100お題 番外編その4  ハロウィンお題「魔女はお菓子を悪戯に変える」

腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト

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こちらよりお題を頂戴しました。

お題:「魔女はお菓子を悪戯に変える」

2023年10月2日0:00~10月8日23:59(実際の執筆開始はずれこんで10月3日23:00~10月9日8:00)


 魔女、と言うとどんな姿や言葉を思い出すだろうか。それによって世代やそれまで触れてきた文化がはっきり分かるかもしれない。

 たとえば、ディズニー映画にはディズニーヴィランとして幾多の魔女が登場する。白雪姫、眠り姫、リトルマーメイドには悪い魔女が登場する。そもそも、「善」の象徴として「魔法使い」と言う言葉を使って「悪」を意味する言葉として「魔女」を使う場合もあるだろう。実際に宗教上の魔女狩りが行われた西欧では魔女という言葉には男女の区別がなかったそうだ。

 平成初期を少年少女として生きた者には恐竜戦隊ジュウレンジャーの魔女バンドーラや駄菓子ねるねるねるねのコマーシャルに登場する魔女の老婆が懐かしいかもしれない。魔女っ子、まで含めると多くの女児向けアニメもここに加わる。現在進行形でアニメ、ゲーム、漫画などのフィクションやファンタジーの世界では新しい魔女の登場人物が生まれ続けて多くの人を魅せ続けている。

 ──はずだが──


「ふん! アタシら魔女からも余計な税金を巻き上げようだなんてあの政党は!」

「おばあちゃん! 魔女って言ったって個人事業主だから! 消費税はみんな払わないといけないんだよ?」

「今まで取ってやしなかったもんだよ? 実質的な増税じゃないかい!」

 まぁまぁ、と魔央は祖母を諫めた。新聞やニュースしか見ない祖母と違ってインターネットも使う魔女である魔央は批判ばかり出ている制度の他の側面も知っている。免税事業者の税金逃れの適正化という側面や消費税を正しく納めてもらおうという制度のよいところもインターネットで見て、知っていた。

 ……とまぁ、こんな感じで旧世代の魔女とZ世代以降の魔女との間の価値観の隔たりも少しずつ大きくなっている昨今だった。だからそれは起こるべくして起こったと言ってもいい。


「ねぇ、おばあちゃん。私もハロウィンにお出かけしてきてもいい?」

 魔央が尋ねると祖母は強い勢いで拒否してきた。

「ハロウィン?! とんでもない! 渋谷でみんなでお酒を飲んで練り歩くアレだろう?! お前にそんなのに参加させられないからね!」

「おばあちゃん、違うよ?! ハロウィンはもっと素敵なお祭りで──」

「いーや! お前まで非行に走らせるわけにはいかないよ! ハロウィンは駄目!」

 祖母はそう言って大きく両腕でバッテンを作った。

「十月三十一日当日はくれぐれも! 外出しないように!」


「……ってことがあったんだよね」

 魔央は使い魔の黒猫、ジョシュアにそう語りかけた。季節は秋。ようやくなりを潜めた日差しの強さに心地よい秋風が吹く。魔央とジョシュアは屋根の上でいわし雲を眺めながら並んでいた。

「偏向報道の犠牲もいいとこだな。ま、ばーちゃんも悪気はないと思うよ。俺だって魔央がウェイにもみくちゃにされるんだったら渋谷にやりたくないし」

 バイリンガルのジョシュアは人語で穏やかに返答する。この思慮深い黒猫の言葉に魔央も納得したようだった。

「うん、おばあちゃんは悪くないのは分かるんだけどさー。せっかく私もせっかく乙種第4類呪術取扱者にも合格してようやく有資格魔女になったんだし」

「でも魔央。長く生きてきた人が今から価値観を変えるのは難しいよ。ばーちゃんももう千歳近いだろ? 高齢者が今更飲食店のタッチパネルの使い方を学ばないみたいにさ、おばあちゃんもハロウィンについてテレビや新聞からの情報でもない限りやっぱりただの馬鹿騒ぎだと思っちゃうんじゃないかな」

 ジョシュアの言葉に魔央はうーん、とうなる。

「そうなんだけどね。だけどせっかく一年に一回のハロウィン。魔女らしいことしたいじゃない?」

「魔女らしいこと……か」

 相づちを打ち、ジョシュアは前脚を舌で舐めて顔をこする。猫が顔を洗うと明日は雨、だなどと言うがジョシュアのように使い魔の猫はヒゲの手入れ以外に純粋に身だしなみを気にしてのこともある。そんなジョシュアを見て「猫らしい」仕草だな、と思いつつ魔央は自分で言いながらも「魔女らしい」って何だろう、と少し自問する。

「で、魔央は何したいの。ハロウィンにさ」

 ジョシュアは顔の手入れが終わると魔央に尋ねた。

「あのね、トリックオアトリート! ……ってしたいな!」

 純朴な瞳で魔央は答える。

 トリックオアトリート。究極の二択。選択話法。相手に決断を迫るハロウィンのおまじないである。「イタズラされたくなきゃお菓子をよこせ」と訳すのが一般的か。

「でも、あれって仮装して人間がやる奴でしょ? 本職がやっていいもんなのかな」

 ジョシュアが疑問を呈するが魔央は首を振る。

「ううん! ハロウィンはみんなのための日だもんっ。魔女だってやっていいはず」

「ふーむ。果たして魔女らしいことというのと、普通のトリックオアトリートをやるのと両立するかは分からないけど。じゃあ三十一日はお出かけする?」

 魔央はジョシュアの問いかけに強くうなずく。

「うんっ! それでね、夜外出することになるからおばあちゃんとの口裏合わせに協力してほしいの」

「ほいきた。非合法なこと以外だったら魔央のお願いならOKだよ」

 そう言ってジョシュアは器用にウインクして見せた。


 ハロウィン当日、魔央はジョシュアを伴って隣の市まで電車で赴いた。ホウキで飛ぶこともできたが、今回の主目的はハロウィンである。必要以上に目立ってメインイベントに影響が出るのを避けたかった。

 ジョシュアは嫌がったが流石に電車に猫をそのまま乗せるのは周囲の理解が乏しいだろうと、彼には猫用のペットキャリーケースに入ってもらい魔央が彼の入ったケースを持って電車に乗った。魔央も最初から正装の黒い魔女帽子とローブではこの片田舎では目立ってしまうため普通の外行きのワンピースを着て大人しく電車に乗った。

 ハロウィン当日はとはいえ、今日は平日だった。下校途中の学生や移動中のサラリーマン、高齢者……仮装とは縁遠い人たちしか車内にはおらず、数もまばらだ。思わずジョシュアに話しかけそうになり、魔央は思いとどまった。こっちでは猫はしゃべらないことになっている。ジョシュアもそれを分かって普通の猫のふりをしている。少し不安な気持ちの魔央は車窓の外の流れる景色に視線を移した。


 夕暮れと夕闇の境、逢魔が刻。魔女たちの主な出勤時間でもある。隣の市にやってきた魔央は頭上の看板を見上げた。「ハロウィンフェスタ」。そう書いてあった。

「やった! 本物のハロウィンだよジョシュア!」

 ジョシュアは周囲を気にしながら小声で答える。

「よかったね。更衣室もあるみたいだから着替えちゃおう」

 魔央はうなずくとジョシュアの入ったペットキャリーケースを抱えて小走りで更衣室に向かった。

 ここ、魔知田市はかぼちゃの名産地である。そこで魔知田の商工会議所が町おこしの一環としてかぼちゃと言えばハロウィン……! ということでハロウィンフェスタを企画している。コスプレ、もとい仮装が可能なお祭りに、協力をOKしてくれた民家には門やドアの前に印を付けて商工会議所の方でお菓子を支給して本場アメリカのように参加者が家々を練り歩き、トリックオアトリートとお菓子をねだってハロウィンを体験できるようにしているのである。

「ジョシュア、お待たせ!」

 一応レディと言うことでオスの猫であるジョシュアは更衣室の中に入れずに魔央は一人で更衣室に入って着替えて出てきた。まだ魔女としては若いとはいえ、黒い三角の魔女の帽子にローブをまとうとそれなりの風格をまとっている。

「じゃ、行こうか。イタズラは考えたの?」

 ジョシュアは魔央の隣に寄り添って歩き始めた。

「うんっ。この日のために練習したからね♪」

 魔央はそう言うと手にさげたカボチャ型のプラスチックのバケツの柄を握りしめた。


 当然と言えば当然だが、見知らぬ人間に「トリック」を選ぶ一般人はいない。

「……なんか『トリート』の方を選ばれてばっかりなんだけど……」

 魔央はどんどん増えていくカボチャバケツの中のお菓子を見てため息をついた。

「当然だよ。今コンプラも厳しいからね。魔央みたいに若い子に『イタズラしてほしい』って言って不祥事になったら魔知田市の町おこしもダメになっちゃうからね」

「う~ん……トリックって言われたときのイタズラを披露するつもりだったんだけどなぁ」

 そう言って魔央は肩を落とす。


 十軒目を回ったところだっただろうか。そろそろカボチャバケツもいっぱいになろうとした頃のことだった。

 魔央はいつものようにまずはその家の印を確認する。訪問OKの印があることがちゃんと目視できたので安心する。

 古いアパートである。二階建ての、一階と二階にそれぞれ三部屋ほどが並び、二階へは外にむき出しになっている外階段で上るタイプの昔よく見られた構造のものだ。一階の一番奥の部屋が訪問OKになっていたため魔央たちはそこに足を運んだのだった。

 呼び鈴を鳴らし、家主が出てくるのを待つ。はーい、と声が聞こえた。声からして年配なのだろう、というのはすぐ察しが付いた。

「こんばんは」

 そう言ってがちゃりとドアを開けて出てきたのは老婆だった。足か腰が悪いようだ。動きはややたどたどしい。開けて中の下駄箱には杖が立てかけてある。

「こんばんは!」

 魔央も元気よく挨拶を返した。

「ハッピーハロウィン、おばあさん! トリックオアトリート!」

「おやおや、可愛らしい娘さんだねぇ」

 老婆は穏やかに笑った。そして魔央が待ちかねていた一言を言った。

「じゃあいたずらの方でお願いしようかねぇ」

 魔央の目が猫のように輝いた。


「じゃあいい? おばあさん、見ててね」

 そう言うと魔央はカボチャのバケツの中から飴をひとつ取り出した。他の民家でもらったものだ。言いながら魔央は魔女の帽子を頭から取り、飴をその中に入れる。そしてその上にハンカチをかけた。

「ワン、ツー……はい!」

 パッ、と魔央がハンカチを外す。ばさばさっ、と羽音を立てて鳩が帽子から飛び出していく。

「わぁっ」

 老婆が少しだけ驚いて身じろいだ。

「えへへっ、イタズラ成功っ!」

 魔央が笑う。魔法と言うよりこれは手品だよな……、とジョシュアは思ったがなんにせよ驚かすというイタズラには成功しているに違いない。

「驚いたよお嬢ちゃん。これは素敵なイタズラだねぇ、ふふふっ」

 老婆は嬉しそうに魔央のイタズラを賞賛して拍手する。

「でしょでしょ?! まだ他にもあるんだよ。見ててね……えいっ!」

 そう言うと魔央はチョコレートをひとつ摘まんで帽子に入れて、またハンカチをかけて勢いよく外す。ぽんっ、と音を立てるかのような勢いで魔女帽子から花束が飛び出してくる。秋らしくコスモスが中心になったフラワーブーケだ。

「はい、おばあちゃんにあげる!」

 そう言って魔央はブーケを取り出すと老婆に手渡した。

「まぁ、まぁ……。素敵なイタズラだこと。まるで手品だねぇ」

「魔法だよ、おばあちゃん!」

 笑顔の老婆に魔央はにこにこ微笑んで得意げに言った。

「魔法……そうさねぇ、確かにこんなに笑顔になったのは久しぶり……魔法みたいなもんだねぇ」

 老婆はそうつぶやく。ジョシュアは老婆のその言葉にに何か含むものを感じたがあえて何も言わなかった。特に魔央はそのことに気付いていない様子であったからだ。

「じゃあ素敵な魔法を見せてくれたお嬢ちゃんにお菓子もあげようかねぇ」

 そう言って老婆はお菓子を取り出した。

「あれ? イタズラしちゃったのにお菓子もくれるの?」

 魔央が問うと老婆はうなずく。

「ええ。魔法のお礼さね」

 魔央が手を差し出すと老婆は昔ながらのべっこう飴をいくつか彼女の手に握らせた。

「こんなものしかなくてごめんねぇ」

 老婆の言葉に魔央は首を振る。

「ううん。私もこれ好き! うちのおばあちゃんもこれ好きなんだよ」

 魔央がそう言うと老婆は目を細めた。

「そうかい。お嬢ちゃんのとこのおばあちゃんと仲良くね」

「うん! そろそろ行くね。おばあちゃん、ありがとう!」

 そう言って魔央は手を振り、アパートを後にする。ジョシュアもそれに続いた。老婆は魔央の姿が小さくなるまでしばらく手を振り続けた。


「結局一軒だけだったね。トリック希望の家」

 ジョシュアが言った。やはりというかトリックオアトリートというとお菓子を用意してくれている人たちばかりだった。

「そうだね、でもいいの! あのおばあちゃんに魔法披露して、喜んでもらえたから!」

 ジョシュアは暗い夜道で瞳孔の大きくなった目をわずかに細めた。

 あの老婆が何を抱えていたのか、それは分からない。だが魔央と今夜出会えたことはよかったのではないか、とジョシュアは思った。単なる猫の勘である。

「さ! いつか甲種呪術取扱者の資格が取れるようにまた頑張ろう!」

 そう言って歩く魔央の背中を見ながらジョシュアは魔央の祖母の言葉を思い出す。「魔法は人を幸せにする手段たれ」と。

 祖母から仰せつかった魔央の付き添いも無事このまま終えられそうだ。またこの若い魔女は今日の日の出来事も含めてより成長するだろう。これからも魔央の成長が楽しみなジョシュアだった。


<了>

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