかも」
『歯切れ悪くないですか?』
だってそれ相思相愛って言わないから。
とはいえ。冗談で尊敬と言っただけでここまでみこみーが反応するとは。下手なファンがこれを聞けばガチ恋して何十万と貢いでしまうことだろう。隣で一緒に活動することでみこみー耐性を身に着けた私でなくては危なかった。と言うわけでそういう発言は視聴者には禁止ということで。これは決してみこみーの可愛い部分を独占しようだとか、邪な思いから考えている訳ではない。訳ではないのである。
「話を戻すけど。あんまりやりすぎないでよ、私達は二人で活動してるんだから。変なことして炎上したらその、困る」
『その辺は任せてくださいよのん先輩〜! バレないようにやりますよ、バレないように。ふふん』
微かに不安だが、しかし地頭はかなり良いらしいみこみーの発言だ。私は軽く返事をして肯定することにした。
その日から私とみこみーが一緒に遊ぶ機会は激増することとなる。
Vtuberとしての活動や打ち合わせの他、特にFPSの時間を増えた。暇さえあれば二人でランクマッチに籠もり、みこみーが忙しい時は一人でランクマッチに籠もった。
予想外だったのはみこみーのゲームの上手さだった。やり続けて2ヶ月もすれば私のプレイ時間は500時間を超えていたにも関わらず、みこみーと私の腕前はどっこいどっこいという結果で。みこみーは学校もあって150時間に届かないくらいしか出来てないにも限らずだ。否が応でも才能の差みたいなものを実感させられる。
着々と努力を積み重ね、私達は確実に実力を伸ばして行った。トッププレイヤーなんて言うのは烏滸がましいと言えど、中の上くらいまでは行けたつもりだ。
その中で予想外だったことが一つ。
私が努力をこんなにも続けている事が、今も尚不思議であった。前世ではVtuberを応援すること以外には何も無く、何かを初めようとしても三日坊主で放り投げてしまうような人間だった私がVtuber活動を通してここまで続けることが出来ている。恐らく私にとってVtuber活動はメガネのレンズなのだ。これが無いと生活が出来ず、私は何も出来ない。物事に対する解像度が粗くなって興味や関心も持てない。自分がVtuberの視聴者であることを疑ったことがない故のバイアスが、以前までの私には存在した。
それを自覚すると、余計に努力が捗った。ソシャゲで言うところの新しく引いたSSRキャラの性能を試しているような、そんな気分だった。
そうして半年経った。私もみこみーもランクが上から二番目の白金となり、そのゲームスキルから配信者だけが参加できる大会にも参加した。その大会ではVtuberの参加は初めてのことだったようで、私もみこみーも純粋なFPSストリーマーのファンからは奇異の目で見られた。
大会では苦戦を余儀無くされた。まあそれはそう。だって私もみこみーも始めて一年弱で、FPSというジャンル自体もこのゲームが初めてだ。その道を何年も続けてきたプロゲーマーを相手にするのは難しいことだ。
それでも20チーム中、6位の結果だったのは僥倖だろう。実力かどうかと言われると首を傾げざるを得ないが。5戦した中で初動落ちは2度あったのだから。しかし2度3位以上になったことでポイントが伸び、かなり健闘できた。この大会結果でVtuberの認知度も上がっただろう。実質この大会後にチャンネル登録者数は何千単位で増えた。
ギリギリ上位とも言える順位を残せたことから後日、私達はネット記事のインタビューを受けることになった。もちろんVtuberという性質上、オンラインで会話は行われた。
『お二人はVtuberということですが、普段は何をされているんですか?』
『のん先輩と遊んでますー!』
「そうじゃないでしょ。はあ、真面目にしてみこみー」
私にとって肝心な質問への返答、その第一声をみこみーが電光石火の速度で掠奪した。
相変わらずまだ世間的にも、それどころかインターネットの住人から見てもVtuberの知名度は高くない。この質問はそんなVtuberを取り巻く現状を少しでも変革出来るかもしれない可能性を持ったものなのに、みこみーは知ったことかとぶっちぎった。全くもって溜息が出そうになる。てか出た。
「普段は色々なことをしています。ただ纏めるとゲームや雑談配信、企画配信がメインでしょうか」
『後はのん先輩の塩対応とかのん先輩の溜息とかのん先輩の楽しそうな声音とか、見所は沢山ですよー!』
おい。それ全部お前の感想じゃないか。営業活動も大概にしろ。
『そ、そうですか。お二人は大変仲が宜しいのですね』
『え〜そう見えませんでした? ちゃんとここまでのん先輩と私の取材してましたか? していたなら分かると思うんですけど?』
「やめて。頼むから止めてみこみー」
ドン引きした記者に何故か知らぬ存ぜぬと強い口調で責め立てるみこみー。あーもう台無しだ。私達の記事デビューが台無しじゃんもう。これはオワタ。V生オワタ。カナダはオタワ。
『いえいえ、勿論私も取材するに当たってお二人のただならぬ関係性のことは存じておりましたよ……』
『あ、それはそれは感激です〜! ありがとうございますついでにのん先輩は私からぞっこんされてるので変な虫が寄らないよう、そういう風に書いてくださいね?』
『分かりました』
言い切った記者の言葉は微かに動揺に包まれていた。そりゃそう。取材対象が明らかにヤバイ奴にしか見えないもん。
「みこみー。自由過ぎだし恥ずかしいからもう良いって。記者の方、本当にウチのバーサーカーが粗相をしてすみません…」
『いえ……お気になさらず』
苦笑交じりにそう言う記者に、みこみーが割って入る。
『えー! のん先輩はやられっぱなしに書かれちゃってもいいんですか! 折角のアピールチャンスですよ!』
「いくら何でも個性アピールが過ぎるから。私達はVtuberを知らない人も多いこの場ではVの代表者みたいなもんだし、もっと普通でいいんだよみこみー。それに記者の方に迷惑でしょ」
『私はVtuberなんかのアピールはしてませんよ〜! のん先輩のアピールをしてるんです!』
「なんかのってあのね……」
私と違いみこみーがそこまでVtuberの普及活動に積極的じゃないのは知ってる。けどその言いざまは自身のアイデンティティすら否定してる気がするのだが。そんなんだから『美湖沢御子は冬川のんと合法的にR18な関係になるために興味も無かったVtuber活動を始めた』とか言われるんだ。因みに一方の私はその被害者と言われてしまっている。一応私も百合営業をしているつもりだが、みこみーの押せ推せには叶わずみこみーの視聴者的な評価はネタも込みで今やこんなパッション百合みたいな認識をされていた。哀れ。
『あの、お二人の魅力も伝わってきたところですので。今回の大会の感想などいただければと思うのですが』
記者は私達の会話をぶった切ってそう言った。恐らくは私達に話を任せたら一生本題に戻れないと思ったのだろう。良い判断だ。正しくその通りであるので。
よし、みこみーに荒らされる前に答えよう。
そう意気込んだ私は考えるよりも先に口火を切った。
「そうですね。全体的に運が味方したと感じてます。特に2位になれた試合では中盤戦の撃ち合いで常にポジション優位を確保できていたので、そのリードを生かした結果になったんじゃないかとと思いますね」
『なるほど。私も3試合目のお二人の戦闘シーンは生で拝見していたのですが、確かに中盤戦の立ち回りは非常に素晴らしいものだったように感じられました』
「ありがとうございます。ただそれだけに終盤戦での真正面の駆け引きで弱さが露呈したのが残念でした。今後はその辺もみこみーと一緒に練習しつつ、次の機会があれば更に上の順位を目指したいですね」
『それは次回の大会も楽しみですね。コメントありがとうございました』
その後はまたみこみーの過剰な百合営業がありつつも平和に取材は進み、その数日後に無事記事は公開された。ただしかし、一つ言うなれば残念なことに。私達のファンの間では拡散されたが、その記事が界隈の外へと広範囲に影響を与えることは無かった。まだまだVtuberへの世間的な関心は高くないということだ。
のだが。
それとは別に、大会に出場したことで明確に増えたものがある。チャンネル登録の数だ。
そう。
この大会を期に、私達の登録者数が10万人を超えた。やっと目標に手が届いたのだ。2桁万人である。この世界基準であれば大手Vtuberと言っても過言じゃないだろう。
本当に、10万目指してFPSに手を出したのだから多少は感慨深いものがある。
とは言えだ。私達はVtuberである。ただ浮かれて喜ぶだけではコンテンツとして面白くない。
よって感慨もそこそこに、10万人達成という名目に託けて感謝企画を考えることになったのは自然な流れであった。私はみこみーと何時ものように配信外でFPSをやりながら、その話を切り出す。
「みこみー。何か企画として良いのある?」
『そですね〜。やっぱりこれしか無いんじゃないでしょうか』
「なに」
『決まってるじゃないですかー! 舞桜学院オフコラボ企画ですよ!』
「それは断る」
『な、なんでですかー!』
どんな企画を実施するかという私の話をみこみーが自信満々そうにして聞いていたので質問してみれば、何となく想像の付いていた答えが返ってきた。
「私はみこみーに会えないから」
『私は準備万端なんですけど! なんだったらのん先輩の家に行ってもいいですけど!』
「やめて。プライバシーの侵害」
『じゃあ私の家にのん先輩が来てもいいですよ? 私の家はこの前教えたから分かりますよね? 東京の調布駅から吉祥寺方面のバスに乗って』
「いい。いいからそういうの。てか会いたくない私が足を運ぶのはどう考えても間違ってるよみこみー」
詳細な住所を語りだそうとするみこみーにそう反駁する。因みにみこみーの家の場所は既に知っている。というのも私は別にみこみーの家の情報とか知りたくなかったのに、事あるごとに自分から言いふらすせいで無意識に記憶にこべりついてしまったためだ。可愛い声と共に刷り込まれてしまったのだ。凶悪すぎるミーム汚染である、全くさ。
『じゃあどうすればのん先輩は10万人感謝企画に乗じて私とオフ会してくれるんですか? お金ですか? お金なら払いますよ?』
「知ってたけど必死過ぎて怖いなみこみー」
『もしあれならオフコラボのためと称して視聴者から募金を募れば百万円くらいはすぐ集まりますよ? 視聴者も私とのん先輩がリアルで会う瞬間を待ち侘びてることですし、喜んで投資してくれます。どうですかのん先輩? お金なら望むがままですよ?』
「絶対にしないでねそれ」
悍ましいことを宣うなこの美少女Vtuber。
もしそんなことをすればガチ勢視聴者以外は離れて行ってしまう。これまで積み上げた信頼も失墜して、それを取り戻すのは艱難辛苦の思いになるだろう。この子、Vtuberの自覚あるのかちょっと不安だ。
『それじゃあなんだっていうんですか~。何があればのん先輩は私と会ってくれるんですか~?』
「リアバレNGって言ってるでしょ。もういい加減みこみーは諦めて。しつこい」
『むうぃ~~!』
その唸り声はどういう感情が齎したものなんだ。聞いたこと無いんだけど。でも若干あざとく聞こえる、流石ロリボイスみこみー。自身の強みを理解している。ただその強みを私に向けられても心中で静かに悶絶するくらいのことしかできないけど。
『分かりましたよ分かりましたー! のん先輩は私のことが嫌いなんですねー!』
しかし卒なく対応していたのが悪かったのか、みこみーは遂にヒステリックな台詞を言い出した。これを放っておくと後々の禍根となるので、私はフォローすることにした。
「違う、聞いてみこみー。会えないのは飽くまで私の個人的事情。でも機会が来れば、多分そういうこともあると思う」
『抽象的すぎですよ~! のん先輩はそうやって私の心を弄ぶ!』
「弄んでない」
『弄んでますよ! あどけない後輩の純真無垢な気持ちをっ!』
「でも私の方が年齢的には後輩じゃん。みこみー高校生じゃん」
『それを言ったらお終いじゃないですかのん先輩! 私は合法的にのん先輩に甘えたいんです!』
この子、真正だな……。
みこみーの百合営業に若干引きながらも配信ソフトを横目で確認した。当然付いていない。良かった。こんな会話、流石に視聴者には聞かせられない。
結局この場では10万人企画は折角FPSでここまで視聴者が増えたのだからという理由で、それ系の耐久企画にする方針で今日のオフレコ会議は終了した。まだ確定ではないが、何もなければその方向性で内容も詰めていくだろう。みこみーはそろそろ受験生ではあるものの、まだギリギリ大丈夫らしいし。
次の日の朝のことだった。
前日も配信を軽く行って今日も朝からFPSの練習でもしようと思い、眠い眼を擦りながらベッドから立ち上がる。
そして、視線が昨日の夜まで無かったものへと無意識に向いた。
室内の違和感が原因だった。
私の部屋は寝るとき、基本的にドアを常に閉めている。だが今日は開きっぱなしだった。昨日の夜も閉めたはずなのに。
自分の中の何かが変わる感覚。エナジードリンクを一気に三本飲んで、無理矢理頭の中のスイッチが切り替わったような衝撃を覚えて、そこですぐに気づいた。
配信で使っているパソコンモニターが乗っているデスク。元は学習机だったそのキーボードの上に、紙切れが置かれていた。長方形で、一辺だけビリビリと不格好に手で破られた様が見て取れる。床に落ちているノートから察するにそこから適当に千切り取ったのだろう。
私はその紙切れを拾う。
書かれていたのは文章というには短いもの。しかし、この生活が終わりに近づいていることを予感させる、たった10文字だった。
【あなたはだれですか?】
それは少女から"私"に宛てられた問いだった。
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