100お題 番外編その2 夏お題「水飛沫と砂の城」
腹を空かせた夢喰い | お題配布サイト
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こちらよりお題を頂戴しました。
四季・イベントお題
お題:「水飛沫と砂の城」
2023年8月7日0:00~8月13日23:59
※夏コミ前なのでワンライ、48時間ではなく1週間で書いております
※コミケ参戦中だったため期限までに書けず、8月17日に完成しました。
「君、パフェを下から崩すとは感心しないね」
滝緒の不敵な瞳が俺を捉えた。外の殺人的な日差しの強さとは裏腹に喫茶店の中はガンガンに冷房が効いている。俺はまた生クリームとコーンフレークを混ぜて掬うとそれを口に運びつつ答える。
「上から順を追って食べれば同じものばかり続けて食うことになるだろ。それともやっぱりそうやって食べるのが正しいのか?」
「そうとも。土台を失ったパフェはバランスを崩してしまう。さながら砂上の楼閣のようなものだよ」
彼女の言い分もあながち間違いじゃないだろう。滝緒のパフェと違って俺のパフェはやや上部がぐらついている。もっとも、器からこぼれる心配はなさそうだが。
「鯛焼きみたいなもんじゃないのか。頭から食うか、尻尾から食うか」
「違う、全然違うよ君。作法だよ。パフェに対する礼儀と言ってもいい」
「ふぅん、そんなものか」
俺がそんなに気にも留めずパフェを食い続けていたのが滝緒は少し気に障ったらしい。滝緒はパフェを食う手を止めて俺に説教を始める。
「君、何だね。まるで興味なさそうに──」
「だってそうだろ。パフェはどう食ったって旨い」
「しかしだね、君。それはパフェに対する冒涜というものだよ」
「さっさと食わないとそれこそパフェに対する冒涜だろ。溶けるぞ」
「ふむ、それは一理ある」
滝緒は逆に納得してスプーンを動かす手を再開し始める。
「このクソ暑い中、冷房の効いた喫茶店でパフェを食う。これ以上のパフェに対する礼儀はないだろ」
「そうだね、冬に食べるよりパフェに対する礼節を尽くしているというものだ」
滝緒はパフェに乗った苺と桃と格闘しながら、俺は下の方から食ったため上に乗っているアイスクリームの傾きを気にしながら、しばし互いのパフェと向き合う。店内に流れるグリーンスリーヴスの静かな響きが夏を堪能する俺たちの挙動を彩る。
「滝緒、この前の模試はどうだったんだ?」
「判定かい? Bだが」
「手堅いな。俺とは大違いだ」
「ふむ? E……いや、Dかな」
「そんなところだ」
本当はCだったのだが滝緒の反応を見るべく俺はわざと訂正しなかった。茶髪のボブカットからわずかに覗く耳がぴくりと動いたように見えた。そして案の定、彼女は予想通りのリアクションを見せてくれた。
「君、大丈夫かね? 本当に一緒に行けるのかね同じ大学に」
「さぁ、な。こういうときは運を天に委ねるしかないさ」
「天に委ねるなどとそんなロマンチシズムに浸っている場合じゃない。このあとの予定はキャンセルしてでも勉強を──」
滝緒がせっかくの外出を切り上げようとする。彼女をからかうつもりが少しよくない方向へと流れが変わろうとしていた。
「わーた、わかった、Cだ。C判定。多分予定をキャンセルしてまで勉強しなきゃいけないほどじゃない」
滝緒を落ち着かせるために俺は真実を打ち明ける。途端、滝緒は少し拗ねたような口ぶりになる。
「なんだね、君は私を謀ったのか」
「まぁそう言うな。親愛なる滝緒氏の反応が見たかっただけなんだ」
俺は適当にうそぶきながら一口水を飲んで口中の甘さを追い払い、またパフェに戻る。
「まったく。けしからんにもほどがある。図書館での予定は勉強会に変更してもいいんだぞ」
「勉強を懲罰に使うな。勉強は我らが大学に行き、夢を叶えるための手段であるはずだ」
「……むぅ。それは一理あるが」
滝緒はぶつぶつ言いながらまた上から下に向かってパフェを掘り進む。彼女の紅茶はまだ半分くらい残っているようだ。俺はコーヒー代をケチって何杯も水を飲んでいることを少し後悔した。こういうとき、滝緒の方が先見の明があったと言えるだろう。それは勉強においてもいつもそうなのだ。
「滝緒は聡いな」
ふと俺の口をついて出た言葉に滝緒はぴくりと反応する。
「同級生に対する言葉じゃないだろう、君。それは」
「いや、純粋な褒め言葉さ。場当たり的に生きてきた俺と滝緒は違う」
「なァに、そう違わないさ。高校三年生で同じ高校ならそんなに差が出てくるものでもないだろう」
滝緒は紅茶にミルクを注ぎ、スプーンでかき混ぜる。ストレートティーがミルクティーに変わる瞬間。紅茶の表面、ぐるぐる回る、マーブル模様。次第に混じり合って紅茶はより優しい色へと変わっていく。俺は滝緒の紅茶を見つめる穏やかな表情を見つめていた。
「なんだい、じろじろ見て。感心しないね」
「いやいや、見とれていたのさ」
俺がそう言うと滝緒は紅茶を吹き出しそうになり、咽せる。
「なんてことを言うんだね、君」
「俺の方が浪人になったらここで見納めだからな。今のうちに存分に見つめているというわけだ」
「そんなことはさせないさ。君も一緒の大学に来てもらう」
滝緒はそう言って軽く嘆息した。店内の曲は違うジャズの曲へと変わっていた。今度は俺の知らない曲だった。サックスソロの後に永遠に続くかのようにドラムロールが続いている。
「さて、そろそろいい頃合いだ。互いに食べ終わったしね」
滝緒の言葉に彼女の器へ目を向けると、空になっていた。自分がすでに数分前にはそうしていたように。
「この鍋の底のような炎天下に出たくないな」
俺は小さく笑った。
「なァに、図書館も涼しいさ」
「弱冷房図書館かもしれん」
「そんな概念はないさ、誓って」
俺たちは各々の会計を済ませて喫茶店を出る。
「暑ッ──」
喫茶店の冷房に飼い慣らされた俺たちの肌を強い日差しが灼く。
「君、ちゃんと日焼け止めは塗ったのかね」
滝緒はそう言って麦わら帽子をかぶった。
「男には日焼けくらいが勲章さ」
「馬鹿言え、ここ数年の日差しはそんなレベルじゃないさ」
「いいんだよ、毒を食らわば皿までと言うだろう」
「だがね、君。そもそも毒を食らわなくてもいいのではないかい」
「ふむ、それは思い至らなかったな」
俺たちはそんな他愛のない話をしながら道を歩いて行く。
互いに大学受験を控え、あと滝緒とこの道を歩くのも何回残っているだろう、とふと考える。見慣れた往来。
肉屋、惣菜屋、豆腐屋、靴屋、寝具店、時計店。この街のこの景色もいつか見納めになるだろうか。
ちょうど豆腐屋の横を歩いた頃合いだった。
「うわっ?!」
突然横から飛んでくる水飛沫。俺はもろにそれをかぶってしまう。
「ごめんね! 大丈夫かい?!」
どうやら打ち水をしているらしかった。豆腐屋の中年女性は何も考えず水撒きを機械的に繰り返していた結果、俺が運悪く被弾したというわけだ。
「大丈夫です、ただの水道水ですよね」
「そうだけど……あんた、進藤のお兄ちゃんだろ。なんかあったらお母さん通じてでいいから連絡ちょうだい。クリーニング代、出すから」
「いえいえ。こちらこそいつも美味しい豆腐ありがとうございます。では」
「気をつけて帰るんだよ!」
俺は女性に頭を下げて歩を進める。
「よかったのかい?」
滝緒が心配そうに尋ねる。
「流石に打ち水くらいでギャーギャー言いたくないからな。ま、災難もあってこその人生」
「高校生の言葉じゃないよ、君」
俺たちは顔を見合わせて苦笑した。
「図書館に行く予定はキャンセルだな、これ」
まだ髪から頬へ伝わる雫を感じながら俺は言った。相変わらず歩き続ける。図書館という目的を失いつつあったが。
「まぁいいじゃないか、君。これはこれで夏を感じる」
「別に図書館へは夏を感じに行く予定ではなかったんだけどな!」
俺はそう言いつつも、確かに涼しさは感じていた。
「よく冷えた水でよかった。ぬるま湯なんかだったら」
「そうとも、君。スマホと財布が無事なら安いもんだ」
俺たちはそう言いながら帰路につく。ふと、俺は滝緒に尋ねる。
「滝緒。確か砂上の楼閣と言ったな」
俺はパフェを下から崩すことに彼女が抗議したのを思い出して言った。
「なんだね、君。藪から棒に」
「パフェの件だよ。下から崩すな、と言う例の」
「ああ、あれか」
滝緒も自分の発言に思い当たって言った。
「あれがどうかしたかね」
「どうだ? 俺たちのこの青春もまたはじけて消える水飛沫や砂の城みたいなものだと思うかい?」
俺の言葉に滝緒はしばし考える。
「そうかもしれないね。でもだからこそ美しいのかもしれないだろう」
「そうか?」
「そうだよ、君。儚くもないものに魅力なんて感じないだろう。有限だからこそ命は尊い。青春もまた、然り、さ」
そう言って滝緒は空を見上げる。
「ごらん、入道雲だ」
「ああ」
「秋が来たら消える、儚い砂の城だよ」
砂浜の砂の城だって波が打ち寄せれば消える。もとより、秋になって残っている砂の城などないのだ。
「だけど君、夏は来年も来るんだよ」
その滝緒の言葉は心強かった。
「夏が来ると言うことは春も来るか」
「そうだよ、桜は咲くものだ」
「じゃあ来年もまた砂の城をこしらえるとするか」
「ああ。また空調の完全な喫茶店でパフェをいただくとしよう」
滝緒と別れて俺は自分の家に帰った。濡れた衣服を着替えて、机に座る。
俺は今まで目を背けていた夏補習の課題の表紙をまくった。
<了>
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