100お題 第11話 お題「キーボードを叩き割る勢いで綴る」
腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト
https://hirarira.com/
こちらよりお題を頂戴しました。
お題:「キーボードを叩き割る勢いで綴る」
2023年9月25日0:00~10月1日23:59 (実際にはオーバーして10月3日14:00完成)
一昔か二昔前、キーボードクラッシャーというミームが流行ったらしい。面白半分に検索してみたが字幕がいっぱい出て目が忙しい後ろで外国人の少年が叫びながらキーボードを文字通り叩き割る勢いで「グー」で叩いていた。興味本位に見る動画ではなかったと後悔したのを覚えている。後日談として少年は大人になって以降、自身がアップロードした自分の姿のせいで有名になった代償はあったものの、最終的に黒歴史とも向き合いそれをネタにできる動画配信者になったのだとか。
そう、誰にだって「黒歴史」はあるものだ。
自分の黒歴史というものが何なのか、と考えたときにひとつやふたつで済まない。生きているってそんなもんだ。俺は思い出すだけで顔から火が出そうな失敗をときどき「思い出し後悔」しては悶絶する。大人が全員が全員そうではないだろうけれど、きっとこの感覚を分かってくれる人もいると思う。
「剛田。書類再提出だ」
部長に企画書を突き返され、俺は頭を下げた。
「申し訳ありません。直して参ります」
ふざけんなよこのハゲ! とは、おくびにも出さない。そういうのから卒業したのだ、俺は。
「ふん、君のような奴がなんで我が社に入社できたのか不思議でならないよ」
部長がぺちぺちと書類で俺の頭を叩く。部長の前頭部が蛍光灯を反射して輝く。あんたのように部下の仕事にいちゃもんつけるだけで給料もらえる方が俺は不思議だがな! ……とはもちろん言わない。不用意に波風を立てないのも社会人として大事な素養だ。
フラストレーションと付き合いながらも、自分の飯の種を決して手放さない。生きていくために多少の我慢は必要だ。そう言いつつも、部長の存在は俺たちにとってとても煙たいものだった。
「部長が動画配信を?! ウッソだろ?」
「剛田。声が大きい。まだみんなには秘密だ」
「部長のチャンネル、登録者四人。俺たちで増やしてやろうぜ」
同期の今井と岩橋がスマホのロックを解除する。何度かタッチした後、画面を俺に見せる。そこには俺たちの知らない部長の姿があった。
「らぶりー☆ヒロちゃんねる……」
部長の名前は佐々木博仁だ。動画に映っている顔もそうだがチャンネル名からしてほぼ間違いないだろう。
「剛田。今まで恥をかかされた分、らぶりーヒロちゃんに煮え湯を飲ませてやろうぜ」
今井はこの部長のチャンネルを皆に暴露しようとしているらしい。当然分かる。普通なら俺もそうする。
「二度と会社に来れないようにしてやろうぜ」
岩橋はどうやって社内にこの動画とチャンネルを拡散するかを考えているかのようだった。社会的死。今まで俺たちが食らった不条理を考えればそれくらいやつも制裁を受けても仕方がないと言えた。
……しかし。
「……止そう、今井」
俺はメフィラスのように今井を制止した。
「何でだよ剛田! お前一番部長に目の敵にされてただろ」
「そうだよ。千載一遇のチャンスだろ」
今井も岩橋も復讐心に囚われている。俺は口を開いた。
「……こういうのはよくない」
俺の言葉に岩橋は憤慨した。
「まさか、お前は『復讐は何も生み出さない』って言うタチか?! いい子ちゃんめ!」
岩橋の憤慨に俺は奴をまぁまぁ、と諫めつつ、自分の考えを説明する。
「なぁ、今井。岩橋。会社にオタバレって嫌だよな?」
俺が言うと二人はこくこくとうなずく。
「無論」
「絶対にダメ。絶対にダメ。絶対にダメ」
二人のリアクションを確認し、俺は語り始める。
「俺も部長をギャフンと言わせたい。しかし、果たして俺らに正当性があったとしても、会社の中でのことじゃなく本人のプライベートで相手を辱めるのって……どうだろうな?」
俺の言葉に二人は考え込む。
「確かに……」
「で、でもよ! せっかく見つけたんだぜ、部長の動画チャンネル……!」
なおも食い下がる岩橋に俺は説明する。
「いいか。俺は部長を会社から追い出す。しかし、あくまでも卑怯ではない正攻法でやる。二人とも聞いてくれ──」
後日、俺たち三人はタイミングをずらし、部長のチャンネルにメンバー登録した。バレないようにアカウント名や動画の閲覧歴なども微調整した。らぶりーヒロちゃんこと部長は四人から七人に増えたチャンネル登録者に舞い上がっていた。だが、まだまだこれからだ。
俺はキーボードを叩き割る勢いで綴った。らぶりーヒロちゃんのダイマ文を。そして自分のSNSアカウントで可能な限り拡散した。自分の会社の上司だと言うことを隠して。
正直、部長の動画チャンネルにセンスがあったとは自分には思えない。だが人間は繰り返し目に付いたものに興味を持つ人も多い。いわゆるサブリミナル効果のように。拡散を繰り返されて多くの人が部長の動画チャンネルのリンクを踏み、何人かは定着し、チャンネル登録者になっていった。
「もうちょいだな」
岩橋が社内で俺に語りかけた。
「ああ。もうすぐ動画収益化だ」
俺の言葉に今井はうなずく。
「このまま部長が動画配信だけでやっていけるように追い込みだ──」
らぶりーヒロちゃんねるはくたびれた中年男性がいろいろな企画に挑戦するだけでも一定需要があったが、動画収益化が可能になり、視聴者たちからのおひねりが入るとついに次のステップへと移行した。バ美肉──バーチャル美少女受肉である。早い話がバーチャル動画配信者としてのガワ、美少女イラストの3D映像の姿を得る過程である。これにより、部長は美少女のガワにいつもの部長の声、と言うちぐはぐな姿を得た。だが、これがまた受けた。
部長が有休を取った。それだけで社内はざわついている。しかし、俺たちにはその理由は分かっている。オンラインではなく、リアルで「推し」に会いに行ける動画配信者の合同イベント。その日にちと有休が一致している。
「よし、もう一押しだな」
俺が言うと今井と岩橋もうなずいた。あの日からの俺たちの努力ももうすぐ実る──
「今までお世話になりました」
部長はそう言って頭を下げ、女性社員から花束を受け取る。
「このたび転職の話が来て……迷ったんですが残りの人生、新しいステージで頑張ってみようと、そう思ったんです」
嘘だ。いや、嘘ではない。転職というのが違う会社に行くのではなく動画配信一本で行くというのが真実なだけだ。これでもう俺たちは部長に悩まされることはない。仕事に集中できる。Win-Win。
……そう思っていた。
「寂しくなるな」
今井がそう言った。
「これが目的だったはずだろう」
岩橋がそう言った。
「いいんだ、これでらぶりーヒロちゃんはますます羽ばたける……ここにとどまっていい人材じゃないさ」
俺が言うと伏し目がちながらも今井と岩橋はうなずいた。そこへ。
「おーい、お前たち!」
まだ部長は社内にいたらしい。慌てて俺たちは襟を正した。
「ぶ、部長。なんでしょうか」
俺が尋ねると部長は嬉しそうに言った。
「ハンネ∞さん、ドン☆エレキさん、龍々軒さん! みんな、ありがとう!」
「はぁっ?!」
俺たちは目が点になった。当然ながら、チャンネル上での俺たちのアカウント名である。
「部長、気付いていたんですか?!」
俺が尋ねると部長……らぶりーヒロちゃんは気付く。
「最初から気付いていたとも。四人しかいないチャンネル登録者が七人に増えて。あの頃はまだメンバー全員とも顔の見える距離だったからな。いや、顔は見えないけどな。わはは」
俺たちは当然ながら会社の話などはチャンネル上では出していない。つまり、部長自身の洞察力で俺たちが会社の部下だと気付いていたことになる。
「君たちも応援してくれていたからね。頑張るほかなかった。ここまで成功したのは完全に予想外だが……最初に君たちがチャンネルに来てくれてからだ。本当にありがとう」
部長に握手を求められる。戸惑ったままの俺たちは求められるがままに握手をする。もう嫌がらせを受けてやめさせる対象という意識はなかった。ここまで来たらもう共に共闘した同志である。強敵(とも)である。推しである。
「これからも応援してくれると嬉しい……本当に、本当にありがとう……!」
俺たち三人の手を固く握り、部長は今度こそ会社を去って行った。
俺はキーボードを叩き割る勢いで綴る。らぶりーヒロちゃんの動画にコメントを付けるため。部長を会社から追い出そうとしてまさかその部長が推しになるだなんて誰が予想しただろう。だが、あの日以降仕事もプライベートも充実している。人は変われるのだ。
<了>
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